第17話:一緒に頑張りたい

 夢叶がLINEに気づいたのは、仕事を終えてからだった。絵星のこの言葉を見て、固まってしまう。ショックもあるが、疑問が残る。


(どうしてそんなことになるんだ?)


社員用ロッカーの前で立ち尽くす夢叶の背後から、啓太が声をかけてくる。


「蒲本ちゃん、どうかしたのか?」


夢叶はびくっとし、手早く返事をしてスマホをしまう。


「や、矢間さんには関係ありませんから! お疲れ様でした!」


「お、おうお疲れ…。」


(どうせ、矢間さんなんて別れろとしか言わないんだから!)


啓太から逃げるように帰る夢叶は、彼を相談相手として見ることができなくなっていた。去年の秋に絵星から距離を置かれた時も、数日前の浮気の話を打ち明けた時もそうだ。もう、頼れる先はいない。


――強いて言うなら、絵星の友人の佑仁ぐらいか。


だが、個別に連絡を取り合うほど、縁はない。Twitterは相互フォローしているけど。


 夢叶は絵星宛に自分が送った内容を確認する。


『迷惑だなんて、何1つ思ってないから。私は、絵くんの彼女のままでいたい。』


でも、大学生と社会人。時間が合わせづらいのはどうしようもない。だから、悩みをゆっくり聞いてあげられなかった。それが、夢叶の後悔だ。今、絵星に何をしてあげられるか、全く分からない。


(暫く、会わないでそっとしてあげようかな。)


それが、彼女として夢叶が今できる最善の方法だった。


☆☆☆


 3月になってしまった。夢叶はここまで、絵星のことを考えない日はなかった。きっと、絵星も自分のことを考えていると願って。


 そんな中、大学の卒業式当日がやってきた。留年を突きつけられた絵星はどうしているか分からないが、佑仁は卒業式に臨んでいる。


 この日の仕事が終わり、夢叶が帰ろうとするとスーツ姿の佑仁が現れた。何か用事でもあったのだろうか。


「お久しぶりです、夢叶さん。」


「おっと……久しぶり、佑仁くん。まずは、卒業おめでとう。」


「ありがとうございます。」


佑仁は夢叶がどこか元気がないように見えていた。


「夢叶さん、最近あいつとはどうなんですか?」


「それが――」


夢叶は言葉を詰まらせながらも、ここまであったことを佑仁に話した。


「そうだったんですか…。絵星、全然話してくれなかったので。先輩も別れろとしか言わない、と…。前聞いてた、絵星の家の近くに住んでた奴も引っ越していなくなった。夢叶さんの良き相談相手がもういない状況だったんですね…。」


「せめて、矢間さん……先輩だけでも味方でいてほしかった。」


「ですよね…。夢叶さんとあいつを結んだ張本人ですしね。」


 佑仁は夢叶の胸の内を理解した上で、話を続ける。


「夢叶さんはこれからどうしたいと思ってますか?」


「別れてほしいと言われたけど、別れたくない。もっと頼ってほしいと思ってる。」


「それを本人にはっきり言いましょう。あいつ、何だかんだいって1人で抱えすぎです。自分からも『頼れよ』って言うんで。卒業できなかったからって、夢叶さんに別に迷惑かかった訳じゃじゃないですし。」


「そう……だよね。そういえば、付き合ってもうすぐ1年になるんだった。」


「はい。自分はこれから社会人になります。あいつの力になれるのも、限りがあります。だから、あいつには夢叶さんが必要です。何があろうとも、自分は別れろなんて決して言いませんから。」


「佑仁くんありがとう、話聞いてくれて。それじゃ私、買い物あるからこれで失礼!」


夢叶は近くに積んであった買い物用カゴを持ち、佑仁と別れる。


「はい、お疲れさまでした!」


佑仁は一安心し、まっすぐ家へと帰っていった。


 帰宅後、夢叶は絵星へLINEを送る。


『お疲れ様です。さっき、佑仁くんと会って色々話したよ。なかなか時間合わないけど、私をもっと頼ってほしい。一緒に頑張りたい。だから、ゆっくりでいいから一緒に歩んでいこう? 私たちのペースで。』


すぐ返事がやってきた。


『佑仁から聞いたよ。ものすごく叱られたし。こんな俺でいいなら、これからも末永く……よろしくお願いします。。』


『こちらこそ……。』


これで一件落着。やがて、付き合って1年を迎えた。夢叶は仕事でこの記念日は一緒に居られなかったが、絵星と1年も続いたことに奇跡と感謝で埋め尽くされた1日になったのである。


☆☆☆


 それから1週間後。店長が啓太を呼び出し何かを話していた。夢叶は事務所のパソコンで作業しているフリをして、後ろから聞く。


――その内容は、5月から啓太は副店長として他店舗への配属が決まったという知らせだった。

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