第20話:1人の友達として…?

 茉奈が帰ってからも、夢叶は絵星との間に特に何かトラブルがあったわけではなかった。だが、茉奈が言ったことに一理あった。




『絵星さんのこと気にかけるのも大事だけど、これ以上夢叶ちゃんが追い込まれてほしくない。だから、自分の心の健康のためにも、これからのこと真剣に考えるべきだと思う。答えを出すのに、時間はかかっても仕方ないけどさ。夢叶ちゃんが出した答えに、私は何も文句は言わないよ。』




 これは、茉奈が帰りの飛行機に乗る前に夢叶に告げた台詞せりふだ。彼女なりに夢叶を心配しているのだろう。


――もっと自分を大事にしてほしい。


茉奈が1番訴えたかったのは、このことなのだろう。


 茉奈からの言葉の影響なのか、夢叶は自分を守るためにどうするべきか考えるようになった。まずは、今までのように絵星を第一に考える自分を捨てた。そうすれば、何か見えてくると信じて。


☆☆☆


 7月になって夢叶はやっと、自分が納得いく答えを出した。


『絵くんへ。突然で申し訳ないんだけど、カレカノの関係を解消したい。自分の気持ちが分からなくなってきてて。そんな感じのまま付き合うのは、無理があると思ったから。これからはとして、仲良くしていただけますか?』


絵星へこの内容でLINEを送った。彼の反応が怖いが、夢叶はもうブレないつもりだ。暫く時間がたって、絵星から返事が来る。


『うん……分かった。』


絵星は承諾したようだ。だが、渋々だ。承諾したようなだった。


(そんなことしたって、俺の気持ちは変わるわけねぇよ。)


カレカノの関係から友達になるだけで、直接会ったりLINEで話すのは変わりはない。そして絵星の思いも、変わりはない…。


 その後夢叶はLINEで茉奈に報告した。


『茉奈ちゃん。時間かかちゃったけど、これからは彼女としてではなくてとして、絵くんと関わっていくことにしたよ。この答え、どうかな?』


すぐに茉奈から返事が来る。


『まあ、いいんじゃない? 友達に戻るのって、どこか気まずいかもしれないかもしれないけど、いきなり縁を切るよりはまだマシかな。様子見って感じ。男女の友情も成り立つと思うよ~。そこに期待してる!』


 そして夢叶はTwitterのプロフィールから、彼氏がいる旨の項目を削除。絵星側は、彼女がいる旨の項目を削除。誰がどう見ても、友達同士のようになっていた。


 今度は、来月に迫る23歳の誕生日をどうするか。


(去年のやり返しじゃ!!)


夢叶はそう決めている。ただ、誕生日の件については、お互いに何も相談しようとせず、ただ時が過ぎるのを待っているだけ――


☆☆☆


 来る8月。先にやってきた絵星の誕生日は本当に、何もしなかった夢叶。毎日じゃないけどLINEでぼちぼち話はする。するけど、『誕生日おめでとう』とは言わず。絵星本人の反応を気にすることなく、すぐ自分の誕生日を迎える。


 夢叶は誕生日当日に仕事を入れていた。昼休みに入り、弁当箱を開けようとすると、慌ただしい足音が聞こえるとともに休憩室のドアが開く。


「蒲本さんっ! 彼氏さんだと思うけど、貴方に話があるって言う男の人がうちんとこの売り場で待ってるよ?」


夢叶を呼びに来たのは、精肉担当の社員だった。


「は、はい!? と、とりあえず行きますね!」


夢叶は何で来た? と思ったが、彼の誕生日におめでとうの一言もなかったのは流石にまずかったかもしれない。それだけが気がかりだ。


 お客さんの前で立て込んだ話をするのは宜しくない。なので、夢叶はたまたま誰もいない事務所の中へ絵星を案内することに。


「あ、遅れたけど、誕生日おめでとう、絵くん。」


「ああ、ありがと。やっと聞けて安心した。当日夢叶が何も言ってくれなかったから、やけ食いしてた。辛すぎて。」


「そ、そこまで…。で、それでさ、何で来たの?」


夢叶の疑問から、本題に入っていく。


「今日、夢叶の誕生日だろ? 何だか、直接言わないと反応してくれない気がして。」


「貴方とは違って、既読無視なんてしないけど?」


「はいはい、すいません。改めて夢叶、誕生日おめでとう。」


「本当にそれだけ?」


「いや? 君からなんて言われて仕方なく受け入れたけどさ。俺はまだ諦めたくない。だから――」


夢叶の手を握る絵星。その目は、真剣そのものだ。


「だから今も、愛してる。」


――愛してる。


この言葉は、ひたすら夢叶の心に染みていく。


(や、やめてよ、本当に…。)


そして、心が締めつけられる。


 1か月前、『1人の友達として』と提案したのは夢叶だ。だが心のどこかで、絵星のことをまだ想っていたのかもしれない。

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