第10話 出物腫れ物、所嫌わず/騎虎の勢い


 篠原第一公園。

 芦原の東端にあり、道路以外で事件現場との接点はここしかない。

 多少の知識がある者なら、都市計画としても妙な位置に公園を作るものだと不思議がるかもしれないが、無論これは由縁あっての事。

 中央区との接点を最小にし、道以外では中央に向かう術を出来るだけ減らすように計画設計されていたからだ。


 現にこの公園は中央区にとって裏鬼門に当たり、他所からの侵入を杭を打つ形で木門公園によって途絶えさせている。

 そしてこの公園も術式防衛機構が設けられており、入る事自体は安易なのだが害意のある霊的存在ないしは異能者が下手に踏み込むと、区域から出る際にやたらと面倒な段取りを踏まされる事になっており、事実上閉じ込められる形となる。

 だから、何かしらの大規模なオカルト的災害が発生した際には、ここで陣を張るよう細かいテキストが組まれていた。


 組まれていたのだが、


 ――中央区からの侵攻がある等、予想外にも程がある。



「双方向認識阻害だったんがせめてもの救いやねぇ」

「気休めありがとよ。

 人払いは済んだのか?」


 公園の東門の脇に身を沈め、様子を窺う二人。

 狩野が確認をとると、通信機イヤーカフスに繁のノック音が二回響いた。

 どうやら野次馬やら、若い男女カップルは局員達と警察や補導員らによって無事に撤収済みらしい。


 空は暗い。

 17時過ぎなので、この時期なにまだ明るいはずなのだが、雨雲が立ち込めているかのように薄暗い。

 確かにあまり良い天気ではなかったが、普通ここまで暗くなる事はないだろう。

 いや、それより何より彼らが見据える前方から押し付けられるような圧が、空気に暗さを感じさせている。

 公園の入り口から僅か一歩。

 その一mにも満たない一歩で、明るい日常から空気が大きく変わってしまう。

 そんな僅かな距離にも理不尽があるのだ。


「――来ます。

 数は…二。

 一体足りませんが、一体は報告より上位の式で、もう一体は中級のようです」


 東門から公園に入ってすぐ、正面には植木が生えている茂みがあり、迂回するようにT字路になっていて道は南北に分かれている。

 普通に公園を使う者は道なりにが、怪異相手だと道が拒むように方陣が仕掛けられている。

 しかし、この仕掛けにも例外はある。

 ある程度以上練度のある術者や、脅威度の高い怪異には効かない事もあるのだ。


 そしてこの怪異は、その例外に当たる。

 報告通りに公園の東側から侵入し、組まれた方陣迷宮の出口であるここに真っすぐ向かって来るようだ。


「ああ、中央のこん(裏鬼門)から真っすぐ抜けてこっち来たんか。

 ホンマ、あのクソガキやらかしてくれるわぁ……。」


 彩里の身体にじっとりと汗が滲む。

 確かに気温は高いが、霊圧によるものか公園の空気は肌寒さすら感じられる。

 今、ここに詰めている彩里を含む五人は、全員清掃員を装っており、見た目だけならかなりラフな格好だ。

 しかし彼女は学生である事を誤魔化しやすいよう野暮ったいツナギを着用しており、ぱっと見ならば女子学生の年齢とは気付けまい。

 袖をまくり上げてはいるが、何しろツナギなのでこの時期は熱が籠って暑いだろうし、実際今の世間の気温は高く結構蒸し暑い。

 だが、彼女の背をびっしょりと濡らすのは冷や汗だ。


 無論、彼女のポジションは最後尾での霊的支援。そうそう危険はないはずだが世にはない。

 特に低級より上の霊的存在なら尚更だ。


 考えるだけで怖いし、何よ自分の目で見えてしまうそれらは、この間の審神者コオロギより圧が強い事が嫌でも思い知らされる。

 

『来るぜ』

 

 彩里の耳に勝治の声が響き、彼女は現実に戻った。


 嵐を想像させられるような風の騒音。

 木々が、そこらの草の様に吹き飛び、二つの影が公園の灯りの元に現れた。


 一つは鬼。LED外灯の光によって浮かぶその姿は白、或いは灰色の鬼としか表現ができない異形。やや太り気味の身体をしていてその両の手には短い棍棒の様な者が握られている。

 もう一体は、緑。緑色をしたこちらも肥満体の白いひげの老爺。

 大きな腹に手を当てて、張り付いたような笑顔をしている。


『ンだぁ?

 どっちも中級クラスだぞ』


 確かにサイズ的にはそうだ。

 ずっと後方の、狩野の背に守られているのに、彩里の腰が引けるような圧が掛かっているが。

 しかし、彼女は老爺の方の圧が妙に大きいのが分かっている。

 それを伝えると、


「見た目じゃ分からんが。

 厄介そうなのは変わらん」


 そう言いながら、茂みから飛び出した二人。勝治と茂が前に出る。

 二人に続いて摩耶も飛び出す。 

 彩里の見鬼を待たずに、だ。


「両方とも風の門系です。お気をつけて!!」

「ふぁっ?! マジか。

 うちと相性最悪やんっ!!」


 品なく摩耶が舌打ちをして足を止める。

 何しろ彼女は水系と風特化。決め手に欠けるのだ。


「ええい、式神やから祓詞はらいことば使えんやんけ!!

 『天と地に御働きを現したまう龍王は……』」


 仕方なく、大龍神の祝詞に切り替えて集中するが、その間を待ってくれる訳もなく、老爺の方から動き出す。

 初動を見極めた勝治が間合いを詰めようとするが、間に白い鬼が割り込む。

 しかし、同時に繁が後に続き、得物である太い金剛杖を、十分に体重と氣を乗せてその腹に突き込んだ。

 どぶっと泥田に鉄骨が刺さる様な重い音がして、杖が白い鬼の大きな腹にめり込み、その体躯を前のめりにさせる。

 そんな隙を逃す勝治ではない。

 繁が退いたタイミングで踏み込み、軸を整えた腰の捻じりを、式神の顔が下がってくる絶妙なタイミングに合わせて、十二分に練り上げた氣を乗せた拳でもって顎を打ち抜いた。

 ごぉんっと鉄塊がぶつかり合うような轟音がする。


『いいの入った』


 と、確信した勝治はさらに踏み込み、真向に正拳突きで追撃。

 先ほど繁が打ち入れたであろう鳩尾を突き抜いた。

 貫きこそできなかったが、はっきり言って地上に生きる大抵の獣ならば気を失うか命を失いかねない程の二連撃だ。

 いくら氣で強化しているからとはいえ、そんな攻撃を生身で出せてしまう二人に対して、彩里は恐怖より呆れが浮かぶ。

 確かにオカルト現象に対応する組織の前線要員なのだから、これくらい出来なくては話にならないが、実際に象くらいなら素手で何とかできそうな証拠を見せられれば、そりゃあ呆れもする。


 だが、先手を取られたとはいえ相手は中級の存在。

 堪えはしたが致命傷にまでは至っていない。

 それは勝治らも理解している。慣れた呼吸でさっと間合いを空けて次の手を探った。


 するとそれを待っていたかのように式神が……背後に庇われていた老爺が動いた。

 ぶしゅぅっと、大きな風船から空気が抜ける様な音がして、白い鬼の背後から煙のようなものが物が巻き起こり、その巨体を覆い隠す。

 一瞬、ガスか?! とも思ったが、彩里は水気の匂いと身に纏わりつく湿気からそれとは違うとすぐに分かる。

 天然自然のそれは霧、或いは靄か霞の類の匂いだ。

 しかし同時に、不自然な銅のような匂いも混じっていた。


「視界を防がれても…。」


 何処に潜んでいるかなんて訳もなく察知できる。

 修験者でもある繁や、勝治という戦闘オバケの二人に目くらましは左程意味を成さない。

 ――のだが、


 いきなりゴロゴロと雷鳴が聞こえ始めた。

 それも、で。


 今まで怪異事件に関わってきた経験が、思考云々より先に身体を動かした。

 繁がその固い金剛杖をアスファルトに突き刺し、勝治と二人して後方に飛び、怪しい霞から距離を空けて地に伏せる。

 同時に摩耶も這いつくばり、狩野も彩里の頭を掴んで引き倒した。


 次の瞬間、ずしんっと重い地響きが起こり、何かが破裂する。


 彩里は思わず身体を硬直させた。

 狩野の所為で鼻を打ちかけたが、それどころではない。

 明らかに身近で、極々身近で落雷が起こったのだから。


 耳鳴りが酷いが、通信機は骨振動タイプなので何とか聞き取れるのは有難い。

 狩野は素早く、全員の安否を確認したが、幸いにも死傷者はいない。被害は、避雷針代わりにした金剛杖が木っ端になった事くらいか。


「勘弁してぇな。

 霧を吹き出す式と、雷さん使う式のペアとか最悪やん」


 落雷というが、実際には地面から天に昇るのが雷の仕組みだ。

 今使われたものは術式か能力なのかの区別まではできないが、明らかに天然自然のそれではない、指向性の攻撃だった。

 しかしこんなケースに大して驚く風もなく、呑気な愚痴を零せる摩耶もかなりの猛者だ。

 

「『滾々と、只滾々と出流いずるは御身のたえ』」


 水の神霊術を得意としているのは伊達ではない。

 前もって龍神の祝詞によって水気を高めていたのも手伝い、行使した神霊術によって式神がいるであるだろう所に細い棒のような水が立ち上がる。


「『ざんざと、只ざんざらと水風の舞う』」


 彼女の言魂に合わせ、その水の棒は回転し始め、周囲の水気を吸ってどんどん膨らんでゆく。

 二体がいた周囲の靄を巻き取り、恰も水旋風の様に立ち上がる。

 向こうがこれに対して動ずる事はないだろうが、それでもその姿は露わとなったし電気による被害に巻き込まれる可能性は下がった。


「…ちょっち風が操りにくいわぁ。

 これ、向こうの緑の爺さんが抵抗しとるで」


 印を切り、結び、術を続ける摩耶からそんな言葉が出る。

 普段からマイペースを貫く彼女からそんな言葉が出るのは意外だったが、そのお陰で狩野には凡その見当がついた。

 何しろ摩耶に対して風門で真正面から抵抗しているのだ。

 そんな力押して拮抗してくるものなど、原型を神霊に寄せている事に他ならない。

 風を司るかそういった類をモデルにしているという事。

 つまり――


「……ちっ。

 靄とか霞出すから水系持ちかと思ったが、ありゃ違ぇな。霞を風で操ってやがる。

 やっと分かった。白いのは雷神モドキで、緑の方はどうやら風神モドキらしい」


 風神雷神は屏風絵等で知られているが、言われてみれば確かに有名な屏風絵の二体と色は似ている。

 その風神は天孫降臨の際に、風神は袋で朝霞を吹き飛ばしたとあった。

 おそらくそれから転じて霞を出す側に作られたのだろう。

 白い鬼…雷神モドキが持っていたものは棍棒などではなく、太鼓のバチらしい。

 今もゴロゴロと雷鳴が聞こえるが、それは太鼓代わりなのか己の腹を打って出している音だ。それでどうにか見当がついたのだが、本当にモドキだ。

 あくまでも風神雷神という態を取り繕っているだけに過ぎないが。


「あんのクソガキが。

 何てモンを……。」 


 無論、社会にとって害悪以外の何ものでもない。

 こんな代物を、実家から逃げる際に足止めに使うなど、普通は余程の戯け者でも考えまい。

 しかし件の後継ぎは、前々から勝治が機会さえあれば、一度本気でぶん殴って撲殺してやろうと思っていたほど。

 それほどの正真正銘の愚物なのだ。件の後継ぎ様とやらは。


 しかし、そんな気の短い勝治すら現状を理解し、一瞬たりとも二体から意識を外していない。

 何しろ眼に前にいる封印式神古の失敗作は制御不能なので調伏退治以外の手が無いと報告が入っている。

 制御不能で我が身を顧みず襲い掛かってくる式神なんぞ手負いの熊より質が悪いのだ。


 とはいえ、間合いは向こうが上。

 繁もサブ武装の錫杖を取り出すが、基本が徒手空拳なのでやり辛い事は間違いない。

 普段の戦いならまだしも、相手が属性術を使用できるとあってはかなり心もとないのだ。

 というより、このまま広い場所で戦い続けるのは明らかに分が悪い。

 何しろ範囲こそ狭いものの雷を使われるのだ。前兆は視切れても避けるのが精一杯なのである。


「仕方がない。

 勝治、発砲を許可する。

 対怪異用実態弾の使用許可だ!」

「待ってました!!」


 狩野の声に反応し、勝治がリュックからデカブツを引き抜いて白い鬼に銃口を向ける。

 でかい。

 兎も角デカい。

 それは全長が55㎝もあり、拳銃と呼んでいいのか不安になる代物だ。

 拳銃弾ではなく大型ライフル弾を発射する物騒過ぎる拳銃。

 これでもベースとした銃(?)に頑丈さを高めただけのゲテモノなのだ。

 破壊力というロマンだけを詰め込んだハンドガン。その名はプファイファー・ツェリスカ。

 

 使用する600.N.E弾という60口径弾は、何とマーブルチョコの筒ほどの大きさがあり、そのサイズに比例して破壊力も自衛隊が採用しているライフルのそれよりずっと馬鹿高い6000Jというふざけた代物。

 何しろその弾も普通はライフルでもって象撃ちに使用するものだ。

 こんな馬鹿げた弾丸を何としてもハンドガンで撃とうという意地で生み出されたこれは、本体も六キロとで重く、通常は拳銃の癖に二脚か三脚ストックを推奨されるという、最強の威力を追い求める為に拳銃という概念を投げ捨てた様な仕様となっている。


 それに今込められているのは、対怪異用として作られた聖別銀精製のホローポイントスペシャル弾だ。

 生身で撃つのは勧められなし、ホラー映画以外で活躍の場はなさそうなそれを、勝治は嬉々として両手で構えて引き金に指を掛ける。


「往生せぇやぁ!!」


 引き金を引くと起こる爆発音。

 はっきり言って拳銃が出す音ではない。

 当然の様に反動 リコイルも途方もないが、抑え込んで撃てる勝治も大概だ。当然、何歩か後ろに下がっているが。

 耳を抑えていた彩里と摩耶には聞こえていないが、確かに轟音の直後にぶしゃっと湿った何かか飛び散った音している。

 物理攻撃だけで済むとは思っていないが、それでも手ごたえはあったはずだ。


「もういっちょいくか?」

「……分からん」


 その構造上、シングルアクションなので引き金を指を掛けたまま問う。

 摩耶の集中が途切れた為に相手はまた靄に包まれてしまっていて視界が悪くて見えにくい。

 幸い、彼女は直ぐに注意を戻しせたので、再び水旋風が霞を晴らしてゆくが。


「なぬ?!」


 雷神モドキは血まみれであった。

 式神であっても高位の術者が使役していたり、その術式がしっかりしたものならば、疑似的にも血肉はあり飲食すら行う。

 だから流血に及ぶ事態もおかしくはない。


 それが、狙って撃った対象であれば何の問題もないのであるが。


「何なんアレ?」


 それはおそらく腕。

 やたら長く、手首から先が吹き飛んでいるが、確かに腕と分かるもの。

 それに庇われて雷神モドキには殆ど被害がない。


 しかしその腕はどこから出現したのか。

 この場に何処から現れたのか。

 何時からここに居たというのだ。


 その答えは簡単だった。

 腕は、老爺……伸びていたのだから。


 ずるり、それが出てきた。

 老爺の顎が蛇の様に外れて大きく開き、そこからずるりずるりと這い出してきたのである。

 風神モドキの体液なのか、胃液なのかは知らないが、念液まみれの態で。

 吹き飛ばされた筈の手首も、じわりと液体が滲み出て来るかのように再生してゆく。


 長い長い両の腕。

 長い長い両の脚。

 そして頭部には顔が二つ……並んでいた。


「……ああ、そうかよ。

 風神モドキと雷神モドキがいるんだったら、間に阿修羅モドキか千手観音のモドキがいてもおかしくはないわな。

 雲に乗るんじゃなくて、風神に呑まれて来たってか?」

「顔が複数やから、阿修羅のパチもんやない?」

「腕の数の顔の数も足りんが、そうだろうな」


 しかし、何にせよやる事は変わらない。


「勝治っ!!」

「応よ!!」


 再び引き金を引く。

 爆音が上がり、現状一番厄介そうな雷神モドキを再度狙うが、阿修羅モドキは恐るべき反射速度でこれを打つ。

 鈍い音がしてまたも手が飛ぶが気にした風もなく、こちらを見据えるモドキ。

 阿修羅モドキの被害は同じだが、明らかに先ほどより拙い。

 何しろ手が壊れはしたが、飛んできた弾丸を地面に叩き落としているのだ。

 ひしてその掌もすぐに再生して元に戻っている。


 縦二面の式鬼が、野獣を彷彿とさせる咆哮を上げた。

 それは怒りか、鼓舞の為だろうか。

 しかし、その叫びによって彩里の意識は戻り、身体を震わせつつも阿修羅モドキを必死に


「そ、その式は土と火の門気、です!

 土と金と火の行が、効き、つら、いです!!」

「うわちゃ~……。

 せやから弾当たっても被害があんま出ぇへんのか」


 ならば摩耶の出番であろうが、風神モドキによって起こされる霧の攻撃をどうにかしなければ視界を奪われる上、厄介な事に自然の霧でない為か電気を通しやすいときている。

 式神同士であろうと攻撃範囲にいればダメージを負いそうであるが、そんなものに期待してはいられないし、何より無指向性の放電されたら堪ったもんじゃない。

 それで自滅してくれるなら良いとしても、自滅待ちの持久戦となると倒れるのはこちらが先である。


 放置という手は当然なし。

 対応できる自分らがこうなのだから、一般住民では潰されて終わりだ。

 これで人畜無害というのなら、どうとでもできるのだが、残念ながら対面する前から敵意満々であり、最初に事件の隠蔽の為に鎮圧に出た西条家就きの防衛士達は、ほぼ全員死亡している。


 封じられた恨み辛みか、はたまた元から狂暴だったのかは知らないが、何としてでここで倒す他ない。


 阿修羅モドキの上の顔にある口腔から紅い灯りが見えた。

 火行云々を考える必要はない。

 火を吹けるのだろう事が予想できた。


 こんなものを解き放ち、尚且つ内密で処理しようとしていたなんて……。

 あの家は本当に、よくぞ毎回やらかしてくれるものだ。

 ここまでの実戦の経験はない彩里であるが、その心に諦めはない。

 それより何より、強い憤りがふつふつと煮え滾っている。


 負けて堪るか。

 あんな奴らの仕出かしに巻き込まれたくらいで、負けて堪るかとその火が衰えないからだ。

 無論、それでも頭の隅に命の危機は感じていた。

 だがそれでも、それでも決して心の芯は折れず、やれる事は全部やり切って前のめりに倒れる覚悟だけは持っていたのだ。

 無力さに歯噛みしながらもただ眼前の脅威に注視し続ける彩里。



 その時、声が



 否、言葉ではない伝達を感じたのだ。

 思わず「え?」と意識がに向いてしまう。

 無意識だったからか、或いは己の全霊気を知覚に集中させていた為であろうか、ほんの微かに。ほんの僅かにそれをしまった。



――バリキ、け!



 何かが投げ込まれた。

 神霊術に集中する摩耶は元より、指揮を執っている狩野の気付いてはいない。

 ただ一人、彩里だけが、その命令の意思、投げ込まれたがはっきりと目に見えた。


 それは鈍い銀色のカプセル。

 いや、昔懐かしいガラス製のバイアルアンプルの形をしている気がした。

 そう感じた次の瞬間、そのアンプルは光の渦を吐き出し、何かをこの場に出現させる。


「な、んだ?!」


 それは、巨人。

 身の丈5m以上ある鈍い銀色ガンメタルの鉄の巨人。

 人の形を模したそれだが、その両腕部と両脚部が太く逞しく、見るからに途轍もない重量があるだろう事を感じさせられる。

 しかしてその体躯の割に小さな頭部をしており、その顔に当たる部分にははっきりと目が、そして黒い瞳があった。

 一瞬、狩野達に目を向けたが、何をする事もなくすぐに式神の方に顔を向け、ビコンっと音を立てて目を光らせた。

 狩野達に背を向けたそれは、式神に立ちはだかるように身構える。

 いちいち、ジャキンッガキンッとメカメカしい音を立てながら……。


「ゴーレム、か? いやそれにしちゃあ、何かロボッぽい気が……。」


 狩野らの困惑なぞ見向きもせず、その鉄巨人は動きを見せた。


 否、命令が下った。


――行け、バリキ。

  あの白い鬼っぽいのをやっつけろ!



「え?」


 確かに命令をした。

 この伝達の主の姿はないが、何故か知っている気がする。

 しかし彼女の戸惑いの声は残念がら狩野達には届いていなかった。

 何しろ、


『Yes.Sir!!』


 という、巨人のやたらレトロ臭漂うザラザラした電子音声のアンサーバック返答により、何事か理解をする前にかき消されたのだから。



 ここに、

 式神VS鉄巨人ロボという、訳の分からない戦いが始まってしまうのだった。

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