第2話 魔女の末裔

急に彼女が深刻そうな顔をしだす…というか、俺には彼女が何故か申し訳無さそうな顔をしている様に見えた。


「私、お兄さんに謝らないといけない事があります」


「あれは、俺が庇ったからでリミアちゃんは何も…」


「そうじゃなくて、お兄さんに人間辞めさせてしまった事についてです」


俺に?俺はリミアちゃんが何を言っているのか理解出来なかった。


「それは全身を機械化させたって事?機械くらいなら今更…ん?俺、そんなにメカメカしくなってるの?…」


「いえ、見た目は変わりありません。でも、もうお兄さんは人間じゃありません…私と一緒で……」


「どういう事だ?EOSで機械化したんじゃないのか?右目も直ってるし、だから俺は助かってるんじゃ…」


何となくだが自分の身体の殆んどが生身なのは体感で分かる。だがの意味が分からない。それに……


って…どういう意味?」


「黙っててすみません。信じられないかもですが、私は魔女の末裔なんです」


「魔女?…魔女ってあれか?魔法を使う…ハロウィンとかの?」


「はい、私は産まれた時から魔女でした。そしてお兄さんを助ける為に、私の使い魔と魂を融合させました…なのでお兄さんは、もう人間ではないんですよ…」


「えっと…魂の融合?ますます分からん、急な話過ぎて理解が追いつかないんだが……」


もしかして、この子は厨二病とかイタい子ちゃんなのか?いや、でも冗談で言ってる様子では無い様な気がする。


「お兄さん、本当にすみませんでした!」


「いや、謝られても…何はともあれ、リミアちゃんは俺を助けてくれたんだろ?なら、俺から言うのはだよ」


「でも、そのせいでお兄さんは人間じゃなくなってしまいました」


「でもお陰で生きてる。それに俺はまだ人間だ…それにリミアちゃんも人間だよ」


「ですが、私は許されない事を…」


「いや、それが分からない、使い魔と融合って?…悪いけど、まだ理解が追い付いてないんだが…」


「私には、私を守ってくれてる使い魔がいるらしいんです。これは幼い頃に母から聞いたんですけど…」


お母さんって事は、マリアから聞いたのか…彼女が魔女の末裔っていうのは正直信じられないが、俺を騙してる訳じゃなさそうだよな。


「使い魔っていうとカラスとか黒猫みたいなものなのか?」


「それが私も見た事は無いんです。傍にいる事だけは分かるんですが、私には姿を見せないんですよ」


「その使い魔と俺の魂を融合したって事か…な、なるほど?」


「はい、助けるにはそれしかなくて…」


いや、言ってる事は分かるんだが…本当にそんな事は可能なのだろうか?…というか魔女とか魂の融合とか、使い魔とか現実が無さ過ぎてな。


「でも正直、信じられないなぁ…」


「では、部屋の外に出て下さい」


「えっ?一応言うけど俺、怪我人なんだけど…」


「もう完全に完治した人を怪我人とは呼びません。早く行って下さい、証拠を見せますから」


「分かったけど、何をするんだ?」


「大丈夫、嫌でも分かりますよ」


何かリミアちゃんが不敵な笑みを浮かべている。俺、何をされるんだ?

俺は取り敢えずベッドから起き上がり大人しく外に出た。何だが心なしか身体がいつもより軽い気がするな。


まぁ取り敢えず、リミアちゃんの言う通り部屋の外で待ってみたけど…何をするつもりなんだ?嫌でも分かると言ってたけどさ…


「おっアンタ、目が覚めたのかい?」


知らない女性が声を掛けて来た。でも、この人は多分、リミアちゃん知り合いだろう。何となく、それを理解する。


「あぁ、ごめんね!私は陳蘭羽ちぇん らんは、ここの大家をやってんだ」


リミアちゃんで確認済みだったが、鼓膜機器の翻訳機能に問題はない様だ。2083年の今ではEOSなどで電脳や人工鼓膜を使い凡ゆる言語を違和感なく当人の声で音声翻訳してくれる。


「俺は橘晴一郎、すまない蘭羽さん、部屋を借りてしまって」


「いいよいいよ蘭羽で、部屋の件も全然構わないよ。…でも3日前にリミアとレオンがアンタを運んで来た時は焦ったよ!」


「3日前?もう3日も経ってるのか!?──」


…と言い放った直後、気付くと目の前には蘭羽ではなく、リミアちゃんがいた。


「あれ!?俺、さっきまで蘭羽と…リミアちゃん何したの?えっ、これ魔法か何かか?」


俺はさっきの部屋の中にいて、外からは蘭羽の慌てる声がする。


「今、お兄さんを使い魔として召喚しました。私が呼べば、いつでもお兄さんは私の下へ転移する訳です」


「これが俺が使い魔と融合した証拠って訳か?」


「まぁ、肉体や破損パーツが治ってるのもそうなんですが…どうですか、これで信じてくれましたか?」


まぁ、流石にこれは信じない訳にもいかないだろう。しかし、あの突拍子も無い事が事実なんて俺の常識が思いっきり変わるなぁ…


「…って事は俺はリミアちゃんの使い魔な訳か…」


「そうです、私はお兄さんに如何なる命令も可能です。ですが、私はそんな事を望みません」


「えっ?何で、俺めっちゃ役に立つよ?」


「私は自分が何かに縛られるのも、誰かを縛るのも嫌いなんですよ」


「俺は女の子に縛られるのは嫌いじゃないかな?」


「お兄さん、殴りますよ?」


「すみません、調子に乗りました…」


「お兄さんには自分の人生を生きてほしいんですよ」


この子がとても優しい子だと理解しているから分かる。この子は多分、自分のせいで俺を巻き込んだ事に責任を感じているのだろう。


しかし、引っかかる事があった。あの車は明らかにリミアちゃんを狙っていた様な気がする。


「そういえば、あの車の運転手はどうなったんだ?」


「あの運転手は無事でした。どうやら車のコントロールが効かなくなったらしいんですよ」


車のコントロールが効かなくなった?つまりあれはリミアを狙った意図的な犯行ではないのか?いや、まぁ普通の女の子を狙う理由がそもそもある訳無いか…つい組織にいた時の癖で疑い深くなってるな。


電波掌握マインドハック事件だよ」


すると開いた部屋の扉の前に蘭羽が立っていた。


「全く、急にいなくなるからビックリしたじゃないか」


ってなんなんだ?」


「それはね、ネットに繋いだ端末がハッキングされて遠隔操作されちまう事件だよ。犯人は十中八九ハッカーだろうね」


「それって事件って言うくらいだし、前にも起きたのか?」


「あぁ、今回で13件目だね。前は情報管理会社がハッキングされてね…幸い、ホワイトハッカーのお陰で盗まれた情報漏洩はほんの少しだけだったがね」


「今回みたいな怪我人が出るのは初めてなのか?」


「まさか、前なんて南の方の港にハッキングされたヘリが突っ込んで死人が出たよ」


随分と問題になってる事件だな…つまり、ハッカーはリミアちゃんを狙ったんじゃないって事か。


「取り敢えずリミアちゃんが無事で良かったよ。助けてくれてありがとう!」


「だからお礼なんて…寧ろ、お礼を言うのは私です。助けてくれてありがとうございました」


「別に、俺が好きでやった事だから良いさ」


さて、一先ず問題は解決したのか?…いや、実際は仕事や住居の件なんかは考えないと…ん?そういえば蘭羽はこの部屋の大家だって言ってたよな…


「蘭羽、そういえばこの部屋の大家なんだよな?」


「あぁ、そうだよ。入居者はそこにいるリミアだけだけどね」


「そうなのか?窓から見た感じここは割と上の階だろ?割と大きなマンションだと思うが…」


「本当に住人が入らなくてねぇ…治安が良くないからね」


「なら蘭羽、俺がここに住んでも問題無い訳だな?」


「おうおう、入居者は大歓迎だよ!是非、入居してくれ!」


「ちょっ、お兄さん?何で入居しようとしてるんですか?」


「ん?いや、俺はこっちに来たばかりで住居が定まってないからな。何か問題があるのか?」


「いや、別にお兄さんが何処に住もうと私には関係ありませんし…」


「まぁ住むんなら部屋はこのまま使ってくれ。ここは空き部屋だからね」


「ありがとう蘭羽。それより、この辺の治安って悪いのか?」


「まぁスラムに比べたら遥かにマシだよ。それでも都市部に比べたら人気もないし…まぁ死神の噂もあるしね」


「死神?…死神の噂ってなんだ?怪談か何かか?」


「銃社会のこのヴィルべスタで大鎌を使って罪人を斬ると噂される悪霊だよ」


「悪霊?…大鎌を持ってるから死神って事か…噂なんだよな?」


「噂って言い切れねぇね…実際、死人が出てるのは事実だしね。お陰で入居者も出て行って、誰もここらには近寄らなくなっちまった」


「それは迷惑な話だな…」


「全くだよ、商売は上がったりだ。…でも、このマンションに悪さしようって馬鹿はここらには居ないから安心しな」


「ん?それは、どういう意味なんだ?」


「その人、総合格闘技の元世界チャンピオンなんですよ。ここらのゴロツキを絞めてから入居させてましたからね」


「なるほど、今更入居取り辞めたら俺も絞められるのか…」


「おいリミア、人聞き悪い事を言うな!私が無理矢理入居させたみたいだろ?」


「実際そうなんですよねぇ…」


「まぁ、お陰で住む所は決まったな」


後は働く場所があると良いんだが…何処か良い場所はないだろうか?


「ん?そういえばリミア、レオンさんの店ってここから近いのか?」


「はい?近いですが、どうかしたんですか?」


「俺も雇ってもらいたいんだよね」


「…お兄さんがScarletで働くんですか?」


「何か問題があるのか?男子禁制だったりする?」


「いや問題は無いです。寧ろ従業員も私とマスターだけですし、この前みたいの事もあるから有難いんですが…」


「じゃあ、俺は運んでくれたお礼がてらレオンさんに聞いてみるかな?」


「…ちなみにScarletで働く目的は?」


「目的?いや、俺は今絶賛無職中だから単純に仕事が欲しいのと…リミアちゃんがいるからかな?」


「下心が見えてますが…」


「気のせいだよ、マンションから近いのもあるし」


ちなみにその後、レオンさんに相談したところ「寧ろ明日からでも働いてもらいたいわ」と言われた。これで住居も就職先も決まった。意外と上手く行き過ぎて…はないか、死にかけたしな。

でも、リミアちゃんとの出会いは俺にとって良い方向に向いているのは確かだ…これはマリアお陰でもあるのかも知れないな。



「レオンさん、それで俺は何をすれば良いんだ?」


翌日、レオンさんとScarletに集まって夜の営業について説明してもらっていた。BARScarletの営業時間は18時から11時までだが、追加で12時から15時までの間で普通に飲食店の様な営業もしているらしい。


「ん〜、出来れば晴一郎ちゃんにはバーテンダーのお仕事をやってもらいたんだけど…」


「悪いが、俺は経験無いからなぁ」


「何もいきなりじゃないわよ。覚えてもらえたら嬉しいわって話」


「やり方さえ教えてくれれば、練習は空いた時間にしてみるよ」


「じゃあ、さっそく電脳のコードを教えてくれる?」


「あ〜悪い、俺は電脳じゃないんだ…」


「あら、珍しいわね。今時、電脳じゃない人間なんているのね」


「日本人は脳を電脳に変えるって行為を変に嫌うんだよ。脳の記憶を電脳を移して本当にそれは自分なのかってね」


医療が進歩してEOS技術が当たり前になって大凡、人類が不治の病と呼ぶものは無くなった。失った幹部も機械パーツと神経を繋ぎ合わせ、以前と同じ感覚を取り戻せる。

そんな世の中だと、脳や心臓も機械化して延命する事が出来る。前の脳の記憶を電脳に移し、患者に移植する事で脳にある後遺症も治す事が出来るのだ。

電脳は便利で技術情報をインストールすれば、それを一発で覚える事も出来るし、凡ゆる言語を自動翻訳してくれる。

今や世界の人間の殆んどが脳を電脳に置き換えている。しかし、日本人の殆んどは今も生身の脳に拘っている。

例えば、脳を電脳に変え、そこに記憶を移した自分は本当に以前の自分なのか?自分の記憶を持った他人なんじゃないか?…そうやって恐れを見に出してしまうのだ。


「その感覚は私には理解出来ないわね。だって私はいつだって私だもの」


「だから手間を掛けるが、出来れば一から教えてほしい」


「分かったわ、それまではリミアちゃんと同じお仕事と…後、力仕事をやってもらおうかしら」


「分かった、任せてくれ」


まぁ仕事の内容なのは大方教えてもらった。今日は夜のみの営業で昼間は暇なのだが…うん、住居が決まったのだから、日用品でも買いにくか。


俺は日本から逃亡した身で部屋に荷物取りに戻る暇は無かった。元々仕事柄あまり荷物になる物は無かったからなぁ…だが住居が決まれば、やはり必要な物が出てくる訳だ。


「そういえば、リミアちゃんはどうしてるんだ?」


「ん?あの子なら部屋にいると思うわよ。あんまり外に出る子じゃないからね」


「そうなのか…なら誘うのはやめとくかな」


「あらあら晴一郎ちゃん、リミアちゃんをデートにでも誘うつもりだったの?積極的ね?」


「そんなんじゃないさ、日用品を買い行くついでにね。それにあまり執拗いと嫌われそうだしな…」


リミアちゃんにもゆっくり休みたいだろうし、本当はお店などを案内してもらおうと思ったが…今回は以前に二人で行った業務用スーパーに行こう。



俺はScarletを後にして業務用スーパーへと向かおうとしたが…部屋に財布を忘れた事に気付き、アパートに取りに帰る事にした。──そんな中、懐かしい感覚を覚える。


これは誰かに尾けられてるな…しかも殺気を上手く隠していつもりだろが…暗殺専門の人間か?いや、それならもっと殺気を上手く隠している筈だ。


何はともあれ、このまま後は尾けられてマンションまで連れてくのはマズいな…何処か人気の無い場所に誘い込むか。


俺は入り組んだ裏路地に入り込んで行く、相手はまだ後を追って来ている…その姿が一瞬だけ見えた。フードを被っていて顔は良く見えないが…女、だよな。


「お嬢さん、出てきて良いよ。どうせバレてるんだ」


「ふぅん、気付きましたか。貴方は只の一般人では無い様ですね」


曲がり角から姿を表したのは、やはりフードの女性だった。だが、潔く出てきたとなれば暗殺者ではなく、殺し同業者か……


「誰に依頼された?目的は俺か?」


「今日は下調べのつもり、だったのですが…」


ふと違和感に気付く、初めて会った気がしないのだ。何処かであった事あるのか?まさか日本にいた時の…いや、それは無いよな、顔だって変わってるんだ。


「俺、お嬢さんと何処かであったかな?」


「さぁ、会ったかも知れませんが…それを貴方が知る事はありませんッ!」


女は懐から銃を取り出し、俺の眉間に向けて正確な射撃を撃ち込んでくる。女の射撃は正確だったが、俺はそれを余裕で躱した。


「おいおいっ、随分とせっかちじゃないか!」


俺も懐から二丁の銃を取り出す──超高駆動式拳銃『不知火』・超高駆動式拳銃『影縫』俺が所属した組織から提供された二丁だ。

その銃口から放たれた弾丸は女の両肩を撃ち抜く──筈だった。


「なっ、そんなのアリかよ!?」


女は早撃ちの弾道を躱し、逆さに宙を舞い、俺の身体に弾丸を撃ち放つ。

慌ててそれも躱す。銃弾は俺の横にあったパイプ管に風穴を空け、水を吹き出させた。


見た目は普通のスマートガンだったが、躱す時に右目で補足した弾丸は一般的なショットガンと同口径だ。その銃声は普通の拳銃と大差無く、重弾だと気付かなかった。


「ふふっ凄いでしょ?音は余り出ない様にしてあるのですよ」


そう言いながら、噴水の様に吹き出る水の隙間から女が銃を構えるのが一瞬見えた…──吹き出る水の音に掻き消された銃声は3発、正確な位置は頭、左胸…最後は分からなかったが2発を躱し、更には脚に飛んで来た弾丸もギリギリで躱し足を掠めた。


「貴方は右目の視力と聴力を拡張しているのですね、それを除いても見事な身体能力ですよ」


そうだ、俺は組織に居た頃に身体の色んな箇所を機械化している。あのチンピラの不意打ちの弾丸躱したり、咄嗟に正確な位置を射撃しているのはこの右目と鼓膜のお陰だ。

だが、何故か今日はいつもより身体が軽かった。それでもやはり3発目を躱しきれず機械化した脚が少し削れていた。


「お褒めに預かり光栄だよ。それよりお前の銃、コンパクトに見えて中々イカついな…なぁ、もっと楽しくお話しようぜ?」


しかし、何故コイツは俺を狙って来るんだ?揉め事は起こしたくなかったが、命を狙われてんだ…そうも言ってられない。


「今度はこっちの番だッ!悪いけど、次こそ当てさせてもらうぜ!」


俺は放った銃弾の一発は女に向かって一直線に軌道を描いていく──


「そんな単調な射撃で私が仕留められるとでも?」


当然、女は何無くと弾丸を躱すが…もう一発の弾丸が女の横腹に命中する。


「なっ…跳弾ですか!?」


俺が放った銃弾は壁を反射し女の身体に命中したのだった。しかし……


「あははっ、凄いですよ!貴方ァ!その銃の腕は認めて差し上げます」


全く効いている気配が無いぞ…まさかコイツも拡張者エクステンダーか!?全くこの国は快楽拡張者ばかりだなっ!


「…という事で私も本気で行かせてもらいましょうっ!」


そう言って女はグッと距離を詰めて来る。その手に握られているのはコンバット仕様のナイフだった。

マズいな…距離を詰められたら正確な射撃が出来ない。


「あははっ、その銃はORUBAの品ですか!」


コイツ、俺の組織を知っているのか!?道理で動きが尋常では無い訳だ。しかし、それならこれは何処かの組織絡みの依頼か?まさかORUBAが俺が生きてる事を知って!?


女は正確にナイフを打ち込んで来る。俺はそれに対応して女のコンバットナイフを蹴り飛ばす。


「ふっ…これで、丸腰だなッ!」


「甘いですよ!ORUBAのワンちゃんッ!」


向けた銃口をギリギリで逸らされる。そして正確な攻撃が俺の腹にねじ込まれ、俺は咄嗟に距離を取り地面に膝を着く。


「ッ…痛いじゃないか…」


「大丈夫、死ねば痛みは楽になりますよ」


コイツは銃の腕だけでは無い、CQCも習得している。寧ろ俺にとってはそっちのは方が堪える。


FIX:《CQC──軍隊や警察における近接戦闘の概念。》


「…一つだけ訂正させてもらって良いか?」


「何ですか?ORUBAのエージェントさん」


「俺はもうORUBAの所属じゃない…今は一人の心優しい少女のお節介焼きさ」


「何を言っているのか分かりませんが、取り敢えず死んでもいましょうか」


女は再び銃を構えて俺の頭に放つ。俺はそれを咄嗟に躱し、横に移動するが…その弾丸は俺の左肩に命中する。


「貴方、それは…」


女の目線の先は俺が撃たれた左肩に集中していた。撃たれた傷口から黒い煙が上がってる。そして、その傷は黒煙の消失と共に再生していた。

驚きはしたが、事故の怪我が修復した事もあり、すんなりと俺は受け入れていた。


これが使い魔と融合した結果なのか…気づけば抉られた機械化した脚も新品同様だった。なるほど、人間を辞めたのに相応しい恩恵じゃないか…


「まぁ、じゃあ今度はこっちから行かせてもらう!」


俺は女に向けて銃弾を撃ち放つ──しかし、更に壁へと二つの跳弾を図る。


「あははっ!貴方、最高ですよッ!」


しかし、女はアクロバティックにそれを躱して、再び俺との距離を縮めて来ようとするが…今度はそうはさせない、俺も足元に弾丸を配置する様に撃ちながら距離を取る。


「貴方の名前を聞いておきましょう!」


「橘晴一郎、只のジャパニーズガンマンさ!」


それでも距離を詰められた俺が放った弾丸は女の腹と脚を撃ち抜いた。


「がはぁっ…──やりますねッ…」


そして、バランスを崩した眉間にトドメの一発を打ち込んだ。


「はぁ、終わったか…あぁ、やってしまった。この国で御用にならなきゃ良いが…」


頭を撃ち抜かれた女は後ろに吹き飛んで頭から地面に叩き付けられる。その身体がもう動く事はなく、俺は崩れる様に膝を着く。でも、ここにたらマズいと直ぐに立ち上がり、その場を後にしようと背を向けた。


「ぐがぁぁ!?……」


背中に強烈な痛みを覚える。自分の胸を見ると長い刀身が身体を貫いていた。それが引き抜かれたと同時に俺は膝を着いた。


「はぁ、まさかまさかでしたよ…貴方も同類だったなんて」


振り返ると手からスラッと長刃を生やした女のフードは剥げて、素顔が顕わになっている。


「お前っ…あの時の、ウェイトレスだったのか……」


あの時とは違い、後ろで結んでいた髪は下ろしているが…間違えない、レストランVaiorettoで最初に俺を迎え入れてくれたウェイトレスの女性だった。


「顔もバレてしまいましたし、もうあの店にはいられません…ねッ!」


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


女は刀身の生えた腕を振り下ろし俺の右腕を切り飛ばした。耐えきれず叫び声を上げて倒れ伏す。


「あはっ、本当は別の目的があったのですが…これは失敗です、ねッ」


「あぁぁぁッ!」


女はそう言いながら俺の左脚に刃を突き刺して、ニヤニヤと俺を見て嘲笑を浮かべている。


「あははっ!無様ですね橘晴一郎!…貴方は期待外れでした。今、楽にしてあげますね?」


そう言って女の刀身が俺の首に掛かる。このまま首を撥ねられたら俺は死ぬのだろうか?傷も破損も治った…しかし、首を斬られた事は無い。


「さようなら、橘晴一郎──」


そこで俺の意識は完璧に途切れてしまった。只、そこには暗闇が広がっていて…そこに一筋の光が見えてくる。


「あら、貴方は晴一郎じゃない」


「お前は…マリアなのか!?」


「見て分かるでしょ、貴方の知ってるマリア・ヨルベッタよ」


「…つまり、俺は死んだのか?」


目の前に一面の小麦畑が広がっていて、夕日で照らされたそれはオレンジ色に輝いている。ここは何処なのだろう……


「いいえ、貴方は生きているわ…まだね」


、生きている?つまり、ここはあの世では無いのか?だったら此処は?…


「それで、ここは何処なんだ?」


「ふふっ、貴方は私との約束をちゃんと守ってくれたのね」


「俺はここが何処なのか知りたいんだが?」


「それは言えないわ。でも、私は貴方達のすぐ側に居るわ」


「マリア、それはどういう意味なんだ?」


「大丈夫、また会えるわ──」


光は遠ざかって行き、再び暗闇が支配した。しかし、直ぐに視界には光が照り付ける。


「良かった、目を覚ましてくれた…」


「ん?これは……」


目を覚ますとリミアの顔が真上にある。どうやらさっきの路地で膝枕をされている様だ。


「使い魔の反応が消えて、慌てて外に出て、その場所に向かったら…そしたらお兄さんが倒れてて……」


「あぁ俺、死んでいたのか…」


だが、あの女に斬り飛ばされた首も腕も、傷も全て完治していた。何となくトラックの件で俺は不死身なんじゃとは思ってたが、これで確信に変わった。これじゃ人間辞めたというより、本当に化物だな……


「大丈夫だ、もう立てる…」


俺はリミアの膝から身体を起こし、立ち上がる。それに合わせてリミアも立ち上がる。


「良かったんですか?一生に一度、してもらえるか分からない私の貴重な膝枕でしたが?」


「マジか、惜しい事をしたな…もっかいだけ……」


「ダメです。それにそんな軽口が叩けるんなら、本当に大丈夫そうですね」


「え〜、そんなぁ……」


どうやらあの女は俺を殺した後に姿を晦ましたのだろう…しかし、リミアとあの女が鉢合わせなくて良かった。


「で、誰にやられたんですか?」


「分からないが、Vaiorettoってレストランで働いてたウェイトレスだよ」


「何故、Vaiorettoのウェイトレスがお兄さんを狙うんです?」


「何か他に目的あると言っていたが…でも彼奴、頭に銃弾を撃ち込んでも動けたんだよ」


最初はORUBAが俺の生存に気付き差し向けた刺客があの女と考えるべきだが、あの女には別の目的があった。

それにあの女、頭や腹部、足に弾丸を撃ち込んだ筈なのに傷は治っていた。いったい何者なんだ?絶対に人間技じゃなかった。


「もしかしたら、彼女も使い魔なのかも知れません…」


「使い魔?…リミアちゃん以外にも魔女がいるのか?」


「分かりません、でも他にそんな事が出来る理由に心当たりがありません」


そう言えばあの女、俺と自分を同類と言っていた様な…まさかリミアちゃんの言う通り、あの女も使い魔だったのか?


「まぁ何はともあれ、何とかなって良かったよ」


「そうでしょうか?、お兄さんを狙った女は気になります。相手の目的は分かっていませんし、また襲って来るかもしれません…」


確かに他に目的があるなら、また何かアクションを起こして来るかも知れない。リミアちゃんの言う通り、俺が生きてると分かったらまた襲って来るかもしれない…何にせよ、常日頃から警戒しておいた方が良さそうだな。


「大丈夫、注意はしてるからさ。それに俺って不死身みたいだし、リミアちゃんは心配しなくて良いよ。」


「お兄さん、何でそんなにお気楽なんですか…少なくとも一度は死んだんですよ?」


「確かに死ぬほど痛かったけど、それよりリミアちゃんが無事良かった」


「はぁ、何言ってるんですか…あんな事があったんですから自分の心配をして下さい。」


「ははっ、分かったよ。取り敢えず俺は日用品を買わなきゃ行けないから財布取りにマンションに戻るけど、リミアちゃんも一緒に戻るよね?」


「はい、行きます。お兄さんを一人にはできませんから」


「じゃあマンションまで一緒に帰ろうか」


「あの…意味理解してますか?私も買い物に付き合うという意味なんですけど…」


「つまり、デートって事かい?」


「違いますが、只さっきみたいな事があった後のなので…」


「ありがとう、リミアちゃんは優しいね」


「優しくないし、恥ずかしい事を言うんじゃないです…」


まぁ優しいリミアちゃんが、俺を心配して着いて来てくれるらしいので、お言葉に甘えておいた。


「リミアちゃん疑問に思ってた事があるんだけど…」


俺は二人で並んで買い物に向かう際、気になっていた事をリミアちゃんに聞いてみた。


「お兄さん、何ですか?」


「俺とリミアちゃんの使い魔の魂は融合されたらしいけど、俺の身体が乗っ取られる心配とかって無いの?」


「それなら心配はありません。使い魔はもう死んだも同然なので…」


「死んだ?…それってどういう事なんだ?」


「これは助ける対象の魂をベースにして使い魔の魂を代償に融合する魔法なんです。これで対象に使い魔の持つ体質を引き継げます」


「つまり、俺を助ける為に使い魔を犠牲にしたのか?」


「使い魔さんには申し訳無い事をしたとは思っています。人の命を助ける為とはいえ、自分を幼い頃から守っていた使い魔を犠牲になんて…」


「大丈夫だよ、使い魔は別にリミアちゃんの事を恨んじゃいない。融合された俺が言うんだから間違えない」


「…そうでしょうか?」


「そうなんだよ。それより、魔女ってやっぱり魔法が使えるんだな?」


「まぁ、私が使えるのは二つだけですが…まぁ使い魔との融合魔法は本当に賭けだったんですが…」


「失敗する可能性も十分有り得たんだ?」


「はい、一回きりの賭けでした。私はこの魔法を使うのは初めてでしたし、私の使い魔が不死性をもっていなければお兄さんを助けられませんでしたから」


「リミアちゃんは使い魔の正体を知らなかった訳だから成功する可能性はかなり低かったんじゃないか?」


「はい、なのでそんな賭けにお兄さんを巻き込んでしまって…本当にごめんなさい」


「だから気にしないって、失敗しても恨まなかったし、実際に俺は助かってる訳だからな」


「それでも、やっぱり気にしてしまうんですよ…あれは最善の策のつもりでしたが、もっと良い方法があったのではないかと……」


実際、俺はあのままじゃ10分も経たずに死んでいただろう。早めに病院に運ばれても恐らく助かっていなかった。だから、リミアちゃんのとった行動は間違えなく最善だった訳だが……


「考えても仕方ないさ、あんな結果論を模索しても生産性は無いよ」


「そうですね、お兄さんの言う通りです…」


さっきまで落ち込んでいたリミアちゃんの顔が少し明るくなった気がした。


「…ふと思ったんだけど、リミアちゃんはどうやって魔法を覚えたの?」


「父と母と住んでた家の本棚に魔法の使い方の記述された本があったんです。小さい頃は何気なく眺めていたんですが、気付けば内容を覚えてて…」


「じゃあ他にも…あれ?二つしか使えないって言ってたっけ?」


「はい、使い方は分かるんですが…何度試しても出来なくて…後、今使える魔法は一つだけです」


そうか、使い魔との融合魔法はもう純粋な使い魔がいないから使えないのか。それより魔法が載った本があるなんて、マリアも魔女の末裔だったりしたのだろうか?


「あのさ、前から言おうと思ってたんだけど…俺の事ずっとって呼んでるけど何で?」


「私、人の名前とか覚えるの苦手で…それに他になんて言えば良いのか分からないんで、多分歳上だろうしで…」


「俺とリミアちゃんは、そんなに歳は離れてないと思うけどな」


「私、18ですよ?お兄さんは何歳なんですか?」


「ちなみに何歳に見える?」


「28くらいですかね?何となくですが…」


「…えっと、25だけど俺そんなに老けて見える?」


「いや、25も28も変わらないでしょ。それにやっぱりお兄さんじゃないですか」


「俺はリミアちゃんに晴一郎さんって呼んでほしいな?」


「…はぁ、良いですよ」


「そうだよな、嫌だよな…えっ、マジで!?」


「ふふふ、私が明日まで覚えていたらね!」


不敵に笑ったリミアちゃんと、それから何気ない会話をしながら色んな店が一つになっているショッピングモールに向かった。


「ん、そういや彼処に見えるデカいビルって…」


「あれですか、ラグナロクコーポレーションですよ。武器製造とかで世界的に有名な」


「へぇ、ヴィルべスタにもあったのか…」


「むしろヴィルべスタのラグナロクこそ本社ですからね!あそこの武器は素晴らしいです…ふふっ」


「そっ、そっか……」


意外とリミアちゃんって武器好きだったりするのかな?マジか……


その後は、会話をしながら日用品を買ってマンションに帰って来たのだが…何やら、上機嫌な蘭羽が入口の前で鼻歌を歌っていた。


「どうしたんですか蘭羽さん、機嫌が良いですね」


「いやね、昨日と今日だけ入居者が二人も増えればねぇ」


「ん?誰か新しい入居者が見つかったのか?」


そんな話をしていると、入口から誰かが出てくる。その人は俺の方をチラッと見て……


「ああ!テメェ、あの時のっ!」


「ん?お前は……」


出て来た女は初めて俺がヴィルべスタに来た時にゴロツキに絡まれていた少女だった。


「君、こんな所で何してるんだ?」


「お前こそっ!あん時はアタシを良くも子供扱いしやがったな!」


「お兄さん、知り合いですか?」


「あぁ、こっちに来たばかりの時に偶然会ってな」


「おい、無視してんじゃねぇ!」


癇癪を起こす少女をスルーして新しい入居者について蘭羽に尋ねる。


「もしかして、入居者ってこの子の事か?」


「あぁ、家出して来たらしくてな!他に行く場所が無いんだとよ」


「だからって保護者の知らないうちに勝手に入居させるのはどうかと思うぞ?」


「まぁ、そうなんだけどねぇ〜…金払いが良さそうだったし」


蘭羽のやつ、現金だな…確かこの子、こう見えて上流階級の人間だっけ?何か不良少女みたいな口調だが…それより家出とか言ってたが本当に勝手に入居させて大丈夫なのだろうか?


「君、大丈夫なのか?親御さんが探してるじゃないのか?」


「あのクソ親父がアタシなんかを心配するかよ!てかお前、またアタシを子供扱いしただろ!」


「いや、だって子供じゃないか…見た感じ」


「お前、よっぽどブッ殺されてぇみたいだな…」


「こら二人とも、同じ入居者同士仲良くしろ」


「その子の入居は確定してるんだな…」


すると、さっきまで話を聞いていたリミアちゃんが口を開く。


「では自己紹介ですね。初めましてツインテールさん、私はリミア・ヨルベッタです。よろしく願いします」


「あ?ツインテールちゃんってもしかしてアタシの事か?…」


「俺は橘晴一郎だ、よろしくなツインテールちゃん」


「おいっ…アタシの名前はツインテールちゃんじゃねぇぞ…」


プルプルと身体を震わせた少女は、下を向いていたが俺達の方を睨み、口を開いた。


「アタシの名前はローラだ。ラグナロクウェポンズコーポレーションCEOの娘、ローラ・フランローズ様だ!」


ラグナロクウェポンズコーポレーション──それは先程、話題に出た世界屈指の大企業な名だった。


魔女の末裔──[完]

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WitchTheBullet(ウィッチ・ザ・バレット) NORA介&珠扇キリン @norasuke0302

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