第13話:どっちがふさわしいか

 あの日以来、夢叶と絵星はぎこちない関係が続いていた。毎日LINEはするけど挨拶に加えて一言二言続けばいい方になってしまっていた。


(私は本当に必要とされているんだろうか?)


と思いながら、仕事をこなす日々だった。


「もう、あいつのことなんてほっときな。キリがないぞ?」


10月が終わろうとしていたある日、昼休み中に啓太から言われたことだ。夢叶が何も言い返せないでいると、啓太が追い打ちをかけてくる。


「別れるのか、別れないのかは蒲本ちゃんが決めることだけど、このままだともたんぞ? 必死になってさぁ……蒲本ちゃんのことちゃんと見る気ないだろ?」


「……それは分かってます。分かってますから、もうその話しないでもらえませんか?」


夢叶としては、自分の彼氏のことを悪く言うのは、例え職場の先輩の啓太であろうと許せなかったのだ、元々知り合いだったとしても。この空気から逃れたくて、さっさと仕事へ戻ることにした。


 この日の仕事が終わり帰ろうとすると、月輝とばったり会った。


「あら夢叶さん、仕事終わり?」


「そうだけど?」


「時間あるんだったら、家に来て?」


 夢叶が来た先は、月輝が1人暮らししているアパートの一室だった。


「今度……俺と絵星で、を勝負しようと思うんだ。」


月輝が夕食の準備をしながら、そう言う。


「……そんなことやって、絵くんが嫌な思いするんじゃないの?」


「あのね夢叶さん、俺さ……最近のあいつの態度が気に食わないんだ。このまま俺が夢叶さんを貰ったとしても、俺が納得できない。だから、白黒つけたいんだ。」


 夕食は、月輝の手料理をごちそうになった夢叶。食べ終えて帰る支度をしようとすると、月輝が押し倒してきた。


「ごめん、我慢できなくて。絵星には内緒だよ?」


夢叶は何も抵抗できず、思わず目をつぶる。そして唇を奪われてしまった。そして夢叶が出発しようとすると、月輝に後ろから抱きつかれる。


「帰ってほしくない。絵星がいるのは分かってるんだけど、本気度は負けてない。いい加減な気持ちなあいつとは違うんだ! だから……今度は俺の隣にいてよ。絶対勝ってくるから。」


(いい加減な気持ち、か――)


どうしていいか、夢叶には分からなかった。心苦しかった。だが、仕事を理由に帰ることにしてしまった。


 その一方で、月輝は絵星との勝負のお誘いが難航していた。『週末忙しいから』とか『用事あるから』と逃げるように絵星は断っていた。毎週のように粘る月輝だったが、もう諦めて本人の許可なく夢叶を頂こうかとも思っていた頃、絵星からようやくOKが出る。


『分かったよ。ただし、だからな。』


どっちがふさわしいかの勝負――いよいよその日がやってくる。


☆☆☆


 月輝が最初に誘ってから、1か月がたってしまっていた。もうすぐ12月だが夢叶と絵星との間は未だにぎこちないままだ。この状態に終止符を打つための戦いが始まる。


「絵星、お前さぁ……やっとその気になったな。長かったわぁ。」


「悪かったな。さっさと片付けようぜ。」


この日は夢叶は仕事。早出したため、暗くなる前に仕事が終わるそうだ。仕事が終わったタイミングで結果報告することになっている。


 ゲームセンターのリズムゲームを一通りやり、最後はカラオケで決着をつけることになっていた。しかし、絵星は最初からやる気があるわけではなく、本気を出してこなかった。当然だが、月輝が優勢だ。


「ごめん月輝、帰るわ。」


「……はい? いや、ちょっと!?」


絵星は途中でさっさと帰ってしまった。中途半端な結末に月輝は苛立っていた。夢叶の仕事終わりまで、適当に時間を潰すしかなかった。


 そして、夢叶が仕事を終え、月輝1人で結果を報告しに行く。


「夢叶さん……あいつ、途中で帰っちゃったんだよ。何回も誘って、やっと勝負できると思ったのに――」


月輝は勝負する気ゼロの絵星に呆れていた。その様子を見て、夢叶も頭を抱えていた。夢叶が何か言葉をかけようとすると、手をつかんだ月輝は彼女を自分の家へ連れていこうとする。


(絵星の彼女のままにさせてたまるかよ――)


「えっと、どこへ?」


夢叶の問いかけに答えず、月輝はそのままお持ち帰りすることになってしまったのである――


 月輝の家に着いても、夢叶は状況が理解できない。


「先に座ってて?」


言われた通りベッドの上に座った夢叶だが、月輝に押し倒され抱きつかれる。


「俺は、夢叶さんのこと本気で好きだ。でも、本当は絵星に目を覚ましてほしかったんだよ……。夢叶さんのために本気でぶつかり合えば、自分を取り戻せると思ったんだよ。」


夢叶の耳元で、月輝の本音が漏れる。


「その思いを、絵くんに伝えたの? 伝えてないなら、今すぐにでも伝えてあげたら?」


月輝は起き上がり、絵星へ電話をかける。その横で、夢叶が見守る。


「……もしもし? 今大丈夫か?」


『うん。さっきはごめん。それで、どうした?』


「絵星に、大事なこと言ってなかったんだ。いいか?」

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