第5話:初デートの約束

 4月に入り、絵星は4年生になった。新年度の講義が始まる前のある日、夢叶が仕事を終えて職場を出ると、絵星が手を上げて呼んだ。


「絵くんお疲れ様ー! あれ、何か買い物してたの?」


「うん、まあね。今日もお仕事お疲れ様、夢叶。」


思わず人目を気にした絵星が、夢叶の手を取り人気のない所へ移動する。


 この日は啓太が休みなので特に何か言われることもないのだが、これから先学業と就活でなかなか時間が合わなくなるのを前に、絵星は夢叶に対してやっておきたいことがあった。


「ぎゅーしたいの?」


きょとんとした夢叶を前に、


「ぎゅーもしたいけど……目つぶって? 俺の最初を夢叶に受け取ってほしい。」


 そっと顎クイし、絵星ら初めてのキスを夢叶に捧げた。そして抱きしめる。


「――夢叶に迷惑かけないようにするから。それだけ約束したくて、少しだけでも会いたかった。」


「大変になるのは、分かってるよ。でも、私がついてるよ、絵くん。絵くんがいてくれるだけで、十分幸せだよ? 大好きだから。」


「俺も…あ、そうだ肝心なこと忘れてたよ!」


 抱きしめた手を緩め、絵星は大学の講義が本格スタートする再来週の週末に初デートしようと夢叶に提案した。夢叶は了承し、シフト調整してもらうと伝えた。初デートまで直接会えないけど、それでも一歩踏み出すことができた。


 翌日、夢叶は啓太に事情を話し、シフト調整をお願いした。


「分かった。俺からは特に何もアドバイスできないけど、絵星といい1日にするんだぞー?」


「は、はい。へへっ……。」


 夢叶は次会えるまで仕事で少しでも何か成果を残して、絵星に報告したいと考えていた。ひとつ楽しみを作って、この日も精一杯仕事に取り組んでいた。


☆☆☆


 約2週間後。夢叶は売り場に飾った手作りのPOPがすごく可愛らしくて素敵だと常連客から褒められた。


(よかったー、これで絵くんにいい報告できる!)


毎日連絡は取り合っているが、それだけでも幸せだ。待ち合わせの場所と時間は決まっているし、あとは明日を迎えるだけだ。


 夢叶は仕事を終え帰宅し、明日の準備をしていると絵星から何か来ていた。


『今日もお疲れ様。4時に講義終わって佑仁とちょっと寄り道しながら今帰ってきたところだよ。初デートだからってそんなにかっこつけたら台無しだぞ、いつも通りでいないと夢叶さん困るぞって佑仁がすげー心配してた。あいつ心配し過ぎだよなぁ。まあ、明日はよろしく!』


初めてだから心配になるのは分かるなぁ、と思いながら夢叶はこう返事する。


『佑仁くんの気持ち分かるなぁ、ましてや絵くんのお友達なんだしね。そうだね、明日いい1日にしようね!』


 しかし翌日、夢叶が朝飯を食べ終わった後に残念なお知らせが来てしまった。


『おはよう。昨日寝る前に熱出しちゃって…。悔しいけど、近いうちに必ず2人でどこか行こう。約束する。せっかく休み取ってくれたのにホントにごめん……。』


絵星からだ。昨日まで何ともなかったのに、急に体調を崩してしまった。これだけはどうしようもできない。


 夢叶は電話をかけようか迷ったが、やめとくかと思い一旦スマホを机の上に置いた。ただ、落ち着いていられず返事をする。


『仕方ないよ。私は大丈夫だよ。少しでも早く熱下がるように祈ってるね、何も出来なくてこっちこそごめんね。』


 今日何しようと思いながら部屋の掃除をする夢叶は手を止め、返事が来ているか確認した。


『夢叶が謝ることないよ。ただなぁ……夢叶に看病してもらいたかったなぁ。俺の心残り。』


夢叶はこれ以上、何も伝えられることができなかった。


 翌日、肩を落とし出勤してきた夢叶に啓太が声をかける。


「おはよう蒲本ちゃん。事情は絵星から聞いた。まーしょうがないさ。これ見てみ?」


『夢叶に申し訳ないことをしてしまった。次こそは……必ず幸せな時間にする。その時まで俺、頑張るから…夢叶も仕事頑張ってくれるといいなぁ。』


啓太宛に来ていたのは、絵星の決意が込められたメッセージだった。


「だとよ。まずは、自分のこと頑張ろう。そして、笑顔であいつと会ってこい。あいつもあいつなりに頑張るって言ってるんだから。」


「……はい。今日も、よろしくお願いします!」


 夢叶が絵星と次に会ったのは、それから数日後だった。


「絵くん、5月の連休中のどっかでリベンジしよう。」


「ああ、そうだな……いつ休みか分かったら教えて?」


「分かった!」


別れるまで、手を繋いで歩く2人は誰が見ても、幸せに見える。


だが、その様子を誰よりも気になる男が、約1名いるのである――

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