魔王を討伐した勇者の日常〜最強勇者様にスローライフは訪れません〜

白霜小豆

第1話 とある勇者


 とある初春の嵐の日、町外れの街道にて。


「ひっ、ひぃぃぃぃ!近寄るなぁ!」


 破壊された馬車と数人の人間が道に横たわっていた。格好から推察するに護衛の者だろう。しかし、その護衛は守るべき依頼主を置いて、先に気を飛ばしてしまっている。

 尻餅をついて叫ぶふくよかな男は商人だ。それも魔族や魔獣を売る商人。その傍には刃を構える二つの黒い影。

 この状況を見れば野党にあったのだろうと、誰もが一目で察する。野党の目的と言えば金品を奪うことであろう。しかしこの二人の目的はそうではないらしい。


「いましたよ。銀狼獣サンウルフが二匹……さぞ、高く売れるんでしょうねぇ」


 黒いフードを被った大きい方の男が、馬車の荷台を覗いて言った。


 もう一人の男……とは言っても少年のような背丈のそいつは、未だ地に臥す商人に刃を向けながら言う


「誓え」


「……は?」


「二度と魔物をを商品にしないと。誓え」


 雷が落ちる。その光で一瞬、凄む男の顔が輝る。その色は深緑。


「……ふざけるなよ。この国で少しは立場がいいからって調子に乗りやがって。薄汚い血の、魔族が!」


 もう一度、雷が落ちる。その日の嵐は長く続いた。


・・・


数日後、とある街中の酒場にて


「って言ってやったんだよ!そいつによぉ!」


 ほろ酔い気分で武勇伝を語るその男は、嵐の日に襲われた商人である。

 馬車を襲われて生き残ったその体験は、最近その男の中で話のタネとなっているらしい。死んでいてもおかしくない状況で五体満足で帰ってきたのだから、無理もないと言えるだろう。男の語り口調が少し熱くなるのにも納得だ。もっとも、ここまで熱く語るのには、馬車を襲った男たちが、今現在噂話のトレンドであるという理由もあるのだが。


「お前、そんな状況でよくそんなこと言えたな」


 そう呆れ気味で言う、話を聞いていた男は同年代の同業者であろう。


「いや、その状況だから言えたってのはあるかもなぁ。そん時は殺されると思ってたからな!」


 そう言って高笑いを決める男。喉もと過ぎれば熱さ忘れると言う奴だろう。


「しかし恐ろしいね。噂の"レッド・アイ"様は。これで何人目だい。義賊のつもりかね。そんで、商売は畳んじまうのかい」


「バカ言うな。やっと固定客も着きはじめたんだ。今更ビビって辞められるかよ」


「また襲われるかもしれないぜ?レッド・アイは強いんだろ。変異種ユニークだなんだって言われてるみたいじゃないか」


「あぁそうさ。アレは確実に変異種ユニークだろうな。それにあん時はCランク級の傭兵をだな……」


 そんな噂話が流れる酒席で、酒を飲むわけでもなく掲示板を眺める男が一人。噂の人物の手配書を眺めていた。

 服はちょっと外に出る為だけの軽装とも取れるが、肘や膝などの関節には硬そうな黒いパッド。そして背中には人の背丈ほどはあろうかと言う巨大な剣。


 その男はしばらく手配書を見つめた後、一枚手に取り酒場を後にした。


・・・


 濃い橙色に染まった、森の外れの平原にて。


(こいつが……)


 俺の目的であるそいつ……そいつは町外れの森で、大きな獣の肉を解体していた。


 そいつの種族特有の緑の肌を見れば、人ではないことはすぐに分かる。しかし、身に纏うものはその名前を聞いたときに真っ先に思い浮かぶであろう、布の切れ端のようなものではない。明らかに使用感のある皮の服、靴、ベルト、そして自らの背丈より大きい獣を、捌く刀。


 どこか野蛮とも言えるその風貌だが、濃緑の肌と茶色の服のコントラストは一目でわかる矛盾を孕み、こいつの存在を不思議たらしめている。


【対象:小緑鬼ゴブリン 討伐で400ゴールド 特徴:身長は140cm程度 雄 2つの剣を腰に刺しており、目は珍しい赤 8人が襲われ軽傷 討伐レベルE+】


 手配書には、実物より人相……ゴブリン相が若干悪いそいつが描かれていた。


 小緑鬼ゴブリンなんかに賞金を出すなんて、冒険者協会も相当儲かっていると思ったもんだが、どうやらそういうわけでもないらしい。


 小緑鬼ゴブリン程度で8人怪我……それで討伐レベルがEってのも納得行かない。

 されどゴブリンと侮ってこのレベルにしたんだろうが……討伐レベルに比べたら400ゴールドはかなり割がいい。たくさんの賞金稼ぎや冒険者がやってきたんだろうが、あいつが生きてるってことはそういうことだろう。

 小緑鬼ゴブリンであれば、1人目を襲ったところで殺されていてもなんらおかしくないにもかかわらずだ。


(俺の見立てじゃCかそれ以上ってどこだが……)


 獣を切り裂く手を止め立ち上がり、ゆっくりと、奴がこっちを向く。そして、目が合った。


「勇者……!」


真紅の瞳が真っ直ぐこちらを見つめる。炎を宿すような赤さ。憎しみの目。あの目は何度も見てきた。


小緑鬼ゴブリンは、声をあげた。その声が聞こえたときには、20m程あった距離が詰められていた。こいつはすでに腕の長さくらいの薄刃の刀を両手に構えている。


 この速度……Bランクのモンスターにすら、こいつより速いのは中々いないだろう。小緑鬼ゴブリンが持っていていいような速度ではない。レッド・アイと呼ばれるだけはあるな。


 二枚の刃に、顔が反射しているのがはっきりわかる。刹那、刃が届くかという時。勇者がピクリと動いたかと思えば、小緑鬼ゴブリンの頬には深く蹴りが刺さっていた


「おっと」


「ぶべっ」


 どんなに速い足を持ってたって、一直線に突っ込んでくるなら攻撃してくださいと言ってるようなものさ。


 小緑鬼ゴブリンは勇者に迫る時よりも速く勇者から離れてゆき、木に激突して気を失った。


(結局、こいつは何なんだろうな)


 たった今制した相手に歩みを進めながら考える。


(最近きな臭い北島の大帝国か、大陸の敵役を担う東の闇組織か……碌でもないものが裏で動いてるのは確かだろう。)

 

「ま、このゴブリンは、縛っておいて……。暴れられても困るしな、家に連れ帰って話を聞くとしよう」


 そう高らかに宣言して、その後に、気づく。


「まずい、夕飯!たしか昨日も遅れたから……急げ!飯抜きだけは勘弁してくれよ〜」


 そう言って、小緑鬼ゴブリンを担いで駆けて行く。日がまだまだ短いとは言え、タイムリミットの6時を知らせる鐘はもうすぐなのである。

 そんなわけで、勇者はたった今太陽が隠れてしまった地上を駆けてゆくのであった


・・・


 パチン!

 とある勇者の家の前……すっかり日が落ちた玄関に響くその音は、勇者がとある倒れ込んでいたゴブリンに放ったデコピンの音である。


 当たり前のように打ったデコピンだが、正直、勇者のデコピンを喰らったら一般人なら余裕で重症になる。

 眠っていたゴブリンを起こすためとはいえ、もし力加減を間違ったら1日は寝込むことになっただろう。


 しかし、加害者である勇者にそんな自覚はない。戯れのつもりではあるが、少しでも間違ってしまったら本当に危ないので自重してほしいものである。


 さて、それはともかく小緑鬼ゴブリンは起きた。


「ーーっ〜たぁ……なにすんだ!」


「まぁまぁ……とりあえず初めに一つ質問。なんで人を襲う?そんなことをすればお前を討伐する奴が来るってことはわかっていただろ?」


 小緑鬼ゴブリンは突然の問いにキョトンと勇者を見つめたあと、目を伏せてから答える。


「……勝てると思ってたんだ。お前にも。負けないと思ってた」


「相当な自信があるようだな、よろしい。お前を俺に勝てるようにしてやろう」


「は?」


 警戒と希望。その二つが入り混じった真紅の目は、とても複雑な光を灯していた。


「……んなことして欲しくなんてねぇよ!」


「本当にいいのか?それで」


 勇者は少し口角を上げて、勇者とは思えない悪どい顔をする。


「俺の気が少し変われば、お前は今すぐにでもお縄だ。魔物の待遇が少しマシになったとはいえ、人を何人も襲ったんじゃあ即殺処分だろうなぁ。俺の元で強くなる方が死ぬよりはマシだろ?」


 小緑鬼ゴブリンは黙りこくったまま鋭い目で勇者を見つめる。


「了承って事でいいな?明日から鍛えてやる。とりあえず今日は飯食って休むぞ。」


 勇者は笑顔でそう言い、冷たい石畳の上に座りこんでいたゴブリンの手を引きながら、玄関の戸に手を伸ばした。

 するとゴブリンはなんとも不思議そうな顔をする。


 まぁ、当たり前の反応だろう。ついさっき相対した得体の知れない魔物と、共に食事をしようなどと考える奴はなかなかいない。

 しかし、この勇者はそう言ったところに考えが及ばない……隠さず言えばバカなので常識は通用しない。かくしてゴブリンは勇者と晩餐を同席することになったのである。


 ガツガツガツガツ

 ものすごい食いっぷりだな……

 テーブルの上に置いてある太ももサイズの肉や山盛りの野菜が一瞬のうちに口に吸い込まれていくその様子はどこか爽快なところがある。


 まぁ出会った時みたいなでっかい獣の肉をろくに味付けもせず食べてただろうからな。少しぐらいがっつくのも納得……。


「どうだ美味いだろ?」


「これだけ勢いよくお皿が綺麗になると、こっちまで嬉しいです」


 そういう彼女はセイラ、家の家事全般をやっていてくれたりするメイドだ。青髪、青の眼、誰が見ようと美少女と形容するだろう。


 ちょっと乱暴なところもあるが、もちろんそのことを口に出してはいけない。

 そんなことをすれば毎日の楽しみの一つである飯がフレッシュな緑に染まるか、それ以上の悲劇が訪れることは間違いないので、何があっても絶対に言ってはいけない。


 そんな彼女は今、底が見えない胃袋を満たすため、テーブルに着かずせっせと料理を作っている。


 突然の来客に少し……いや、結構嫌な顔をしてたような気もするけど、人数が一人増えたせいで足りない材料の買い出しに俺が率先して行ったことでなんとか機嫌を保っているという感じだ。


 え?俺は料理を手伝わないのかって?馬鹿なことを言っちゃいけねぇよ。


 セイラが家に来て間もない頃は、家事をやってるところを見て俺も手伝おうと思ってたし、実際手伝ったし……


 いや聞いてくれ、料理で塩と重曹を間違えて、掃除で家中を小麦粉だらけにした上、皿洗いでキッチンを破壊したところでセイラに止められただけなんだ。

 あれからセイラは一切家事をさせてくれなくなった。


 ……それまでいったい俺はどう生活してたのか……ほんとにわからん。謎だ。


「あ、そうだ名前を聞いてなかったな。俺の名前はユーディアだ。お前はなんて言うんだ?」


 例の小緑鬼ゴブリンは飯に夢中の目をチラッとこちらの方に向けた後、答えにくそうにそっぽを向いて


「ないよ、名前なんて」


 と、一言

 そうか、亜人種のモンスターといえどゴブリンに名前をつける文化はないのか。でも呼ぶときに困るしな……


「うーん……じゃあ名前はそのうち考えるか。それと、もうひとつ。一緒に人を襲った仲間が何人かいるだろ。そいつらについて教えてくれないか」


「……たとえ俺が捕まっても仲間を売るマネはしたくないね」


 そう言ってもう一度食事に目を落とす小緑鬼ゴブリン。これは聞き出せなさそうだな。


「わかった。言いたくないならいい。明日から鍛えてやるから飯食い終わったら風呂入って早めに休めよ」


 そんなこんなで始まりの晩餐を終えた俺は、明日から始まるであろう修行に思いを馳せつつ。自分が先代勇者に拾われたあの日を思い出していた。

 いつかアイツも……そんなことを考えながらベッドをもう一つ用意する。明日はきっといい日になるだろう。

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