第13話 千丈の堤も蟻の一穴から/抜け駆けの功名
その日、加賀 学義は何時もの様にのほほんと授業を受け、大河原 勇を含む何時もの三人組と駄弁る、普通の一日を終えていた。
そして無事に放課後を迎えると帰宅の準備を行っていたのであるが、
「おい、マサ。」
と勇に声を掛けられた。
「何だ大河原。
僕はこれから家で『電気戦隊デンキマン』の再動画を見るという崇高な使命があるんだが……。」
「またかよ。つか何かパチモンくさくねぇかそれ?
まぁいいや、お前に面会者だぞ。」
What? と、何故か英語で問い返しつつ、彼が促す方向に目を向けると、教室のドアの傍に立つ少女が目に入った。
何だか見覚えのある様な気がしないでもないが、ともあれ呼ばれたのだから用事を聞きに傍まで寄ってゆくと……。
「あ、あの……。」
学義を観察するようにじっと見つめてから目を伏せ、ぼそぼそと口ごもる。
「え? どちら様?」
何かやらかしたっけ?
という戸惑いもあり、兎も角お名前を聞こうとした訳であるが、
「に、二度も助けてもらってありがとうございます!」
いきなり音量を上げ、勢いよく感謝の言葉を放ってきた。
「ちょ…っ?!」
その瞬間、彼女が誰であったか思い出した。
やたら野暮ったい風体を装っていたので気付くのが遅かったのだ。
しかし、その戸惑いの隙が拙かった。
「あの時の魔法使いさんがこんな近くにいたなんて――」
「タンマ!――」
その瞬間、完全に周囲の世界の時が止まる。
風や光や、学生たちの声が停止し、世界はモノトーンとなる。
世界の時間が停止した? いや、世界の時間の隙間なのだ。
わざわざ世界の時間を止めるまでもなく、時と時の間に滑り込む方が手っ取り早いのだから。
そしてその隙間の中に二人は、いた。
「え? え? 何、どうなったの?」
当然、その女学生――雨宮 彩里は余りの現象に戸惑いを隠せない。
これほどの規模の結界を見た事が無いのもあるが、何かしらの下準備や予備動作もなくいきなり周囲が変わったのだ。怪異を知る者としては逆に混乱を増してしまう事となった。
「あのさぁ……。」
頭を抱えつつ、学義がぼやく。
「な~んで思い切り一般衆人のただ中で、裏関連の話をぶちまけるかなぁ……。」
まぁ、惚けるといった手法もあったろうに、彼自身も咄嗟の事で慌てふためいていて、いきなり結界に惹きこんでたりするのであるが……。
やっちまったのだから、もう仕方のない話なのだろう。
「それで? どうやって僕に辿り着いたの?」
流石に友人知人が固まる場で対話する気にはならないので、彼女を促して学校の中庭までやってきた。
幸いに人影が無く、停止した生徒もいなかった為にここが選ばれたのだ。
しかし歩いてきた訳ではない。
転移したのだ。
立て続けの神秘に彩里は眼を瞬かせるのみだ。
だが、遠回しな言の葉の交わし合いをするつもりは無いので、学義は着いて早々に直球で問いかけた。
彩里は、?マークを浮かばせ続けていたが、ようやく彼の質問が脳に届いたのか、躊躇いつつも言葉を返した。
「え、えと、加賀君、でいいかな?
最初気になったのは加賀君を街で見かけた時、その……オーラって言った方がいいかな?
そのオーラがすんごく安定してる上に、陰の気が全然感じられなかったの。
もぅ、熟練の修験者レベルに」
「え? マジ?」
「本気と書いてマジ」
「嘘~ん…。」
何で修験者レベルと分かるのか、というと同僚に繁という修験道に通じている者がいるからだ。
彼が禊と称する山籠もりから戻ってすぐの時の"気"……いや下手をするとそれ以上に清浄な気質を放っていたのだ。
その上、それほど陰の気が無いというのに、
嫌が応にもその筋の者であり、尚且つ格上の者であると理解させられてしまった。
まぁ、その所為で思わず人前で礼を口にしてしまったのだが。
それに、彼女は学義がまほう使いとして直接接触してきたのは、唯一彼女だけであるのだ。
「いや、あの時ってかな~り認識ぼかしてたはずなんだけど」
「う、うん。
西洋のゴーストみたく、布切れ被った得体のしれない術師って感じだった」
それは効いていた。
あの時、学義はオバケのイメージで彩里に接触を試みている。
彼女が答えたようにその効果はばっちりで、確かに思った通りの印象が残っていた。
が、その一回きりで学義はそういうイメージを使用する事をやめている。
学義本人が自分をこの世界にとっての
だから後は言葉だけで接触していたのである。
無論、言葉にしても認識を阻害していた。
だから狩野を始め、メッセージを受けた対策局で熊雄も真田も、学義の性別や年齢は勿論、何語で話していたのかもあやふやになっていたのである。
しかし、正体を隠していたとはいえ学義と直接対面し、尚且つ一般人に溶け込んでいた筈の学義との両方に接触した彼女が気付いた事があった。
それは――
「わずかだけど関西出汁の香りがしてたの。
それも
あの時は何だか手作りキムチの匂いもしてたけど」
「Oh.シーット!! 都岐ぃーっっ!!」
そーいやぁあの時は昼に学食でキツネうどんと
妹の都岐の所為でやたら麺類を食べているというのに、懲りずに頼んでしまう癖がついている自分が憎いっ!
味が落ちると分かっているのに、何故に学食で食べてしまったんだ僕のバカヤロウと自己嫌悪で己を罵っていた。
それだけでなく毎日のように蕎麦やらうどんやら食わされていたら、そりゃ出汁の匂いも沁みつくだろう。
いや麺類が出ずとも、食事には都岐が作り続けている出汁が使用される。洋食も出ない訳ではないが、基本的に和食なので否が応でも出汁が使用されるし、何より手伝う事もあるので匂いが付くのも当然と言えよう。
あの時は、ちょいと
そして彩里の感覚は見鬼だけではなく、その霊能力は五感に及んでいたという事も重なっている。
はっきり言って運が悪かったとしか言えない。
――いや、運だけとも言えないようだ。
「それで、街で見かけた加賀君の気が不思議だったし、あの事件の被害者なのに何の後遺症も無いのは、そういった血筋なのかな~って思って気になったから、暇な時間に戸籍調べてたのそうしたら」
「……ああ、そっちからも気付かれちゃたと」
こくり、と彩里は頷いた。
平々凡々な加賀家であるが、その血脈はずっと辿ってゆくと、二次大戦後に二家の一族が重なって苗字を変えた家だと分かる。
加茂家と賀茂家。この二家が今の加賀家の元である。
そしてこの二家、実は術師の大家の血なのだ。
辿ること千年。それは葛城流賀茂氏から出た氏族へと繋げる事ができる。
そしてこの氏族から突出した人物が歴史に名を残していた。
しかしあまりに突出し過ぎている所為か、表は勿論、裏の世界でも実在の人物であるのか、或いは創作の存在なのかと判断し切れていない強力な術者。
その術者。加茂役君、賀茂役君とも呼ばれていた人物こそ、《役行者》その人である。
そんな血統の学義が術者の関係者として見られていなかったのは、余りに血統が薄いからだ。
加茂家も賀茂家の力を持たない血統の端の端の端。そんな木っ端がたまたま重なって一つの血族に戻っただけに過ぎない。
彩里みたいに彼に興味を持ち、ピンポイントで辿らねば絶対に気付ける訳がないほど、術師としての血が薄くなっていたのだ。
尤も、そんな木っ端な血であるはずの学義が何の因果か二代目になってしまったのだから、世の中は皮肉で満ちているようだ。
「それに、私ってある意味関係してるの」
「え? どゆコト?」
「ウチの家、ずっと辿ったら大峯山で修験道やってた一族らしくて……。」
「ウェイ?!」
彼女によると、雨宮家の本家筋は雨宮…"天ノ宮"といい、奈良県の大峯山に籠って修行を続けた歴とした修行者の血統だったらしい。
尤も、学義と同様に彩里の両親共に血族の端の端の端程度で、苗字から『天』の文字を雨に変えられている程、親戚の数にも入れられないよそ者レベルだ。
しかし、この道に入った時に親から一応この一族の話も聞いており、ネットで軽く調べた覚えがある。
その時に日本三大修験場である大峯山の事も閲覧していた。
だから、うろ覚え程度でも頭に残っていたのだ。
役行者がこの地で蔵王権現と逢った場所であり、修験者の根本本拠地になっている事を。
「それで僕の事を忘れずに辿り着いちゃった、と」
「え、えと?」
「いやいいんだよ。こんな偶然の積み重ねがあるんだと戸惑ってるだけなんだ」
術師や何らかの覚醒者である可能性を疑って調べて行ったのなら、途中で「一般人だ」と判断してしまうようにはしてあった。
対策局が事実隠蔽の為に使用している認識阻害を自分なりに解釈して使用していた訳である。
しかしやはり慣れないものを気軽に使うものじゃなかった。まさかこんな穴があるとは思ってもいなかった。
「でだ、」
「ひゃ、ひゃい!」
言葉を切り出すと、彩里は途端に硬直してしまう。
そんな彼女の様子を見て、ああ変な危機感を持たせたかと苦く笑った。
「いやそんなに緊張しないでいいよ。
師匠からも『自力で気付いた者には丁重に』って言われてるから。」
「え?」
そう。
彼が魔法使い――いや、正確にはまほう使いなのだが、何者かにそれだと自力で気付かれてしまった場合は、覆い隠すような事はしてはいけないと言い含められている。
何故か? と問いかけたのだが、
『まほう使いが力を封じて世間にとけこんだというのに、如何なる術であろうと気付けたのなら大したものだよ。
何にせよ縁がある、ということさ。
縁があるに越した事はない。君なら何時か理解するだろう大切にしなさい。』
と、はぐらかされている。
だが何にせよ縁を繋げてここまでこれたのだから礼を持って尽くす事は、あって然るべき事なのだろう。
「兎も角、僕の事を知れたのだから改めて自己紹介をしよう。
芦原高校二年B組、加賀 学義。
お気付きのように、まほう使いだ。」
今後ともよろしく、と丁寧に頭を下げる彼の姿は、その凡庸な容姿を裏切るように落ち着きのある、どこか威厳すら感じさせる大人のそれ。
彼は周囲の停止したモノトーンの世界に浮く事無く、絶妙にこの異界と混じり合い、より彼のミステリアスさを深めさせている。
彩里はそんな彼を見つめつつ、ああこのひとは隔絶した存在なのだと今更ながら納得させられるのだった。
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