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トールス医師もそれには仰天とデマン氏を凝視した。氏はその後も会話を続けると、やがて電話を切る。そして奥さんはこういっていたと告げた。
「試しに思い当たる英字のスペルをいくつか当てはめて検索してみたの。そしたら判ったわ。マビスコ・プルトクフスはどこそかに書いてある言葉ではないの。インターネットの中といってもそれはURLのサードドメインに書いてあったのよ」
続いてそのスペルが発表され、トールス医師はすぐに自身のパソコンに打ち込んで検索した。ヒットは類似を含めて数百件あったが一番上にそれ、サイト名ではなくURLがそのまま表示されていた。デマン氏とトールス医師は顔を見合わせると二人とも生唾を飲み込んだ。医師は壊れた音楽よろしくループし続ける少年を見る。このサイトを開いたらその瞬間に、何かの閃光、ホワイトノイズ、サブリミナル等を食らってこの少年のようになるかもしれない。奥さんも「私も危険だと思うから開かなかった」と述べたそうだ。しかし。医師は思い切って、えいやとそのサイトをクリックした。
「……404と出ておりますな」
デマン氏が不可思議な顔をして呟いた。その一方で、トールス医師は苦虫を噛み潰した顔をする。画面にはかの有名な404が出ている。この意味を知らないデマン氏には無理もないことかもしれないが、これはつまり、サイトが見つからないということだ。何度もリロードしたがやはり404から変わらなかった。トールス医師は肩の力が抜けて椅子に凭れかかり、つまりはこうかもしれないと考えた。この少年はこれがまだ存在している頃にこのサイトを見たのかもしれない。そこで何らかの暗示に掛かって狂ってしまったのかもしれない。そして我々が見る頃にはサイトを立ち上げた何者かがサイトそのものを消してしまった。こういう通例は前にも聞いたことがある、とあくまで可能性の一つを氏に告げてやると、彼は判りやすく憤慨した。医師ではなく、インターネットに対して。息子をこんなにされた怒りが急激に湧き上がったのである。物も投げ出さん勢いのデマン氏にトールス医師は勤めて平静にいった。
「今日はうちで息子さんを預かりたいと思います。この状態のお子さんと御一緒するのはお辛いでしょうし、あなたの怒りを誘発させる恐れは十分にありますから、これから先、二日三日程度は息子さんに会えないかもしれません。何、ご心配なく、私の方で色々と検査をするということです。もしかしたら、何かわかるかもしれませんからね」
するとデマン氏は段々と怒りを鎮めると頭を下げた。「それは申し訳ありません。お金はいくらでもお払い致します」頭を上げていった。「では、そのようにお願いします」いうと息子に「どうか良くなっておくれよ」と額にキスをして出ていった。呟き続ける少年の瞳はその背中を見ていた。医師が肩を掴むと、その瞳、ではなく顔の真正面が医師に合わさる。トールス医師はなるたけ優しい表情を向けた。
「さあ少年。君が泊まる部屋を案内しよう。何、君には少し入院費が嵩むが、個人部屋をあてがってあげよう。ゆっくりゆっくり、休もうじゃないか」
さあ、行こうと促すとちゃんと立って、呟き続けるままに歩いて付いてくる。しかし、医師はナースステーションまでで、入院する部屋への案内は手近な看護師に説明をして任せた。看護師が少年の手を握った瞬間、少年の顔は看護師に向けられる。生命の基本的な反射行動だ。それを見届けてトールス医師は困ったように呟いた。
「全く、こんなことが起きようとは……」
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