第17話 一臂の力を仮す/干天慈雨
語り終えた彩里がえっぐえっぐと嘔吐くように泣く姿は、見ているだけでも痛ましかった。
彼女が都の生きている姿を最後に目にしたのは、件の方陣に飛び込んでゆく直前。
そして次に対面したのは棺桶の中で冷たくなった状態でだった。
あの場で何が起こったのまでは知らないし分からない。
確かに自分は少年の悲鳴や銃声らしきものは聞いたし、火器と思わしきものを手にしていた所は目にした。
しかし自分の耳に聞こえた事や、霞む目で見た少年が持っていた物など証拠にはならず、良からぬ感情からくる空耳だ錯覚だと言われてしまえば否定は難しい。
無論、両親は元より芦原支部のメンバーは皆信じてくれたし、それを足掛かりにし、何としても始末をつけると言ってくれた。
が、物的証拠が一切無い。それ故にずっと手を拱いていたのである。
多少の年齢差はあれど対策局員として同期だった摩耶とは馬が合うのかよくコンビとして組んだおり、荒事があった際にもぴたりと息が合うほど仲が良かった。
何時もあまり品のない話をしては、都につっこみをいれられるような間柄だった二人。
葬儀の時の彼女は、涙も枯れたのか目を腫らせて憔悴しきっていた。
そして狩野も、あの時の指示を悔やみ続け、持って行き場のない憤りを持てあもしている。
当時の支部長はこの失態……現場での
無論、芦原支部局員全員が止めた。他の支部の職員ですら貴方が責任をとらずとも…と言ってくれている。
しかし、芦原支部は唯一の死亡者を出してしまっており、尚且つスリーマンセルで警戒に当たる筈が、有ろう事か二人だけで対応するというしでかしを犯した。
もし責任と取らねばならぬというのなら、摩耶を結界維持に回して都と二人で対応するという判断をした狩野となるだろう。
しかしあの状況下での彼の判断は、誰から見ても間違っていない。
実際、あの時の結界もギリギリだったのだ。
仮に摩耶が維持に加わっていなければ、早々に結界は弾けて一般人に被害が及んだであろう。
諸悪の根源は誰だか分かっている。誰だって分かる。
しかし、向こうの言い分では、
何者かが銃で楽器を破壊し儀式を中断させたから起こってしまった、云わば人災である。
誰が悪いというのなら最初に撃った人間だろう。
だが、大量の霊団を鎮圧する際にも銃弾は使用されている為に特定ができない。
あの歪な楽器も全て粉々になっており、その上儀式結界を消した際に発生した衝撃波で吹き飛んでいて銃痕の特定は不可能。
射撃を行った本人が申し出ない限り迷宮入りなのだ。
だがそれでも誰かが責任を取らねばならないだろう――との事だ。
その理不尽さに職員全員が言葉を失った。
言いがかりというより完全にこじ付けである。
それが理由という訳ではないが、花園 都という人材を買っていた支部長は監督不行き届きを認め狩野に席を譲り、職を辞してしまった。
泣き続けた彩里が落ち着きを取り戻した辺りで、学義はハンカチを出して彼女に渡した。
「あ゛り゛か゛と゛……。」
顔をぐしぐし拭いて、ついでに鼻を擤んで彼に返そうとする。
学義は丁寧にお断りした。
「え、でも……。」
「いいよ。今作ったやつだから。」
その言葉にほけっとしつつも畳んでポケットにしまう彩里。
ちゃんと洗ってよね? と割とどうでもいい事を心配する。
しかし……と、彼は天を見上げてしまう。
ぱっと話を聞くだけでもとんでもなかったが、実際にその時の現場を覗いたら、漫画とかでしか見た事が無い本当にとんでも無い話であった。
言われるほど指揮がとれていない事もなく、皆が皆して自分の持ち場をガッチリ守りつつ公園外に被害が及ばないよう頑張っていたし、結界担当の人らも恐怖に抗い騒動に背を向けたまま結界の維持に集中し続けている。
駄目だこりゃ、と思わされたのは
この儀式に招かれたであろう、他の名家…と思われる人間達は、戦える者は防戦に加わり、戦えない者は腰を抜かした名家様達を護りが固い儀式陣の中に誘導していた。
ただ、この儀式に使用された方陣。ここに誘導したのはいけない。
学義のような存在から見て、やっと如何なる代物であるのか理解できるという難解で厄介なこの方陣。
端折られているのか、思惑有って省略されたか知らないが、えらく粗雑極まりない描き方をされており、西洋魔術における魔法陣のそれに無理に似せられている感がある。
それだけ手抜き感満載であるくせに、中にいる人間に合わせて召喚する霊力を上げてくる仕組みだけはキチンと整えられているのだから始末が悪い。
普通、法陣は外部からの護りの意味で描かれるものなので、当然ながら知識のある者たちはこの中へと避難させてしまっている。
つまり彼らが良かれと思って方陣内に退避させた所為で、余計に事態が大きくなったのだ。
その方陣であるが、ナニを考えてあの名家様は使おうと思ったのかが分からない。
――いや、理解できていない故の暴挙なのだろう。
何しろびっしりと無駄に細かく描かれている紋様の大半は意味が繋がっていない上、霊術式を調整する部分はほぼ欠落している。
これで上手くいったとしたらそれこそ奇跡だ。
そしてこの式方陣。
実は円に見えるが細かい多角形の方陣にどういう意味があったのかというと、確かに都が見て取った通り召喚術の一種である。
場を清めて周囲から霊氣を集め、その力でもって神霊を呼び出すように組まれたものだ。
尤も、先に述べた様にかなり陣の作りが端折られているが……。
この儀式は、方陣の力でもって集めた霊団から霊気を集め、方陣内の後継ぎ様に注ぎ入れてお手軽に霊格を上げるのが目的だ。
しかし雑な作りもあって、上手くいったとしてもそれは一時的なもので、生涯続くとは考えられない。
学義が見たところ、戦後から始められたが代々続いた儀式とされている。まぁ、完全に見栄であろうが。
兎も角、次代が元服する年齢になったら本家の庭で執り行われていたらしい。
しかしその本家の庭は、ご丁寧にもその儀式専用に改築されており、敷地内であるのなら何とか態を保つ事に成功している。
だからこそ、あの時まで事変など発生していなかったのだ。
更に儀式の進行やら
覗き見た目録にも『神霊からの御加護を授けられる』とあった。
儀式の手順まで描かれていたものだから、それを真に受けたのだろう。
だがそれは、都合良く解釈し過ぎている。
この神霊。まずこれの事を理解し切れていないのが拙かった。
何しろ神霊として扱われているものの正体は西条家の始祖なのだ。
そして始祖に対する行き過ぎた心酔から、信仰するまでに至ってしまった西条家の三代目
そんな狂信らによって悪名が高かった当時の西条院流ら生み出したモノ。
つまり、狂信者の命令で狂信者達によって狂信対象の為に生み出された儀式具である。
碌なものである筈が無い。
何しろ三代目が没し、代替わりして速やかに行われたのが先代達の生み出した法具の封印なのだ。
一宏よりは多少マシという程度の四代からも危険視されていたというのだから、その悍ましさが分かるというもの。
そして封印の理由の一因に、呪式の難度の高さも挙げられる。
起動用の法具は呪式の為にわざわざ式術で生み出した
その制作過程も相まって、奏者が人間である限り何をどう頑張って奏でようと器に沁みこんだ呪詛が混じるので、お世辞にも成功率が高いとはいえない。というよりかなり低い。より正確に評するならば『無理』だ。
まぁ、この時までは凡そ何とかなってたようだが。
何より、召喚対象が術式の内容と大きく違っている。
それも当然で、先に述べた様に一宏にとっては始祖が唯一神なのだ。
始祖以外の神霊は、精霊のような扱いであり使うものである。
いや、雑霊と精霊がごっちゃになっている節すらあった。
それに気付いたからこそ四代目からは、先代が生み出し続けた強力ではあるものの他を顧みない呪式を全て封じ、
言うまでもなく、本物の力を持っていた四代目は元より一宏すら扱い切れない術式が、現代の
奏でている者達の心に始祖への信仰なんぞ無い上、浮かぶ想いは失敗する事を恐れた雑念ばかり。
こんなものでおいでくださる精霊なぞいるはずもなく、集まって来たのは精霊どころか呪霊ばかり。
そうして集めたところで楽器を破壊された事により、召喚しただけで術式は大きく乱れてしまう。
更に法具の奏でる音の力で何とか賄えていた術式の霊力は、一つが欠けた事によって足りない分を演奏者から奪い去り彼らは昏睡。
しかし呼び出すという
因みに、銃を使って儀式を中断させた者が誰であったのかも学義は視た。
その人物は北区の支部職員だった。
けっこう霊能力のある人間の様で、大きな霊波をモロ受けて錯乱したようだ。
尚、当人に錯乱時の記憶が残っていない。
強い霊波を近距離で受けたショックで一時的な記憶障害を被っていたのだ。
そしてその所為で後々までややこしい事になっていたのだが……。
しかし、ある意味彼の行いは間違ってはいない。
召喚しようにもベクトルを完全に間違えているし、何より向けられている対象はこの世界によって呼び出せないようにされている。
もしあのまま儀式が続いていたとしたら何が……如何なる存在が引っ張り出されるか分かったものではなかったのだ。
『いやはや……。
ほんのちょっと前にこんな事件があったとは想像の端にも無かったよ。』
思わず溜息が出た。
短慮で短絡的で考え無しという、漫画から転がり出てきたようなアホ家系で馬鹿坊ちゃんだ。
こんな奴らの所為で知らない間にえらい霊障が起こりかけ、この間もあんな戯けた騒動が起こるなんて嘘みたいな現実である。
結局、自分の時代が続くと盲信する馬鹿だけで選りすぐられた馬家系の馬鹿祖父と馬鹿親らが、馬鹿サラブレットのしでかしすら止める事もなく優しく見守るというトンチキかまされ、真面目な人間が大半の被害を被った訳だ。
何てこったい。
腐敗し過ぎてドロドロ通り越してじゅるじゅるだよ。存在自体が迷惑極まりない。
何だよこの一族。結構前からロクデナシしかいないじゃないか。
学義は血族を遡って眺めつつ、そうぼやきを零していた。
と、呆れるほどの愚行を流し見していた彼であったが、その中の一つにぴたりと視界を止める。
彼から表情が消えた。
その視界に留めた愚行の枝葉を探り、ここに至って純血種馬鹿のしでかしの全てが露わとなる。
先日のような規模の霊的被害が確かに二件しか起こっていない。
だが、何かしらアレが関わって事故や事件がとんでもなかった。
その中にはかなり痛ましいものが含まれているのだ。
『ナニこいつ。
婦女暴行殺人だけでも二件あるぞ?
それも式符使って自殺したように見せてる。』
更に犯人追及に走る家族は、術式を使用して後追い自殺を図ったように取り繕っている。
流石に三桁に届いていないが、暴行事件のもみ消しなどを含めれば、その被害者は二桁に上がってしまう。
その経歴は黒も黒。真っ黒であった。
当然……というか、新緑公園の事件で流れ弾によって死亡した都に弾を当てたのはコイツである。
陣の中に人がいたままなら拙いと察した彼女は、内陣にいる人間に外に出ろと指示。
その様子から術式の方に問題があると理解した者達は、彼女に協力して関係者を中から引っ張り出しにかかったのだが……。
件の馬鹿は安全な陣内から引っ張り出されてたまるかと抵抗し、陣の淵まで追い詰められ更に迫る霊団に恐怖し、護衛の手から銃を奪いそして――
流石に偏頭痛を覚えた。
事件当時の彩里はその馬鹿よりももっと非力であった。
しかし、前に立てないなりに抗って微力なりに援護しようと奮闘している。
他の職員らも落ち着きを取り戻すと徐々に連携を取り始め、公園から外に被害を出さないよう頑張っていた。
皆が皆して自分の役割を全うしようと奮闘していたというのにこのトンチキは……。
「加賀…くん?」
彼の様子を見、彩里は訝しむ。
よもや目の前で事件の全容を視ていたなどと理解できる筈もない。
力を行使するまでもなく、ただ視るだけで全て見渡せられるような存在だとまだ理解できていないが故だ。
彼女はまだ、そこまでの位置でしかない生き物であり、それでも踏ん張っている人間である。
そして彩里は決して踏み外そうとはしない
彼は、彩里の目を真っすぐに見た。
彼女は戸惑う。
これだけまっすぐに目を向けられる事はそうない。
流石に真面目な話をしている時は別であるが、それでも学義の視線は特異だった。
しかし眼光などない、威圧などではない。忌避感や恐怖など浮かばない。
強いて例えるなら、仏像の前に立っているような気持ちだろう。
瞳から全身に染み渡る様なものが感じられたほど。
――よく話してくれた。
辛く、悲しい過去の記憶を汲み上げる事は本当に堪えただろう。
声音が……。
否、向けられたものは声ではない。
何時かの…初めて出会った時のそれのように、言語不詳であるのに意味がきちんと伝わってくる。
だが、あの時とは大きく違う。
――お詫びといってはなんだが、わたしに出来る事をしよう。
あの時よりも優しく、そして――
――君の仲間達の心にしこりを残した戯け者。
己の愚行によって我が身の霊基を壊し、廃人として扱われている者。
この者を完治させる――というのは如何だろうか?
あの時のように、厳しく非現実なものを突き付けてきた。
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