第11話 女人禁制!鬼達の下世話な会話

 黄泉桜を討伐した日の晩、榊の別邸では酒盛りが開かれていた。


 居間では筋肉を見せびらかすかのように上裸になった酒呑童子と、金色の長い髪を靡かせた美形の鬼が盃を傾けている。


 美形の鬼は、邦光が使役する茨木童子だ。かつては酒呑童子の配下として付き従っていた過去を持つ。邦光に使役されているいまでも、酒呑童子を慕っていた。


 酔いが回って上機嫌になった酒呑童子は、茨木童子に酒を勧める。


「いやはや、またお前と酒を酌み交わせる日が来るとはな、茨木童子」

「私も再び大将とお会いできるとは思いませんでした。これほどまでに喜ばしいことはありません」

「フフッ、嬉しいことを言ってくれる。今宵は朝まで楽しもうじゃないか」

「ええ、最後までお供しますよ」


 わっはっはと鬼達が盛り上がる様子を、恭一郎がひどく疲れた顔で眺めている。


「……たくっ。なんで鬼どもの酒盛りに付き合わなきゃならねーんだよ。俺は一刻も早く寝たいのに」


 ぶつくさ文句を言っていると、邦光が「まあまあ」と宥めた。


「そんな機嫌悪そうにしないでよ、兄さん。そもそも酒呑童子と酒盛りの約束をしたのは兄さんでしょ?」

「俺は酒を準備するって言ったんだ! 酒盛りに参加するとは言ってねえ!」


 ムキになって訂正をする恭一郎とは対照的に、酒呑童子は上機嫌で盃を差し出す。


「酒は大勢で呑んだ方が楽しいだろう。ほら、小僧も一杯どうだ?」

「いらん。いま呑んだら絶対に吐く」

「情けないやつだ」


 酒呑童子はフッと小馬鹿にするように鼻で笑った。


「そういえば伊織さんは? 酒盛りに誘わなくていいの?」


 邦光はこの場に伊織がいないことを気にかける。すると恭一郎は、うんざりした顔で首を振った。


「鬼どもが馬鹿騒ぎしている酒盛りに参加させられるわけねーだろ」


 恭一郎の言葉を聞いた邦光は、「あー」と納得したように目を細める。


「確かに……僕もこの場に桃華は呼びたくないなぁ」


 女性陣を除け者にするつもりはないが、この場に居ても不愉快な思いをさせるだけだ。だからあえて誘うことはしなかった。


 酒呑童子が自慢の上腕二頭筋を見せびらかして高笑いしている様子を見ると、その選択は間違ってなかったと思える。


 きっと今頃伊織は、自室で穏やかに眠っているだろう。それでいい。


 恭一郎がちびちびと茶を啜っていると、唐突に酒呑童子から伊織の話を振られた。


「それにしても小僧、今日はあの小娘にしてやられたなぁ。どうだったんだ? あの小娘の太腿の感触は」


 ニタニタ笑う酒呑童子を、恭一郎は冷めた視線で睨みつける。


「どうもこうもねえよ。あんな餓鬼みたいな扱いされて最悪だ」

「素直じゃないなぁ。あの後も身体が回復するまで寝たふりをしていたが、内心では心臓をバクバクさせながら興奮していたくせに」

「適当なこと言ってんじゃねーよ!」


 恭一郎の反応を見て、茨木童子もニヤニヤと笑う。


「おやおや、恭一郎殿は随分初心なんですね」

「ああ、なんたってこいつは、あの小娘をまだものにしてないからな」

「クフフ……それは致命的だ。もう結婚して三カ月は経つのでしょう?」


 鬼達が嘲笑う一方で、恭一郎は湯飲みを握りしめながら俯いていた。


「人が真剣に悩んでいることを笑いものにしやがって……」


 恭一郎はいまにも湯飲みを投げそうな勢いだ。その気配を察した邦光が、慌てて湯飲みを奪い取る。


「まあまあ、落ち着いて。鬼達の戯言をいちいち真に受けることないよ」

「それは、そうだけど……」

「この前は僕も急かすようなことを言っちゃったけど、別に焦ることではないと思うよ。まずは信頼関係を築くところから始めていこうよ」


 邦光からフォローされて、恭一郎も落ち着きを取り戻す。この話はこれで終わりと思いきや、茨木童子がまたしても下世話な話題を振った。


「そっちの件に関しては、我が主はなかなかに手練れですよ。毎晩桃華殿を骨抜きにしていますから」


「ほう、それはなかなか興味深い。一度見学してみたいものだ」


 鬼達はニタニタと笑いながら邦光を見る。槍玉にあげられた邦光は、赤面しながら叫んだ。


「なにとんでもないことを暴露してるんだよ!」


 邦光が本気で怒っているのを見て、茨木童子は肩を竦めながら「分かりましたよ。もう言いません」と引き下がった。


 そんな中、恭一郎が真面目な表情で邦光の袖を掴む。


「なあ、手練れというのは具体的にどういった行為を指すんだ? 初めから順を追って説明してくれ」


 馬鹿正直に助言を求める恭一郎を見て、邦光はクラっとしながら畳の上に手を突いた。


「兄さん……実の弟になんてこと聞いてんの? そういうのはさ、自分で勉強してよ……」


 邦光は、兄の行く末を本気で心配していた。

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