第8話 下手な考え休むに似たり/思い立ったが吉日
使い魔や式神といったものは、古くから魔術師や陰陽術者の中ではわりと使われていた。
大まかにいうと
式神は識神ともいわれ、物の怪や神霊を使役して操るもので、神霊そのものや式札を依り代にしてものが一般に知られている。
無論、どちらも細かく分類できるものであるが、大雑把にいうとこのくらいだ。
というより、学義の知る範囲ではその程度だった。
何しろ知識の元になってるのがサブカルチャーと師匠からの伝聞。
見聞きせずとも色んな事ができるようなってしまった今、わざわざ一般生活に関わりのない、オカルティックなものをネットや図書館等で調べたとしてもハッキリ言って意味がない。
それに彼は魔術師やそれこそ魔法使いでもない、ま ほ う 使 い。
この世界の
下手に同様の手順を踏めば、どんな代物が体現してしまうか分かったものじゃないのである。
という訳で、こんな感じという、ニュアンスしかない術によって生み出される事となった。
この世界の術者が知れば、その非常識さのあまりに失神するかもしれない。
『役行者は夫婦の鬼神を連れておった。
ここは一つ、先代に肖り前鬼と後鬼を生み出してみるがよい』
という師からのアドバイスを思い出しつつイメージを固める事となった訳であるが……これがまた少々難しいものであった。
何しろ学義らの式神はイメージをそのまま確立させるというとんでもない力業。
例えば幼稚園児の落書きの図柄程度の想像力しかないのなら、輪郭がクレヨン描きじみたぼやけた立体物ができてしまう程ほど。
だがそこはそれ、学義は元々日本の高校生。サブカルチャーのデータはアホのようにある。
昨今はネットで3D動画すらぬるぬる動いているし、3Dプリンターの発達により、3Dデータまで比較的楽に手に入ってしまうので、それらを参考にする事も可能。
つまりそういったものを参考にすれば式神の器など簡単に生み出す事ができるという訳だ。
――なのだが、学義は直に見た物を思い浮かべる事は得意なのであるが、実際に目にしたもの以外を空想する事には明るくない……というより下手くそである。
実際、鬼などの立像データも沢山あったし、それらの寸法を2~3mに程に修正して形作らせる事は出来たのだが、出現した鬼神は確かに創造した寸法通りであったし細かい箇所まで正確に丁寧に作り出されている。
が、それは寸法を変えただけの、単なる立像だった。
創造できてはいるのだが、そうじゃない。そうじゃないんだ、と何度もトライするも像が並ぶだけ。
そりゃそうだろう。現実に動き回る鬼神なんぞ見た事が無いので想像し切れていないのだ。
諦めずトライ&エラーを繰り返したは良いが、ただただ立像が並ぶだけ。
都合、五百体ほどを並べ終わると流石に諦めがついた。
観光名所を作るりなんぞするつもりもないのに、五百羅漢ならぬ五百鬼神を生み出しただけで終わってしまった(因みに、作った像は勿体ないが分解した)。
という訳で、鬼は諦める事にする。
(すでに辞めたけど)人間、諦めが肝心だ。
煮詰まってしまった彼は、アイデアを求めて作業用の異界から現実世界に帰還し、部屋の本棚に目を向ける。
書籍から案をもらおうという算段だ。
だが、わりと沢山書籍が並んでいるが、悲しいかな半分はライトノベル。残り半分は雑誌やらで何かの専門書には程遠い。
大百科事典など持ってはいないし、あったとしてもそこかにら散見されるものは写真だけなので、基とするにはイメージが心もとない。
ライトノベルには使い魔の定番に、フェンリルとか竜が挙げられるし、魔物やら怪獣やらは映画の大作にもあるのでイメージし易いが、そんなものを使い魔にしたら大混乱必至だ。下手すると本物出ちゃうし。
だが、頭が煮えてくると多くの者は暴走しがちになるもの。
もっとこう、使い魔とか式神っぽくないけど、実は…的な何かがあるんじゃね? 等とトンチキな方向に思考がズレゆく。
その視線は、カラーボックスの上に置かれているものに止まった。
視線の先にあるのは、素組みのプラモデル。それも人型の。
お台場にある実物大のアレとかと似たような系列のものだ。
「これ、いいんじゃね?」
良くはない。全然良くない。
どこの世界に人型兵器のプラモデルを式神に使う者がいると言うのか。
しかし誰も止める者はいない。だからどうしようもない。
流石にここに置いてあるものをそのまま使用するのには気が引けたからか、積みプラの中を探してみるも、丁度見合うものが見当たらない。
スーパーディフォルメにはあった気がするが、そっちの趣味はなかったし、何より彼はいわゆる主人公機というものが好きではなく(例外:スーパーロボット)、量産機派なので買う気も起きない。
となると……。
「行くか」
財布をむんずと掴み、いざ模型店へと向かう事を決めた学義。
目的と手段がエラい置いてけ堀なように思えるのだが、やはりツッコミ不在の為、彼を止められはしないのだった。
街を行き交う人の波は、一昔前に比べると左程のものではない。
妙に世間が騒いだ感染症騒動の後、無意識にだろうか群衆を避ける傾向が少しばかり増えただけである。
そんな群衆に混じるように、目立たなうように歩く少女の姿があった。
彼女は、前方を歩く男女の片方、女性の方に目を向けたままずっとその背を追い続けている。
そんな少女に注意を向けていれば理解できたであろうが、眼鏡越しにでも分かるほど、真剣な眼差しで。
やがて前方の片方の男性が足を止め、やや強引に女性の手を引いて街角の奥へと進んでゆく。
人気のなさそうな五階建てのオフィスビルと、その隣にあるまだ営業時間ではないBARとの隙間に。
「対象が動きました。
予想通り、4区の巣に男性を惹き込みました」
状況が動いた瞬間、少女――彩里は喉元に隠してある咽頭マイクで報告した。
『了解。
対象、確保!』
同時に、清掃員に扮した女性職員らが、ただその業務を行う風を装ってすばやく現場に強襲を掛ける。
一見、市販の殺虫剤に似せたボンベからガスを噴霧し、ふらりと意識を失った男性被害者を保護し、対象から引きはがす。
すると、傍にいたごく普通の女性に見えてしまうものは、慌てるでもなくそのまま現場を去ろうとする。
しかしその速度は逃走というには余りに遅く、呆気なく職員らに取り押さえられてしまう。
三人がかりで押し倒し、その手に対象の感触が伝わると、職員らは声を出さず内心で「うへぇ…。」と零していた。
何しろ手に伝わる感触が女性の――いや、人間のそれではないのだ。
ゴムにも似たぐにゃりとした弾力。
見た目は女性のしっとりとした肌の様にみえるのだが、ぬるりとした粘液の感触すらある。
動きを封じられているというのに抵抗だけは見せているが、その足掻きは四肢をばたつかせる程度。
しかし余りにもしなやかに曲がり過ぎる手足は人のそれではなく、軟体動物の触手そのもの。
人型に見える分、四肢の動きは不自然極まりなく怖気すら走る。
例えるなら、人のテクスチャーを張り付けた上で、人の姿形に似せた大きい蛸。
職員の一人が、その人の形をした異形の物の頭部に、ペン型の無針注射器を押し当てノック部分を押すと、プシっとガス圧が掛かる音がして異形は声にならない絶叫を上げた。
一分近くのたうっていたが、やがてその頭頂部から白濁色の粘液を吹き出して動かなくなる。
人の姿をとっていたそれ、人間の女性の真似をしてを被害者を惹き入れていたそれ、
四肢を……いや、五肢を痙攣させて動かなくなると、文字通りそれは化けの皮が剥げた。
正体を見せたそれは、一メートルほどの大きさの肉色のポット。
そのポットに三本の足と一対の触手がくっ付いている。
ポットと形容しているのは、注ぎ口に似た器官があるのだか、その注ぎ口にあたる部分が口吻……口だ。
そしてこれは何なのかというと――。
「17時8分状況終了。
回収班と交代し、撤収」
「りょ。
うわっイカ臭っ。臭いが染みそう」
「馬鹿ね。マスク外すの早すぎるわよ」
やはり清掃業に扮した回収班も到着し、軽く任務の引継ぎを行ってすぐに女性職員たちは姿を消す。
そして引き継いだ回収班は。
「オェ……。
こりゃ多いな」
「ざっと見、被害者は二十人強ってとこか?」
「下手するともっと多いっスね」
丁寧にできるだけ粘液を攫い、痕跡を消し、回収した遺骸等を真空パック詰めにしてからゴミ袋に入れ、恰もゴミの回収業者の様に立ち去る。
それらを見届けていると、彩里のインカムに「ご苦労様。任務は終了よ」と通信が入り、ようやく彼女は緊張を解いた。
了解の意を告げてからイヤホンを耳から抜き、ネックバンドも外してポーチに入れて何事も無かったようにその場を後にする。
先ほどの被害者も朦朧としたまま病院に直行しているし、まぁ、後遺症の方は大丈夫だろう。
誘いに乗ったのは頂けないが、相手は化生なのだから抒情酌量の余地は…多少はあるかなぁ…とも思ってはいる。
女…それも少女の身としては嫌悪感は残るが。
夏休みが近寄ってきている七月の二週。
薄着が目立ち始めるこの時期に入って、既に五件もの同様の事件を抑えていた。
被害者は全て男性で、今回は現場に踏み込んだお陰で助かったものの、被害を受けた者は全員、酷く衰弱した姿で発見されている。
幸いにも死亡例こそ無かったが、それでも衰弱は著しい上に、例え回復しても記憶が欠損しているか、覚えている者は皆口が重く一向に調書が進まないのが大半であった。
尤も、その口の重さは犯罪に変わっているからなのだから当然なのだが。
彼らのほぼ全てがか弱そうな女性に襲い掛かった――と、記憶しているのだから。
この件に関わっている化生。
あの肉色のポットの正体は、現実界に現体を果たしたSuccubus……サキュバスの一体である。
サブカルチャーによって広く知られているそれは、手練手管で男性から精を搾り取る悪魔として認識されていのだが、その性質はどちらかというとギリシャ神話の怪物エンプーサだ。
本来のサキュバスは夢魔であり、夢の中に現れて精気を吸う悪魔とされている。
その名前に『寝台に横たわるもの』『横になって誘うもの』等の意味をもっており、その事からも分かるように、
強い精を求めているのに、押し倒される様な雄のものはあまり必要とされない訳であまり意味がない。
よってそれらは本能に根付く衝動が強い男性を幻惑し、女を思うがままにしているという妄想に浸り切っている男性から、口吻を使って精気ごと啜るのだ。
何しろ被害者らはこのバケモノに対して、理性が解けて襲ってしまう程の好みの女性像を見ているのだ。
そこまで誤認識させられるのだから、男からすれば堪ったものではない。
シチュエーションにしても捕食者側が考えてやる必要はない。被害者が勝手に妄想しているだけである。
サキュバスは薄明薄暮性で、夕暮れや明け方に巣からでて得物を求めて徘徊し、失触覚器官に獲物が引っかかるまで待つ。
その時に運悪く触覚に獲物が近寄ると、耐性のない一般人は直ぐに幻惑されてしまい、被害者は本能に直結する物語を妄想し、白昼夢の中で巣へと導かれてしまう。
被害者らは自分が人気のない場所に強引に誘っていた――つもりで、巣に惹き込まれているのだ。
因みに先ほどの男性被害者は、目に入った際に『女学生が万引きしているところ』というシチュエーションを体感している。
親や学校に黙っている代わりに……という、ありがちな案件だ。
本人は獲物にかぶりつく
巣に惹きずり込まれ、貪られる寸前だった訳だ。
はぁ、と彩里は小さく溜息を吐く。
男性不信になりそうだと。
今月に入って既に五体も始末している。
一体、男十人…いや、百人ほどは被害に遭っているのだろう。
何だかんだで退治できているのはまぁ良として、要はその被害者のほぼ全てが、一応の未遂ではあるとはいえ性犯罪者なのだから嫌になってくる。
確かに魅了の波動を受けて暴走させられたのだから、抒情酌量の余地は……まぁ、あるかもしれない。
霊的感覚に優れた者や、自分の様に見鬼に秀でた者でなければ、そこらの術者とてそう見分けがつくものではないし一般人なら尚更だ。仕方がないのは分かってはいる。
いるのだが――納得と感情は別問題な訳で、彼女自身がまだ十代の少女なのだから多少なりとも嫌悪を持ってしまうのは当然と言えよう。
それにしても、この歳で『男って…』と、幻滅させられてしまう環境は頂けない。
何しろ性犯罪者予備軍を守って救って、自動痴漢撲滅生物を退治しているのだし。
「報告書書いて、提出して……。
あぁ、また七時帰宅かぁ」
学業の方は……まぁ、悪い方ではないが良い方ではない為、現状のままでは余り宜しくない。
だが、気の所為か怪異事件が増えてきているように感じている。
それを証明するかのように彼女の負担は徐々に増えてきていた。
自身が見鬼に優れてしまっている事も自覚している為、流石にこんな状況下で全てほったらかしにして学業に向かえる自信はない。
期末、評価点下がったのになぁ……。
実のところ、彼女の通っている芦原高等学校は《特殊現象対策局》を始めとした政府機関や、陰陽術師に連なる家の者がそこそこ通っている。
流石に
彩里自身も、陰陽師の家系なのだし。家系の根の端も端だが。
だから、こういった任務で手の足りない時に駆り出される際には、出席時間などにもけっこうお目こぼしをもらってはいる。
しかし如何せん、試験の点数といった成績にまでは下駄はくれないのだ。
それでも、非常時には最前線で戦わされる可能性もある、本家筋の戦闘術者に比べればはるかにマシなのであるが。
それでも、
それでも世間一般の、いわゆる民間人に比べれば気苦労が多いのも事実。
何しろ見鬼の能力がある彩里は、進路すら
成績が下がった事もあって、気落ちしていた彼女であったが、
ふと、前方を駆けている少年の姿が目に留まった。
「あの人……。」
名の知られた量販店のレジ袋に包まれた箱を小脇に抱え、まだまだ陽は高く暑さが残る夕暮れの街を走る彼。
あの色々と問題を残した異世界召喚等という、馬鹿げた災害の間接的被害者の一人であり、自分の通っている高校に転入する事となった生徒。
余りに没個性であるというのに、何故か記憶の隅に引っかかっていた少年。
何とになく目で追ってしまったが、直ぐにまだ報告書を整えなければならない事を思い出し、視線を外して歩みを再開した。
――しかし、何故か頭の端に引っかかったものがとれない。
それが何なのか中々ピンとこなかったが、支部に到着した辺りでようやく気が付いた。
普通の人間なら多少は陰の気を持ち合わせているのであるが、彼から陰の気がほとんど感じられなかったという事に――
例えるなら、五穀断ちをしている修行僧レベルだ。
あの一件の余波というのもおかしいし、何より局の医療班による調査でも異常なしであった為に、他の生徒らと同様の処置を行って日常に紛れさせた筈。
だというのに、あの『普通過ぎる空気を纏った清浄』は明らかに奇妙である。
尤も、気質的に陰の気が少ない者もいない訳ではない。
彼女の知っている範囲でも二三人は上げる事ができる。
が、その人間は全て術師の家系だ。
「彼も術師の家系なのかな? そんな感じにも思えないけど……。」
兎も角、報告書を提出する事が先である。
今日もまた
そのついでに、彼の家系図も調べてみる事にした。
施設の端末は、市役所の戸籍の閲覧できるようになっている。
プライバシーもへったくれもないシステムだが、彼女は調査任務がメインであり、調査名目ならば一部の閲覧を許可されていた。
無論、許可が下りる対象のレベルはあり、ある程度の地位かも管理クラスを所持していなければ、触れる事すら報告されるものもあるので注意は欠かせないが。
幸いにして件の少年は対象外であった。
学校の転入記録から改変済みの物を抜粋。
流石に名前までは憶えていなかったので、その生徒達の中から、男子生徒に絞って、顔写真を確認。
割とすぐに対象を見つけ出す。
「えっと、同級生か。
彼女は、その名前をクリックして、戸籍謄本閲覧を開始した。
――これが彼女の、異なる世界への第一歩である。
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