最終章:だんだんすれ違ってゆく

第21話:知らなかったって何?

 9月に入ってすぐ、夢叶が勤めるスーパーは改装に入り2週間休業。そのタイミングで、夢叶は茉奈が住む北海道へ行くことにした。


 出迎えてくれたのは、茉奈の母親だった。あいにく茉奈は仕事で不在だ。


「いらっしゃい夢叶ちゃん。遠いところからわざわざ来てくれてありがとうね。」


「いえいえ。娘さんが最寄り駅までの道のりを丁寧に教えてくれたんで。本当に助かりました!」


そして、夢叶は茉奈の母親の車に乗って、茉奈の実家に向かった。外の景色を見ていて新鮮に思えるけど、それと同時に頭の中で蘇ってくるものがある。


――だから、愛してる。


あの時絵星から言われたが頭から離れてくれない。毎日、夢の中で言われているような感覚だ。でも、と自分に言い聞かせて、言い聞かせて――ばかりだ。


「夢叶ちゃん、着いたわよー?」


「あっ……はいっ!」


茉奈の母親からの呼びかけで我に返り、夢叶は車を降りる。


 到着して間もなく、茉奈が仕事を終えて帰宅。特にイベントはないはずだが、夕食は何故か豪勢だった。おもてなしのわりには。


 ゆっくりお風呂に浸かっている時も、布団に入る時も、夢叶は絵星のあの真剣なまなざしを不意に思い出す。夢ではないと気づき、首を横に振る仕草をもう何回やっているのだろう。


「大丈夫? 絵星さんとのこと。」


隣の布団に入っている茉奈が心配そうに声をかける。


「え? ああ、うん……よく分かったね。」


「何だかうなされてるように見えたよ? でも、言われちゃったら、気にすんなって言う方が無理だよね…。」


「私はもう、絵くんの彼女はからね――」


夢叶は落ち着きを取り戻したのか、ぐっすり眠りについた。でも、になるだろう。


 翌日2日目の朝、何故かブレーカーが落ち停電。日中は雨が降り、茉奈と一緒に傘を差しながら街の中を散策していた夢叶だったが、予想だにしないアクシデントに遭遇することになる…。


☆☆☆


 3日目の真夜中のことだった。地震が起きた。けっこうでかい揺れで、夢叶も茉奈も、そばに置いてあったクッションを抱きしめ、揺れが落ち着くのを待っていた。そして起き上がると、停電していた。


「まじで死ぬかと思って――ありゃあ、また停電か…。」


茉奈の言葉だけが真っ暗な部屋に響き、夢叶は呆然としていた。茉奈の両親とリビングに集まり再び眠りにつき、夜を明かした。夢叶が目を覚ますと、茉奈と茉奈の父親の姿はなかった。代わりに母親が寄り添う。


「おはよう夢叶ちゃん。2日連続でこんな目に遭っちゃって、何て言えば…。あ、茉奈とお父さんはそれぞれ仕事で呼び出しかかって、さっき行ったところよ。多分、後始末しに行ってるかも。また簡単なものですまないけど、食べてちょうだい。」


 真夜中にリビングに集合した時は分からなかったが、茉奈の部屋に飾ってあったアニメキャラのフィギュアも、リビング付近の本棚の上に置いてあったぬいぐるみも全て床に落ちており、地震の大きさを物語っていた。


 朝になっても電気は戻らず、ラジオをつけている。地震と停電が起きたことを繰り返し取り上げられている。どうやら北海道ほぼ全域停電、いわゆるブラックアウトだ。夢叶はTwitterを開き無事を知らせると、


『そういえば、お友達のところ行くって言ってましたもんね。無事でよかった…。テレビで見て焦りましたよ…。』


リプライの送り主は、佑仁だった。佑仁が気にかけたのか、絵星へTwitter上で連絡する様子が見られた。だがしかし、絵星の反応は。


『え、知らなかった。』


――知らなかった? 知らなかったって何?


そう怒りを覚えるのも束の間、夢叶は茉奈の母親と一緒に、車で数分の地元のスーパーへ食料を買いに行くことになった。皆考えていることは同じで、長蛇の列だった。スマホの電池が残り1%になり、夢叶は仕方なく電源を切って列に並ぶことになった。


 茉奈の母親はスマホを家に置いてきてしまい、時間を確認することができなかった。前に並んでいる人に何度か時間を聞き、2時間余り並んでインスタントラーメンとパン数個買うことができた。


(店員さんも大変なのに、ご苦労様です。)


夢叶は一礼して、その場を後にした。その後コンビニでラジオ用の電池を買おうとするも売り切れ。そのまま家に戻ることになった。


 戻って1時間後、電気が復旧したのだ。テレビの中継には、震源近くの山間部では崖崩れが起きている様子が映っていた。それで朝、佑仁が焦って反応したのも納得がいく。


 だが、電波が安定せず、元通りになる頃には外は暗くなっていた。夜に夢叶は今朝感じたを絵星宛にLINEでこうぶつけている。


『自分が惚れた女が大変な目に遭ってんのに、って何? 普通は先に大丈夫かって心配するでしょ? そんなことも分からないの?』


その後絵星から謝罪の言葉が来たが、夢叶の怒りはそう簡単には収まらなかった。


 翌日、夢叶は茉奈の母親と一緒に市内のハンバーガー屋さんへ行って昼食を食べたが物流が滞り、半分ぐらいのメニューが提供休止になっていた。近くのレストランは食材が届かず、臨時休業になっていた。


 夜、小雨が降る中何故か茉奈は外出し、30分ぐらいで帰ってきた。外の様子を見に行ったのだろうか。


「そこの小学校から先はまだ電気戻ってないみたい。信号もついてない。よく買い物する近くのスーパーも臨時休業。こんなに真っ暗なの初めて見たよ…。」


茉奈は泣きそうになっていた。夢叶はその様子を見て、こう思う。


(絵くんさぁ、これが現実なんだよ――)


――知らなかった。


絵星のこの台詞は、北海道民の茉奈には口が裂けても言えなかった。言えるわけがなかった。

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