第5話 桜の木の下には死体が埋まっている

 桜が満開に咲き誇る春の昼下がり。榊家の別邸に弟夫婦がやってきた。


「伊織様、お花見に行きましょう!」


 桃華は桜色の小紋の袖を広げながら、満面の笑みで提案をする。その隣では、紺色の着物と羽織を纏った邦光が穏やかに微笑んでいた。


「お花見、ですか?」

「ええ。恭一郎様も誘ってみんなで行きましょう!」


 突然のお誘いに戸惑う伊織。すると邦光が説得するように補足した。


「ソメイヨシノが見頃を迎えているんだ。せっかくだし、みんなで見に行こうよ」

「私は構いませんが、旦那様は……」


 伊織はチラッと恭一郎が籠る寝室に視線を向けた。


◆◇◆◇


「花見だぁ? 行くわけねえだろ!」


 案の定、恭一郎は乗り気ではなかった。寝室に押し入って叩き起こしてきた邦光を不機嫌そうに睨みつけながら、きっぱりと誘いを断る。


 拒否する恭一郎を見て、邦光は諭すように説得した。


「夫婦円満でいるためには楽しい時間を共有することも大切だよ。美しい花を愛でながら会話をすれば、伊織さんとの距離も縮まると思うけど」


 邦光の言い分は理解できる。屋敷ではろくに口を利いてくれない伊織も、外に出て花見をすれば少しは会話をしてくれるかもしれない。


 それに恭一郎自身も花は嫌いではない。花見に行くという行為自体は拒絶するようなことではないが、これから行くというのはあまりにタイミングが悪かった。


「お前、大賀山の山姥討伐の任務から、俺がいつ帰ってきたと思ってるんだ?」


「いつ帰ってきたの?」


「今朝だよ、今朝! もう体力も妖力も使い果たして疲労困憊だ」


 昨夜、恭一郎は帝都近郊の山に登り、山姥討伐の任務に当たっていた。力を使い果たして気絶するように布団に倒れ込んだのが今朝の話だ。


「なんだ。もう昼過ぎになるんだから十分回復したでしょ?」


「軽く言うな! 酒呑童子を出すのにどれだけ妖力を使うと思ってんだ!」


 恭一郎は威勢よく邦光を怒鳴りつけたが、相当疲弊しているのかそのままヘロヘロと布団の上に倒れ込んだ。


「とにかく花見なんて行く気力はねえよ。伊織は連れて行ってもいいから、お前らだけで楽しんで来い」


 きっぱり断るとそのまま布団に潜る。すると邦光はわざとらしく腕を組んで、悩まし気な表情を浮かべた。


「まあ、花見も大事な目的だけど、兄さんを誘ったのには別の目的もあるんだよね」

「別の目的?」

「今朝、桜に関連した気になる話を聞いたんだ。多分、妖絡みの」


 妖絡みと聞いた瞬間、恭一郎は布団から起き上がり神妙な顔を浮かべた。


「詳しく聞かせろ」

「おっ、食いついた、食いついた」


 邦光は予想通りと言わんばかりににやりと微笑んでから、詳細を語った。


「ここ最近、桜の木で首を吊った女の死体が上がっているんだ。一件じゃなくて何件も。それと同時期に多数の行方不明者が出ている。行方不明者は桜を見に行った日を境に姿を消しているんだ。それで首吊りとの関連性に気付いた警察官が桜の木の下を調べたら、出てきたんだよ」


「出てきたって、何が……」


 ごくりと生唾を飲みながら尋ねる。すると邦光は、紅玉の瞳を伏せながら静かに告げた。


「大量の死体だよ。多分、行方不明者のものだ」


 ゾッとしながら恭一郎は息を飲む。


「多分ってことは判別できない状態なのか?」


「うん。遺体はバラバラに切断されていた上、綺麗に血が抜かれていたんだって。だから行方不明者と照合するのは困難みたい。着物や持ち物から照合できたケースもあったみたいだけど」


 現場の惨状を想像したのか、恭一郎は吐き気を堪えるように口元を押さえた。


「こんな殺し方、人間にはできっこないよ」

「十中八九、妖絡みだろうな」


 恭一郎はギリっと奥歯を噛み締めた。


 邦光から事情を聴いた直後、恭一郎は布団を剥がして立ち上がった。


「そういうことなら、いますぐ祓いに行くしかねえな」

「疲れているから出たくなかったんじゃないの?」

「人死が出ているんだ。一刻も早く祓わないと次の被害者が出るだろ」


 迷いなく答える恭一郎を見て、邦光は安堵したように目を細めた。


「兄さんのそういう性格、嫌いじゃないよ」


「何だよ、急に?」


「単純に褒めてるんだよ。この国の平和は兄さんの正義感で守られているようなもんだから」


 邦光の言葉を聞いた恭一郎は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。何か言いたげに口元を動かしたが、言葉になることはなく溜息が漏れるばかりだった。


「兄さんと伊織さんがいれば、どんな妖だって祓える。サクッと祓って花見を楽しもうよ」


 他力本願とも捉えられる弟の言葉を聞いて、恭一郎は頭を掻きむしった。


「たくっ……どいつもこいつも人を当てにしやがって……」


 悪態を吐きながらも、恭一郎は手早く出掛ける支度をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る