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「やはりそうですぞ!」


 不安は的中した。翌日、デマン氏は診察の用事もないのに来るや否や人差し指を立てていった。


「デマンさん。どうか落ち着いてください」


 ここは診察室ではなく受付の前で、またトールス医師は白衣ではなく私服姿だった。氏は受付でトールス医師を呼びつけたらしく、休日で家にいた彼はどうしても自分に会いたいという氏の要望を聞き入れた病院側に呼び出されたのである。トールス医師は氏を問診室に連れていき、彼の話を聞くことにした。が、彼は結局興奮状態となって喋る。


「息子と同じ患者がいたのです! 私は家に帰って妻とともに息子のアカウントでそこら中に息子の狂った経緯を載せ、同じ状態の家庭がないか呼びかけました。そしたらば、数十件同じ状態の人々が現れたのです!」


 トールス医師はにわかには信じられないという顔をした。医師は自身が作っただけで放置していたアカウント(院内で宣伝用に作れと命令されていたもの)を使って件の情報を検索し、探り当てた。検索語はもちろん「マビスコ・プルトクフス」。すると、驚いたことに本当に同じ症状を訴えるアカウントが散見された。ざっと目を通しただけでも数十件はおろか百件を超えている。医師はお目目をパチクリした。氏が横から覗き込んで「ね? ありましたでしょう?」と聞いて、トールス医師は頷くしかなかった。デマン氏の(息子の)アカウントも早々に見つかり、しかもそれは今やSNS内を騒がすトレンドの一つとなっていた。

 トールス医師の顔は青くなり、深刻そうに眉間に皺を寄せるとデマン氏の顔をよくよく観た。目の下に濃い隈を作っており、眼球と合わせて全体的に紅潮している。医師はいった。


「デマンさん。事態は思ったよりも深刻なのかもしれません。これは全く新しい種類の病気の可能性があります。接触した我々が感染してないことから感染性のウイルスなどではないようですが……」


 ——まさか、昨日みたサイトが原因とか書き込んではいないだろうか。氏に聞くよりも早くそれを調べると、どうやら既に書いていたようでそちらを纏めた情報が既に拡散された後だった。トールス医師の顔面は蒼白になった。


 かくして、マビスコ・プルトクフスは実在の病名となったのである。この効果は誰かが新聞で伝えるよりも速く、凄まじい速度で、世界中のインターネットに広まっていった。ネット中に広まり切れば次にテレビが、それをよく知らない層にも伝え、次に新聞が。あるテレビではそれらは世界的なテロであると断言し、ある新聞ではネットの弊害を書きたてた。そして、この頃からデマン氏が病院へ姿を見せなくなった。どこにいたかといえば彼は“病気の原因”の第一発見者であるとして、自身の息子のアカウントで、継続的に例の消えたサイトのことを語って、またネットの有毒性について大いに語らうようになって、彼はすっかり周囲の尊敬を集めるようになっていた。


 その間にもトールス医師は少年や他の患者の治療に努めてなお一層、少年の治療法を探していたものの、まるでこの病気の第一人者としてデマン氏がトールス医師を公表したばっかりに少年と同じ症状を訴える者が大挙して来院した所為で(殆どが症例に当て嵌まらない不安症を抱えた人々であった)その対応に忙殺されることとなり、長く寝ることもできず、少年の治療もさっぱり進むことはなかった。



 そうして一週間以上も経ったある日、デマン氏は病院へやっと顔を出してきたのである。

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