第9話:初、すれ違いの音〔前編〕
何も知らない夢叶は、8月の中旬に入ってすぐ、絵星の希望の品を通販サイトで注文した。
(これでよしっと……)
その頃絵星は、旅行の荷造りに励んでいた。
(あとは、給料が入るだけだな……)
絵星は夢叶の誕生日に何をプレゼントするかそもそも考えていたのか、分からない。
2人はまだ気づいていないが、既にすれ違ってしまっていたのだ……。
☆☆☆
そして、先に絵星の誕生日がやってきた。ただそれだけ。仕事柄お盆休みなんてない。夢叶は普段通り出勤する。
世の中はお盆休み真っ只中。店内は多くのお客さんで賑わっていた。焼き肉用のお肉やオードブル、お寿司といったご馳走の品がよく売れている。
お昼休憩に入った夢叶は、すぐさまスマホを取り出した。
(絵くん、無事受け取れただろうか?)
手順は諸々教えたけど、心配だった。夢叶のこの心配なんていらなかったのか、絵星から報告の連絡がリアルタイムで来た。
『夢叶、届いたよ!』
「よかったー。大丈夫だったかなって、さっきまでドキドキだったもん」
『この度はありがとう。そして――』
以降、最高の言葉で締めくくられている。
『愛してる』
その後ニヤニヤしながら昼食を食べる夢叶を、啓太がまじまじと見てくる。
「蒲本ちゃん! 何かいいことでもあったか?」
「わあっ矢間さん!? それは、その……」
夢叶の叫び声で、隣に座っていた学生バイトの子が振り向いてしまった。
「それは……『愛してる』って絵くんが初めて言って、くれたから……嬉しくて……つい」
恥ずかしそうに言う夢叶を、啓太もバイトの子も微笑ましい様子で見ていた。
「夢叶さんの彼氏さん、1回見たことあるんです。誠実な人で、本当に……夢叶さんが羨ましいです!!」
バイトの子は悔しさを
「ってことで、午後から頑張ろうな!」
啓太はそう言って、仕事に戻っていった。夢叶も戻っていく。
絵星に変わった様子は見られず、夢叶はこの後迎える22歳の誕生日のサプライズを、ただただ期待してしまっているのである……。
☆☆☆
お盆は瞬く間に通り過ぎていった。偶然にも誕生日が休みになった夢叶は、絵星からのサプライズを楽しみにしていた。
絵星は元々遅くまで起きていられる男ではなく、日付が変わってすぐお祝いのLINEが来てなくても、許していた。
――啓太や月輝からは、早々と来ていたけど。
だが、何時になっても絵星からは何も来なかった。
(何で?)
昨日から既読になったまま、返事がない。
『何してんの? 今日は何の日か覚えてる?』
送っても、返事は来ない。
同じ頃、絵星は佑仁との聖地巡礼の旅を満喫していた。夢叶への誕生日祝いは、二の次になっていた……。
その日の夕方になって、佑仁の言葉でやっと事態が動く。
「絵星にいらんこと聞くようだけど……今日って確か、夢叶さんの誕生日じゃなかったのか?」
「ああ、そうだが……」
「え……おい、何もしてないのかよ!? 夢叶さん相当怒ってるかもしれないぞ……!?」
「……まずい……」
LINEを開く気になった絵星に届いていたのは、夢叶からの怒りの言葉だった。
『今まで、何してたんですか!?』
「ごめん、遅くなって……。実は、佑仁と聖地巡礼がてら旅行していたんだ」
『そんなの聞いてない。バイトしてたのって、そういうことだったのね……』
絵星はすっかり青ざめていた。その様子を心配した佑仁が、
「帰れそうか?」
「何とか。家に帰ってから返事するわ……」
足取りが重くなりながら、絵星は家へと歩いていった。
これは、誰が悪い訳ではなく絵星自身が招いた不祥事だ。本人にも痛いほど分かっていた。
『遅くなってごめん。夢叶、誕生日おめでとう。お詫びになんてならないかもしれないけど、土産物屋さんで買ったお菓子……いる?』
だが、夢叶から返事はなかなか来なかった。
(もう、ダメかもしれん……)
寝る前になって、夢叶から来た返事の内容は。
『そんなのいらない』
絵星の所持金はもう最低限しかなく、何もできないまま夢叶の誕生日が終わってしまった……。
――――――
【後編へ続く】
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