♯02(前編) 魔女の末裔 Ⅰ

 俺に?俺はミリアちゃんが何を言っているのか理解出来なかった。


「それは全身を機械化させたって事?確かに全身拡張は抵抗あるけど…でも拡張くらいなら今更だよ」


「…いえ、もうお兄さんは私と同じで人間じゃないんです。お兄さんの怪我が治ってるのもだからで…」


「どういう事だ?EOSで機械化したんじゃないのか?右目も直ってるし、だから俺は助かってるんじゃ…」


 体感で何なく自分の身体が事故の前と大差無い事くらい分かる。だがらの意味が全身拡張では無いなら俺は何故、今生きてるんだ?少なくとも病院に行っても助かる怪我じゃなかった筈だ。それに……


「…というか、って…──どういう意味?」


「……お兄さんは、魔法というものが在るのをご存知ですか?…」


「魔法…──いや、勿論それは知ってはいるが…あれは小さい頃に読む、御伽噺おとぎばなしだけの話だろ?」


 静かに彼女は頷いて、少しの沈黙の後に再び口を開いた。ちょっとだけ、話すのを躊躇う様に……


「…信じられないかもですが…私は、その魔法が使えます…──所謂いわゆる、魔女の末裔まつえなんです」


「魔女って…それこそ御伽噺の存在じゃないか?」


「…はい、信じられないと思いますが、私には魔法が使えるんです…」


「…えっと、急な話過ぎて理解が追いつかないんだが…そもそも科学が発展したこんな時代に魔法だなんて言われてもさ…」


 もしかして、この子は厨二病ちゅうにびょうとかイタい子ちゃんなのか?いや、でも冗談じょうだんで言ってる様子では無い様な気はするんだよなぁ…


「…信じられない…ですよね?…」


「まぁ正直、信じられないってのはあるよな…」


「…分かりました、では部屋の外に出て下さい。実際に見せた方が早いですし……」


「えっ?一応言うけど俺、怪我人なんだけど…」


「もう完全に完治した人を怪我人とは呼びません。早く出て行って下さい、証拠を見せますから」


「…分かったけど、何をするんだ?」


「大丈夫です、嫌でも分かりますよ」


 何かミリアちゃんが意味深な言い方をしてるんだが…俺、何をされるんだ?

 俺は取り敢えずベッドから起き上がり大人しく外に出た。何だが心なしか身体がいつもより軽い気がするな。


 まぁ取り敢えず、ミリアちゃんの言う通り部屋の外で待ってみたけど…何をするつもりなんだ?嫌でも分かると言ってたけどさ…


「おっアンタ、目が覚めたのかい?」


 廊下で待っていると、左の方から筋肉質の女性が歩いて来て声を掛けて来た。

 この人は多分、ミリアちゃん知り合いだろう。もしかして、さっきの話とこの人が関係あるのか?…


「あぁ、ごめんね!私は陳蘭羽ちぇん らんは、ここのマンションのオーナーをやってんだ」


 ミリアちゃんで確認済みだったが、鼓膜機器の翻訳機能に問題はない様だ。20XX年の今ではEOSなどで電脳や人工鼓膜を使い凡ゆる言語を違和感なく当人の声で音声翻訳してくれる。


「俺は橘晴一郎て言います。すみません蘭羽さん、部屋を借りてしまって」


「良いよ蘭羽で、部屋の件も全然構わないよ。…でも1週間前にミリアとレオンがアンタを運んで来た時は焦ったよ!」


「1週間前?もう1週間も経ってるのか!?──…。」


 …と言い放った直後、気付くと目の前には蘭羽ではなくミリアちゃんがいて、足元には陣の様なものが現れて…そして消えた。


「あれ!?俺、さっきまで蘭羽と…ミリアちゃん何したんだ?…」


 俺はさっきの部屋の中にいて、外からは蘭羽の慌てる声がする。


「これが魔法です、信じてもらえましたか?」


「…まぁ流石に、こんなの見せられたら信じない訳にもいかないな。それで、今のは何なんだ?」


「…使い魔の召喚を行う魔法です。私が呼べば、いつでもお兄さんを私の下へ転移させる事ができます」


「使い魔?…その魔法で俺が呼ばれたという事は…というか、そもそも使い魔とは何なんだ?」


「使い魔は、古くから魔女が従えるとされる生物です。カラスや黒猫の様な一般的ものから、幻獣と呼ばれる神話の怪物の類のものまで総じてそう呼ばれます」


「…もしかして、俺は魔女の末裔であるミリアちゃんの使い魔になったという事か?…」


「いえ、正確には違います…お兄さんを救う為とは言え、私は貴方に使い魔を代償とする隷属魔法れいぞくまほうを掛けたんです」


「使い魔を代償?…どういう事だ?…隷属って、従わせるって事だよな?」


「…私の使い魔を代償にする事で、お兄さんに使い魔の持つ体質や力…そして隷属のかせを与えました」


「つまり、今の俺は……」


「はい、人間として使い魔になったのではなく…使い魔そのものになったんです」


「それで…俺が人間を辞めたって事になる訳か?……」


「本当にすみませんでした!お兄さんを私は…」


「…いや、謝られてもな…何はともあれ、ミリアちゃんは俺を助けてくれたんだろ?なら、俺から言うのはだよ」


「でも、そのせいでお兄さんは人間じゃなくなってしまいました」


「…でも、お陰で生きてる。それに俺はまだ人間だ…それにミリアちゃんは自分も人間じゃないと言ってたが…間違えなく人間だよ」


「…ですが、私は許されない事を……」


「いやそもそもだが…信じたと言ったが、実感がまだ湧かないんだ。それに俺が許したんだから、この話はお終いだ」


「…良いんですか?私はお兄さんを…」


「気にしないでくれ、俺にとっては命の恩人なんだから」


「分かりました、そうします」


 ミリアちゃんは安心したかの様に微笑んだ。何故だが彼女が笑うと少しだけ、安心できる気がした。


「それより、隷属という事は、使い魔である俺はミリアちゃんに逆らえないのか?」


「まぁ、そういう事になりますが…試してみますか?」


「まぁ気になるし、実感を持たせる為にも丁度良いかもな…じゃあミリアちゃん頼むよ」


「ではいきます…──魔法回路接続マジック・リンク起動オン!」


 その瞬間、ミリアちゃんの手には、先程の様な陣が…──すると俺の身体にも異変が…いや、身体だけじゃない。

 俺の肉体の拡張パーツまで強烈に熱を持った様な感覚に襲われ、自身の身体をコントロールできない。


「…跪け!」


 すると、膝からしたに力が入らなくなり俺はそのまま崩れ落ちる様に、ミリアちゃんに言われた状態になる。


「…そして右手上げて、左も…そして右手を下げて……」


「あの、ミリアさん?…遊んでませんか?」


「…まぁ、こんな感じです…」


 そうミリアちゃんが告げると、陣の様なものが消え…身体から熱が退いていく。身体のコントロールも効くので立ち上がる。


「これが隷属魔法か…なんだか、自分の身体を自分の意思で動かせず、他人に操作されるのは不思議な感覚だな…」


「ですが、これは頼まれたからやっただけです。お兄さんに命令はもうしません…」


「えっ?何で、俺めっちゃ役に立つよ?」


「私は自分が何かに縛られるのも、誰かを縛るのも嫌いなんですよ」


「俺は女の子に縛られるのは嫌いじゃないかな?」


「…お兄さん、殴りますよ?」


「すみません、調子に乗りました…」


「お兄さんには自分の人生を生きてほしいんですよ」


 やっぱり、この子はマリアの娘だとつくづく思う。

 だから、この子がとても優しい子だと理解してるから分かる。この子は多分、自分のせいで俺を巻き込んだ事に責任を感じているのだろう。


 しかし、引っかかる事があった。あの車は明らかにミリアちゃんを狙っていた様な気がする。


「…そういえば、あの車の運転手はどうなったんだ?」


「あの運転手は無事でした。どうやら車のコントロールが効かなくなったらしいんですよ」


 車のコントロールが効かなくなった?つまりあれはミリアちゃんを狙った意図的な犯行の可能性はあるかも知れないって事だよな。いや、気にし過ぎかも知られない…つい組織にいた時の癖で疑い深くなってるな。


「…電波掌握マインドハック事件だよ」


 すると開いた部屋の扉の前に蘭羽が立っていた。


「…全く、急にいなくなるからビックリしたじゃないか」


「蘭羽、ってなんなんだ?」


「それはね、ネットに繋いだ端末がハッキングされて遠隔操作されちまう事件だよ。犯人は十中八九ハッカーだろうね」


「その事件って、今回だけじゃないのか?」


「あぁ、今回で7件目だね。前はヴィルベスタの情報管理局がハッキングされてね…幸い、ホワイトハッカーのお陰で盗まれた情報はほんの少しだけだったがね」


「今回みたいに怪我人が出るのは初めてなのか?」


「まさか、前なんて南の方の港にハッキングされたヘリが突っ込んで死人が出たよ」


 随分と問題になってる事件だな…つまり、ハッカーはミリアちゃんを狙ったんじゃないって事か。


「取り敢えずミリアちゃんが無事で良かったよ。助けてくれてありがとう!」


「だからお礼なんて…寧ろ、お礼を言うのは私です。助けてくれてありがとうございました」


「別に、俺が好きでやった事だから良いさ」


 さて、一先ず問題は解決したのか?…いや、実際は仕事や住居の件なんかは考えないと…ん?そういえば蘭羽はこのマンションのオーナーだって言ってたよな…


「蘭羽、そういえばこのマンションのオーナーなんだよな?」


「あぁ、そうだよ。入居者はそこにいるミリアだけだけどね」


「そうなのか?窓から見た感じここは割と上の階だろ?割と大きなマンションだと思うが…」


「本当に住人が入らなくてねぇ…治安が良くないからね」


「なら蘭羽、俺がここに住んでも問題は無い訳だな?」


「おうおう、入居者は大歓迎だよ!是非、入居してくれ!」


「ちょっ、お兄さん?何で入居しようとしてるんですか?」


「ん?いや、俺はこっちに来たばかりで住居が定まってないからな。何か問題があるのか?」


「いや、別にお兄さんが何処に住もうと私には関係ありませんし…」


「まぁ住むんなら部屋はこのまま使ってくれ。ここは空き部屋だからね」


「ありがとう蘭羽。それよりヴィルべスタの治安が悪いのは知っていたが、この辺の治安は他の場所より悪いのか?」


「まぁスラムに比べたら遥かにマシだよ。それでも都市部に比べたら人気もないし…まぁ死神の噂もあるしね」


「死神?…死神の噂ってなんだ?怪談か何かか?」


「銃社会のこのヴィルべスタで大鎌を使って魂を斬ると噂される悪霊だよ」


「悪霊?…大鎌を持ってるから死神って事か…噂なんだよな?」


「まぁ、噂って言い切れねぇね…実際、死人が出てるのは事実だしね。お陰で入居者も出て行って、誰もここらには近寄らなくなっちまった」


「それは迷惑な話だな…」


「全くだよ、商売は上がったりだ。…でも、このマンションに悪さしようって馬鹿はここらには居ないから安心しなよ」


「ん?それは、どういう意味なんだ?」


「その人、元々は軍でも少し偉い人なんですよ。ここらのゴロツキを絞めてから入居させてましたからね」


「なるほど、今更入居取り辞めたら俺も絞められるのか…」


「おいミリア、人聞き悪い事を言うな!私が無理矢理入居させたみたいだろ?」


「実際そうなんですよねぇ…」


「まぁ、お陰で住む所は決まったな」


 後は働く場所があると良いんだが…何処か良い場所はないだろうか?


「…ん?そういえばミリアちゃん、レオンの店って、このマンションから近いのか?」


「はい?歩いて15分くらいですが、どうかしたんですか?」


「俺も雇ってもらいたいんだよね、良かったらだけど…」


「…えっ、お兄さんがScarletで働くの?」


「何か問題があるのか?男子禁制だったりする?でもレオンは一応、男だし…いや、あれは女性カウントなのか?…」


「…いえ、問題は無いです。寧ろ従業員も私とマスターだけですし、この前みたいの事もあるから有難ありがたいんですが…」


「じゃあ、俺を部屋に運んでくれたお礼がてら、レオンにやとってもらえないか聞いてみるか…」


「…ちなみにScarletで働く目的は?」


「目的?いや、俺は今絶賛無職中だから単純に仕事が欲しいのと…ミリアちゃんがいるからかな?」


「下心が見えてますが…」


「……気のせいだよ、マンションから近いのもあるし、生活基盤が作りたいし…」


 ちなみにその後、レオンに相談したところ「寧ろ明日からでも働いてもらいたいわ」と言われた。これで住居も就職先も決まった。意外と上手く行き過ぎて…はないか、死にかけたしな。

 でも、ミリアちゃんとの出会いは俺にとって良い方向に向いているのは確かだ…これはマリアお陰でもあるのかも知れないな。


 ◆◇◇


「レオン、それで俺は何をすれば良いんだ?」


 翌日の朝、レオンとScarletに集まって夜の営業について説明してもらっていた。

 BARScarletの営業時間は18時から11時までだが、追加で12時から15時までの間で普通に飲食店の様な営業もしているらしい。


「ん〜、出来れば晴一郎ちゃんにはバーテンダーのお仕事をやってもらいたんだけど…」


「…悪いが、俺は経験無いからな?」


「何もいきなりじゃないわよ。覚えてもらえたら嬉しいわって話」


「やり方さえ教えてくれれば、練習は空いた時間にしてみるよ」


「じゃあ、さっそく電脳のコードを教えてくれる?」


「あ〜…悪い、俺は電脳じゃないんだ…」


「あら、珍しいわね。今時、電脳じゃない人間なんているのね」


「日本人は脳を電脳に変えるって行為を変に嫌うんだよ。脳の記憶を電脳に移しても本当にそれは自分なのかってね…」


 医療が進歩してEOS技術が当たり前になって大凡おおむね、人類が不治の病と呼ぶものは無くなった。失った幹部も機械パーツと神経を繋ぎ合わせ、以前と同じ感覚を取り戻せる。


 そんな世の中だと、脳や心臓も機械化して延命えんめいする事が出来る。前の脳の記憶をデータ化して電脳に移し、患者なんじゃに移植する事で脳にある後遺症も治す事が出来るのだ。

 電脳は便利で技術情報をインストールすれば、それを一発で覚える事も出来るし、あらゆる言語を自動翻訳してくれる。

 今や世界の人間の殆んどが脳を電脳に置き換えている。


 …しかし、日本人の殆んどは今も生身の脳にこだわっている。

 例えば、脳を電脳に変え、そこに記憶を移した自分は本当に以前の自分なのか?自分の記憶を持った他人なんじゃないか?…そうやって恐れを見出してしまうのだ。


「…──その感覚は私には理解出来ないわね。だって私はいつだって私だもの」


「だから手間を掛けるが、出来れば一から教えてほしい」


「…分かったわ、それまではミリアちゃんと同じお仕事と後、力仕事をやってもらおうかしら」


「分かった、任せてくれ」


 まぁ仕事の内容は大方教えてもらった。今日は夜のみの営業で昼間は暇なのだが…うん、住居が決まったのだから、日用品でも買いにくか。


 俺は日本から逃亡した身で、部屋に荷物取りに戻るは無かった。

 元々仕事柄あまり荷物になる物は無かったからなぁ…だが住居が決まれば、やはり必要な物が出てくる訳だ。


「そういえば、ミリアちゃんはどうしてるんだ?」


「ん?…あの子なら部屋にいると思うわよ。あんまり外に出る子じゃないからね」


「そうなのか…なら誘うのは辞めとくかな…」


「あらあら晴一郎ちゃん、ミリアちゃんをデートにでも誘うつもりだったの?積極的ね?」


「そんなんじゃないさ、日用品を買い行くついでにね。それにあまり執拗いと嫌われそうだしな…」


 ミリアちゃんもゆっくり休みたいだろうし、本当はお店などを案内してもらおうと思ったが…今回は以前に二人で行ったショッピングモールにでも行こう。


 俺はScarletを後にしてショッピングモールへと向かおうとしたが…部屋に財布を忘れた事に気付き、アパートに取りに帰る事にした…──のだが、そんな中で懐かしい感覚を覚えた。


 これは誰かに尾けられてるな…しかも殺気を上手く隠していつもりだろが、暗殺専門の人間か?いや、それならもっと殺気を上手く隠している筈だ。


 何はともあれ、このまま後は尾けられてマンションまで連れてくのはマズい…ミリアちゃんや蘭羽を危険な事に巻き込む訳にはいない。


 俺は、尾行している相手を何処か人気無い場所に連れ込む為、裏路地へ誘い込む事に決めたのだった。



 ♯02(前編)魔女の末裔 Ⅰ…──[完]

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