最終話&その後の話
最終話:涙の再会
それから4年余り。桜が見頃になってきた4月上旬、夢叶は『ファンザ』滝本店に舞い戻ってきた。
「またここでお世話になります。よろしくお願いします!」
4年の間でほとんどの部門で社員が転勤で入れ替わり、見覚えのある者はあまりいない。だが、古参のパートさん勢はほぼ残っており、久々のこの場所での仕事に胸を躍らせていた。だがここまで辿り着くのには、決して楽な道のりではなかった。
――やっとの思いで、逃げてこれたのだから。
夢叶の右腕には包帯が巻かれていた。別に隠しているわけではないが。『どこかでぶつけたみたい』だと周りにはそう言って誤魔化していたが、本当は違ったのだ。
転勤先で出会った4歳年上の男性社員と付き合っていたのだが、無理矢理お付き合いを申し込まれた上、2人で会う度にホテルに連れ込まれていた。この右腕の怪我は、最後のデートの際に夢叶が抵抗したためにできたものだ。
もちろんお付き合いは続かず、3か月ほど。その後すぐ夢叶が転勤で異動になり音信不通。2度も男によってこんな目に遭わされ、何でだろうとふと思うと――絵星のことを思い出した。今まで出会って付き合った男の中で、絵星だけは決してこんなことはしなかった。懸命に守ってくれた。だから、本気で惚れていた。
――許されるのなら、また会いたい。
ただ、絵星が大学卒業して今どこでどうしているのか分からない。会えっこないかもしれない。夢叶はそう不安に思いながらも、日々の仕事をこなしていた。
☆☆☆
戻ってきて2週間が経過したある日。夢叶は初出勤の高校生のバイトの子を1から教育することになっており、店内を案内し社内ルールを教え込んでいた。品出し時のルールを教えたところでその子を休憩に入れさせ、調味料コーナーで足を止め次の作業指示をどうするか考えていると、その時だった。
「すみません、ちょっといいですか?」
通りすがりのお客さんに声をかけられたと思っていた。
「あっ……はい!」
夢叶が声が聞こえた方に振り向くと。
「え、夢叶……だよね? 戻って……来たんだ?」
声の主は絵星だった。ただただ驚き、動けないでいた夢叶だったが、数秒後に歩き出す。そして周りの目を気にせず、涙を流し抱きついていた。
「絵くん、会いたかった。自分から振っといて、こんなこと言える立場じゃないの分かってる。分かってるけど……っ」
「いや、俺が全て悪かったんだ。ばっさり振られて、やっと自覚したよ。ここまで来るのに、本当に辛かったんだろうな。その腕の怪我がそれを証明してるよ。よく耐えたよ」
包帯が巻かれた夢叶の右腕が見えてきっと、いや絶対何かあったんだろうなと絵星はすぐに察していた。
「絵くんは、やっぱり違う。他の男は、私のことなんて大事にしない。だからあんな目に」
「無理に話さんでいい。そういう奴らは、俺が排除してやるから」
「うん。あの頃は、全然思いやりができてなくて、ごめんなさい。次の男と付き合って、またあんなことになって――絵くんの方がまだまともなんだと思えた。心の底から、貴方が必要です。絵くん」
「俺も。夢叶以上の女の人となんて、出会えない」
熱い抱擁を終え絵星が帰ると、バイトの子が休憩を終え、夢叶を探していた。
「ああごめん! 出してほしいもの持ってくるから、そこで待ってて!」
夢叶が仕事を終えた頃にまた顔出すと絵星が帰り際に言っていた。それまでは浮かれている場合じゃない。いつも通り、仕事に戻る。
この日の仕事を終え、出入り口付近で絵星が待っていた。
「お疲れー。急ですまないんだけど、家行ってもいい?」
「いいよ。明日休みだし。今住んでるとこ、前住んでたアパートだから」
あの頃と同じように、手を繋いで歩き出す2人。
「絵くんとやり直したい」
「俺も。夢叶とやり直したい」
再会を機に恋人に戻る。そして。
「俺さ、さっき実家戻った時、両親に夢叶のことようやく話したよ。今まで黙っててすまなかったって謝ったのと、転勤から帰還しててようやく会えたよって」
「どうだった?」
「長い間黙ってたのは流石に怒られたけど、是非お会いしたいって」
「私も両親に話さなきゃだなー」
あの頃は叶わなかったお泊りデート。一緒に夕食を食べ、一緒に風呂に入り、一緒にベッドに入る。ベッドに入る前に、絵星が尋ねる。
「そういえば夢叶、茉奈さんとは連絡取ってるの?」
「一昨年の元旦、年賀状送ったけどお返しがなくて。それ以来全然喋ってない」
「そうか……。だんだん疎遠になっていくと、何だか悲しくなるな」
「そうだよね……。近いうちにLINEしてみる」
電気を消し、眠りにつく前。
「これからは末永く、よろしくお願いします。絵くん」
「こちらこそ。末永く」
指切りをし、先に眠りについたのは夢叶だ。
「末永く、愛してる。夢叶」
夢叶の耳元で小声で言う絵星。彼女の頬に軽く口づけをし、ぐっすり夢の中へと入っていった。
これでめでたく、2人の恋愛ドラマが再び動き出したのであった――
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