7(終)

 この二日後、トールス医師は亡くなった。腹部を複数回ナイフで刺されたことによる失血死だった。加害者はデマン氏だった。来院した時から尋常ならざる様子で、看護師はデマン氏が診察室に入るや否や懐からナイフを取り出してトールス氏に襲いかかったと述べる。その際、デマン氏は「全ての元凶め。息子を返せ」と叫んでいたとのことだが、氏には息子はおろか妻帯者はおらず、警察はデマン氏が普段からこの精神病院に通院していたことから妄想と精神錯乱による犯行とみており、それを裏付けるように犯行前日にSNSで最後に投稿された文言にはトールス医師の殺害を仄めかす文言が含まれていた。その言葉をここに載せる。


 ——かの病気の原因は実際トールスにあった。マピスコ・プルトクフスとは即ちトールスのことなのである。元凶から私のものを取り戻さねばならない。元凶は排除されねばならない。陰謀はすべからく潰えるべきなのである。  


 その肝心のマピスコ・プルトクフスはというとトールス医師の死後、治療法が確立された。トールス医師は治療法を記載した資料を作成し自身のパソコンに残しており、それを実験的に着手した医師が成功、以降、マピスコ・プルトクフスの治療法は広く知られることとなり、また人の脳に対して一定の超音波に乗せた本人に記憶された二通りのある言葉が奇妙な効果を発揮することが示された。トールス医師の功績は全世界で賞賛されることになったが、しかし、トールス医師がその症例を初めて発見したあの少年だけは終ぞ治ることがなかった。彼は今後もずっと同じ言葉を永久に吐き続けるだろう。少年には父親などいなかったのだから。


 トールス医師の亡骸は母親の墓の隣に葬られた。トールス・ベル。母親はマリア・ベル。トールスの墓にはこう刻まれた。



 トールス・ベル。悪魔マピスコ・プルトクフスを殺した勇敢な男。ここに眠る。



 そこからたった三ブロックほど先にその悪魔と同姓同名の墓がある。彼の墓碑にはこう刻まれていた。


「マリアの夫、トールスの父。亡骸は無くとも御霊はここに眠る」


 ——トールスの死後、マリア精神病院はトールス記念精神病院と名前を変えるが、改築の際に地下から身元不明の死体が出ている。   


 またマリア精神病院はデマン氏の住むマンションの三軒隣にあり、精神病院の屋上には電波塔が立っていて、また間の三軒はいずれも背の低い一軒家であり、デマン氏のパソコンがある(つまり少年がいた)部屋からカーテンを開けると、丁度正面に電波塔が見えた。

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マピスコ・プルトクフス 穴倉 土寛 @AnakuraDokan

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