第15話 好事、魔多し/秋の鹿は笛に寄る


 雨宮 彩里に見鬼の才がある事を両親が知ったのは、彼女が小学校を卒業した直後だった。

 無論、能力そのものは物理的に害をなす系統のものではない。

 放っておいても無害であると言えよう。

 しかし、見鬼という才は手放し難いものがあり、保護という名目も兼ねて両親が所属する《特定現象対策局》――通称、怪異対策局の芦原支部で育成を任される事となった。

 しかしその流れで彼女は、組織が関わっている学校へと転入する事となってしまう。


 関わっている、とはいってもサブカルチャー宜しく霊能力を鍛える学科があるというものではなく、単純にそういった能力を持った若年者の社会生活へのフォローまたはケアといった側面が強く、自身の力を持っている事を知らない者や、裏の事情など知らない一般人の方が数多く通っている。


 尤も、保護という面も確かにあるが、隔離と捉えてしまう者も少なくない。

 何しろそういった能力者は、自覚している者そして無自覚ながら高い霊力をもっている者を集め、決められた地区の決められた学校に割り当てているのだ。その時点で否定などできようもない。

 しかしこの世界に関わっていると、『若さ故の暴走』というものが別に意味も含まれてくる。

 思春期故の不安定さによる霊力の乱れというものは馬鹿に出来るものではなく、その個人霊力量によっては重要度が更に増し、内容如何によっては甚大な精神被害を齎しかねない。

 何しろそういった例は履いて捨てるほどある。

 しかし、そういった力も成長する過程で失われてゆく事も多い。

 その多くは自己防衛本能から能力との接続を無意識に切断し、傷口を瘡蓋が覆うように二度と繋がらない様にしてしまうものだ。

 一般社会からしても、対策局からしてもそうなってくれる事が一番無難であろう。


 無論、流石に組織として長く続いている事もあって、この年頃の不安定さを楽観視してただ見守るだけに留めておくだけではない。

 教師や生徒の中にいるにも十分に気を使ってもらい、何かしら心の乱れがあった際にはケアをする等の対応をしている。

 そうやって、できるのなら無自覚な内に力の使い方を忘れさせたり、時にはその力を術で封じて世に開放し続けていたのである。

 

 しかし、そんな風に社会に送り出してゆく一方で、見込みのある能力者のスカウトも含まれていた事は事実だ。

 

 何しろこの業界、どうにもこうにも人手が足りない。

 確かに能力者は自然発生的に力に目覚める事があるにはあるが、その多くは血筋や血統に発現するものである。

 術者は何処か知らぬ魔術師に乞い、呪霊師ならば導師を乞う、といった風に術者関係の多くは師弟繋がりでしか受け継がれない事が多く、その為にやはり数が少ない。

 よって術者の直接的な血統を重んじるのもある意味仕方のない話ではあった。


 しかし、現代までその能力者達が強い力を持ち続けられているかというと、それは首を縦に振り辛い話で、ゆっくりとその数は減り続けているのが現実だ。

 血を残す為になど続けようと、いやすればするほど先細りしてゆくのは当たり前の話である。

 だから、一般からの覚醒者は常に大歓迎と言って良い状態だった。


 そんな中、両親が術者ではあったものの、これと目立った霊力ではなかったにも拘らず、見鬼という才をもって生まれた彩里は隔世遺伝的能力者であり、かなり地味ではあるが、それでいて貴重な能力者であった。


 無論、両親も考え無しに芦原へ通わせる事にした訳ではない。

 現に彼女が雑霊を散らしたのを見た時も、霊能力があると知っただけなのだから。

 その能力が何であるか理解する為には、そしてこれからその能力と付き合ってゆく術を得る為には、どうしても力を理解する必要があった。

 だから所属する芦原支部で検査を任せたのである。


 その結果が"見鬼"。

 前衛能力ではないが、得難い霊能力だった。


 こうして彩里は芦原中学に通う事となったのである。

 いきなり通う筈だった学校から別の学校に変えられた上に、同級生達、級友達と引き離す事となってしまった訳だ。

 そんな彼女に対し、両親は元より当時の支部職員達も謝罪でしか答える事が出来ないと、言いようもない空気を滲ませていた。

 尤も、当の彩里からすれば『へぇ、芦原中に通うんだぁ』程度の事であり、そもそも小学校時代は不気味なモノ霊験あらたかな御守りぶら下げた不気味女として距離を置かれっぱなしで、所謂"ぼっち"であったが故に痛くも痒くもなかったのだが。

 こっち芦原に通う様になってからは、あの邪魔っ気な人形霊験あらたかな御守りを持つ必要もなくなったし、何より力の使い方を教えてくれる先輩に出会えたのだからいい事尽くめであった。


 その力の使い方を教えてくれた先輩こそが、花園 都。

 当時の芦原支部長が紹介してくれた若き霊能力者だった。

 




「へぇ、じゃあその先輩って教えるの上手かったんだ。

 その年で凄いなぁ。」


 学義から素直に感心する言葉が零れると、彩里は「ありがとう」と礼を言い、ようやく口元に小さな笑みを戻した。

 自分の事のように嬉しがっている事からも、よほど慕っていたであろう事が窺い知れる。


 モノトーンの周囲から完全に浮いたこの場には何時の間にか丸いテーブルと丸椅子が出現しており、二人は席に座っていた。

 テーブルには彼女を落ち着かせる為に淹れられたであろうお茶……煎茶が乗っており、二人は寿司屋で見かけるような湯飲み― 小さく寿司ネタの名前が百種ほど書かれているやつ ―でそれを啜っている。

 何ともアンバランスであるが、気にしてはいけない。


「それで都さんは、霊力の通し方、呼吸法とかリラックスして力を散らす方法とか、見えるものを固定して恐怖に惑わされない心の持ち方とか色々教えてくれたの。」


 悲しいかな彩里には札術は使用できる才はあったものの、お世辞に成長の余地があるとは言えないもので、僅かばかりの護身程度が精々だった。

 しかしそれならその護身をフル活用すれば良いだけの話、と様々な使い方を指導してもらっている。

 見鬼特化なら相手の霊圧を測れる訳で、間合いの取り方をいち早く理解できると色んな局面での立ち位置を教えてもらったものだ。

 何度か実習がてらに現場にも連れて行ってもらった。

 偶に怨念の残骸等と出くわし、思わぬ戦闘に入る事もあったが、そういった時は常に都自身が盾となる事で、後方からのどういった支援をすればよいか実戦的に教えてもらっている。

 短い指導期間ではあったものの、辛くないと言えば噓になるが、それでも充実した日々を送っていた。


「待って。

 その花園さんって前衛にも立てるの?」


 ふむふむと聞き続けていた学義だが、彼女が盾になって指導を…というところで話の腰を折ってしまう。

 彼の言葉に彩里はこくりと頷き、


「符撃…札術も使えるし、近接戦闘も得意だった。

 剣術も凄かったし、聖別した木刀使って魔祓いしてたよ。

 それと名前忘れたけど戦闘柔術を学んでたって。

 受け身とかよくやらされてたなぁ……。」


 受け身をやらされていた、というところで彩里は遠い目をしていたが、それは見なかった事にする。

 確かに戦闘に不向きなら受け身を学ばせるのは間違いではないが、そんな事より聞いた感じ前衛後衛臨機応変に切り替えて活動できるとしか思えない。いくら何でもそれはも優秀過ぎないだろうか?


「あと、確か神霊術が使えて、大地の精霊トーテムと契約してるっていってたっけ。

 呪術はあまり得意じゃないからって禹歩うほで場を清めてたし……。」

「待って待って!

 その人、いくら何でも万能過ぎない?!」


 何だか指を曲げて都が出来た事を数えだした彩里に、また彼はツッコミを入れてしまう。

 無理もない。確かに禹歩――日本では反閇へんばいと呼ばれる千鳥足の様な歩き方は清めの基本とも言えるものであるが、それを実際に使いこなせるかどうか別問題なのだ。

 そして彼女は、その年齢の時に清めが出来ていたらしい。


 学義は一度だけとはいえ対策局を覗いた際に凡そ人員の能力は見ている。

 この業界の基準値なんか知らないのだが、確かに全員な力は持っていたし、技量となればそれなり以上なのだろう。

 しかしそれは何かしら能力を尖らせたからであり、マルチに割り振れている者などほとんどいなかった。

 が、話を聞く限り、彩里の贔屓目を差し引いても件の女性は飛び抜けた才能を持っていた事となる。


支部長狩野が、生きてたら今頃は俺を遥かに超えてただろうなって。」

「うわぉ……。」


 実は狩野は気付けなかったのだが、彼と会話を交わした時に学義は実際に相対していた。

 だから、彼の力の器は確認できている。

 そしてあの公園で彼の技量もた。

 決して深くはないが、持っている技術の広さが半端ではない。能力の足りない部分を技術の数で埋めているタイプだ。

 そんな人間からしてそう言わしめているのだから――


「何てこったい。

 そんな人を失うって日本の損失レベルじゃないか。」


 何かしらのとやらで失ったというのなら、正にそうと言えよう。

 学義呆れる声を零すのも当然であろう。


 本気で呆れかえっている彼の様子に、彩里はまた小さく嬉し気な笑みを見せて「ありがとう…。」と呟くように言った。



 そして、彩里が高校に合格(正確には"内定"だが)し、何かお祝いをしようか等と支部で話が湧いていたある日。

 かなり奇妙な任務が支部に届けられた。


『中央区にある《新緑公園》での哨戒任務。

 および周辺区に湧く雑魚霊の掃討。』


 その時支部にいたのは、彩里の両親と当時はまだ支部長ではなかった狩野、まだ全方位に人当たりが良い摩耶、現在よりもっとチャラい格好の辰田、そして都と後数人の実動職員だった。


 当時の支部長以下、当時の職員全員がそのおかしな要請に首を捻った。

 哨戒任務は分かる。それは確かに重要だろうし。人手が足りないからこその要請なのだと理解もできる。

 だがその任務先が何故に区外なのだと疑問が湧く。

 それに指定場所は、霊的守護が一番強力な中央区の、指定結界強化区域の新緑公園である。そんな処に人員を割くほどの何かが起こるというのか。

 何しろ周辺区に湧く雑魚霊の討伐等という奇怪な任務のおまけ付いているのだ。

 これでは湧く事が前提ではないか。

 カルト集団か何かがテロでも起こすというのだろうか?

 と、皆してしばらく顰め面を合わせ続けていたが、支部長は遅れて届いた追加情報を得た途端に腑に落ち、片頭痛に見舞われたかのような顔になった。


「西条のお坊ちゃまのお披露目だとよ。

 その舞台の裏方をやらされるんだとさ。」


 支部長の言葉に全職員が露骨に顔を顰め、当時はまだ一局員だった狩野は聞えよがしに舌を打っている。

 言葉に出せば罵詈雑言になってしまうだろう彼に代わり、辰田が口を開いた。


「何スかそれ?

 何かしらやらかすから見守って後始末もヨロシクって事ですかい?」

「だろうな。

 どうせあの夫婦だ。絶対何か仕出かす。」


 局内でふつふつと不満が膨れてゆく様は彩里が初めて目にするものだった。

 気付くと両親でさえ憎らし気にしているではないか。

 彼女はこんな両親の感情も初めて目にするものだった。


「……要は私たちのトコも西側の警邏に就けって事ですよね。これ。」


 都も、

 いや都は憤っているのではなく、静かに怒っていた。

 当時の彩里は理解していなかったが、今なら分かる。

 許せないのだろう。一般人を確実に巻き込みかねない事を仕出かす愚かさに。


「嫌や言うて、任務放棄したら被害出るかもってか?

 ほんまクソやなあいつ等。」


 都の隣でそう毒づくのは、当時ボブカットだった摩耶だ。

 憎たらし気な表情を浮かべてはいるが、今ほど怒気はまだない。


「誠にもって遺憾であるし、下らん茶番に付き合う義理等ない。

 が、断れば一般市民に被害が出る可能性がある。

 甚だ不服だが、狩野と花園、北倉の三人に向かってもらう。

 それと……彩里いろりちゃん。すまないが君にも向かってもらいたい。」


「はぁ?!」


 支部長の意外な人選に動揺を見せたのは全員だったが、素っ頓狂な声を上げて強く反応を見せたのは、当然雨宮夫妻、そして都と摩耶だ。

 何しろまだ立ち位置を学んでいる最中。言わば研修中の身である。

 何が悲しゅうてこんな大人の見栄っ張りな茶番に付き合わさなければならぬというのか。

 身の危険云々の規模で言うのであれば、今まで彩里が実習させてもらっていた場所に比べればまだ安全マシなのかもしれない。


 だがしかし、安全云々の前に見苦しくのだ。

 見鬼―霊視ができる彼女は当然ながら感受性も強い。

 そんな彼女をが用意した舞台に連れていけるものか。

 幼児にスラッシャー映画を見せるより性質が悪いのだから。


「腹に据えかねるが、だよ。

 どこで耳にしたのかあの蠅西条家は見鬼が使えるなら丁度いいとかぬかしたらしい。

 断固として抗議をしたいのだが……。」


 時間が無かった。

 何しろその茶番の日付は今晩なのだ。

 恐らくあちこちの支部でも同じような指令が入っている事だろう。

 万全な態勢という布陣は向こうの得手勝手であり、支部の都合やシフトなんぞ気にもしていない様子だ。

 流石の摩耶ですら口をぱくぱくとさせて絶句していた。


「だけど、いくら何でも……!!」


 食い下がってくれる都と両親の訴えを眺めつつ、彩里は一人で自分を納得させていた。

 逃げ道は色々ある。

 嫌だと言えばここの職員は元より、他の支部の人達だって庇ってくれるかもしれない。

 中学生という未成年者を前線に立たせるのはおかしいと言ってくれもするだろう。

 だが、既に彼女は実習を受けているし、その事実は残ってしまっている。

 法的に未成年者だから、表の事情からはとっくに離れてしまっているのだ。


 そして何より話を聞いてしまった時点で負けている。


 支部長に責任は無い。

 ただ任務書の届く順番の性質が悪かっただけだ。

 これを狙ったというのなら大したものであるが、皆の様子からしてそういった傑物はいないと思われる。

 何にせよ、が起こり、霊的防御能力のない一般人に被害が及んだ場合、自分が拒否したから…と、ずっとしなくてもいい後悔を背負い続ける事となるだろう。

 だが例えどんなに怖くてを目にしようとも、自分が見鬼を使って哨戒さえしていれば、後悔はするかもしれないが、少なくとも罪悪感を持ち続ける事にはなるまい。

 

 悲しいかな、感受性が高い彩里は、三人の剣幕を見てその事に気付いてしまったりである。

 だから彼女は、


「……分かりました。

 私も、向かいます。」


 と、挙手をして自分の意思を伝えたのだった。


 その時の苦し気な支部長の顔は、今も忘れない。



「新緑公園に到着したのは夜の十時だった。

 何時もは寝てる時間だったけど、緊張してそれ処じゃなかった事を覚えてる。」


 学義が黙って淹れなおしてくれた茶を啜りつつ、そう続けられた。

 彼も新緑公園という場所は知っている。

 しかしレジャー地という訳ではない上に、好き好んで向かう場所でもない。名物がある訳でもないし、言ってしまえば都会のど真ん中にある憩いの場という程度の認識だ。

 何でわざわざ中央区に行ってまで、公園に向かわねばならぬのかと問いたくなる。

 しかし話の流れからして、表立ってない謂れがあるのだと思い知らされていた。


「あの公園ってオカルトネタに困らない場所だよね。

 都市伝説ネタも多いし。」

「うん。北西に熊野系の神社があるくらいだし……。」


 彼女は少々勘違いをしているのだが、そもそもこの新緑公園はにつくられたものである。

 熊野系神社と聞いて思い浮かぶのは病気平癒、災厄除け、後はカラス文字が刷られた「熊野牛王神符」であろうか。

 これは紙の裏に誓いを書き、誓いを立て続ける神仏の名を書き並べ、最後に誓いを破ればこの神仏により罰を与えられると明記するもの。

 この誓いを破れば、誓いを立てていた神仏のみならず熊野権現すら欺いた事となり、喀血して死亡し、更に地獄に堕ちて永遠に苦しみ続けるという。

 無論、表には出していないがは存在するし、実際に罰も被る羽目になるらしいが。


 話を戻すが、そんな神社がこんなところにあるには列記とした理由があり、怨念や妄念を祓い、人々を災厄から護る為、そして迷える魂を常世へと導く為に建て直されている。

 そして二次大戦という未曽有の災厄の後に発生した凄まじい怨念からも人の世を護り続ける羽目になっていた。


「なぁんでよりにもよってそんな場所で、そんな事するかなぁー?」


 学義は元より、まだ無学同然であった当時の彩里も、支部局員全員も同意見だろう。


 だが、そこでお披露目となった。


 馬鹿馬鹿しく、みっともなく、失うものしかなかった、

 最低の茶番劇という、事件悲劇が。


 


 

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