第6話 一寸先は闇/故郷忘じ難し


 色々と頭の痛い話であったが、一応は納得できた。

 念の為に局側の学者に仮説として聞いてみる必要はあるが、果たしてまともに考えて答えてくれるかどうか……いや、それ以前に上手く伝えられるのか。


 形だけのようにも思えるが、一応の納得を見せる面々。

 憮然とした顔が戻らないのは見逃してほしい。


「生徒達に何かしらの後遺症……。

 先ほどきみが言っていたような突然変異の症状が現れる可能性はあるのかね?」


――現時点では無いです。

  尤も、こちらの世界で怪異事件に巻き込まれたりした際に、生存本能が刺激され

  て何かしらの霊的な能力に目覚める事はあるかもしれませんが。


「ああ、それは……。」


 この界隈オカルトでは事象だな、と狩野は納得した。

 一般人が強い霊圧を受けると、その魂を構成する霊基が反応して最善を求める。結果、生き足掻こうと何かしらの能力に目覚めるケースがあるのだ。

 尤も、ゼロではないが多くもないという頻度で、正に『稀によくある』であった。


 とりあえずはこれで終わりか、と狩野は肩から力を抜ける。

 無理もない。

 魔法使いを自称する以上、そして姿を現さず会話だけを交わせるような馬鹿げた実力者であるのだから、どうあっても不安が残る。

 疑い過ぎて余りある存在なのだ。特に魔術師というものは。

 すべを得る為に倫理を置き去りにしている者が大半なのだから。

 飽く迄もこちらの常識に合わせてくれている分、声の主がマシというだけである。


「情報、感謝する。

 全てを信用するのは難しいが、幾分かは納得できたよ」


――そう言っていただけるだけありがたいです。


 流れ的にはここで終わりになりそうなものだが、熊雄は一拍挟んで、しかし…と繋げた。


とは一体何なのか、教えてもらえるかね?」


 他の二人もその質問を聞いてハッとした。

 そう言えば、穴が重なった事による偶発的な事故であるように語られていたではないか。

 となると、開いている穴がにある、という事に他ならない。

 理屈から言えば、あの高校の付近という可能性が高いのだが。


――はい。

  実は今回直接お話したかった二つ目の事がそれなんですが。



 少し、言い辛そうにしている気がした。

 だからこそ、嫌な予感が湧き上がる。

 聞きたくない、しかし聞かなければならないという予感が。



――こちらの世界に張られていた神様の結界に風穴が開けられてまして……。

  その穴から遺失元素がなだれ込んでおります。


  そして概念の一つが消し飛ばされておりまして、それにより、このままでは半世

  紀以内に文明が崩壊してしまうかと。



「……は?」



 また、男達の目が点になった。





 この世界にも神はいた。

 この世界にも、神は、実在していた。

 その事は裏の神学を嗜む者ならばよく理解しているし、所謂オーパーツ的なモノも実際に世界中で様々な物が発見されているし、モ厳重に秘匿もされている。


 神々とはそれほど身近なものだったらしいのだ。太古では。


 だが、大きな寵愛を受けたヒトはそれを当然だと思うようになり、少しでも神に近づこうと何かしらの事を…禁忌を侵して神を怒らせてしまう。

 結果、大神がこの世界を離れ、他の神々もまた徐々に地を離れていき、ついに神霊だけ残るようになってしまったという。

 その際、大地を去った自分らに縋ろうと思わないように、大神は大きな結界で世界を覆った。


――というのが、神霊に聞いたあらましです。

  神霊達が揃ってと表現してましたので、千年や二千年じゃあすまない

  かと。


「いや、そんな事はどうでもいい。

 文明が崩壊? その穴が拙いのか?!」


 声の主を遮るように狩野がいきり立つ。

 焦る気も分からなくはないが、とりあえず落ち着けと局長が手で制する。


「すまない。続きを」


――はい。

  問題は、つい最近までこの世界に、どこか別の世界の神様が生まれ変わって生活

  してたという事なんです。


 また、三人が絶句した。

 無理もない。

 夢物語というか妄想めいた話が続けば誰だって言葉を失う。

 そしてそれらの話にある程度の説得力があるのだから性質が悪い。


――そしてその…おそらく何度目かの転生で一般人として生きてたらしいんですけ

  が……。

  どーも、誰かに殺されたっぽいんです。それも無意味に。


 つっ込みどころだらけの話であるが、その中で聞き逃せない物があった。

 殺人――というだけなら別に珍しくもない事件だ。

 悲しいかな飛び抜けて平和な日本ですら、無差別殺人が起こるくらいである。

 何しろ日本でも、平均で一日一件は殺人事件が起きているのだから。


 しかし、仮にも神が転生していて、只人によって殺害されていた?

 何故神が、何の為に、生まれ変わる? それもよりにもよってこの世界に? 次々と大きな疑問が湧き続ける。

 余りの連続的な問題に頭が痛む。わんわんと耳鳴りすら覚えるほど。

 大体、何が楽しくてわざわざ異世界の輪廻の輪に混じり込んだのか等、意味が分からないし理解も出来ない。


 だが、情報の提供者はその疑問に対する問いを掛けるよりも前に、続きを話してしまう。


――それで、ですね。

  鉄砲なんて殺生以外使い物にならない代物で殺害されたという事に、その神様の

  眷属が激怒したらしくて……。

  当事者を死んだ方が救いのような状態にした挙句、この世界にあった鉄砲の発

  祥、発明という箇所。

  そこの部分を消し飛ばして、にしてしまったんです。


「それ、が……?」


 どうしたんだ、と問い返す直前、頭の中で文明崩壊という言葉が直結した。

 まさか、無かった事にされたらそこから派生したものは――


――お気付きの様に、鉄砲を使って開拓した事や、戦争に勝って行った事。そしてそ

  こから発展してきた近代兵器とかの歴史が連鎖的に崩壊していきます。

  近代戦術やら戦争で行われてきた行為が空振りになって、銃の発生から今まで築

  き上げてきたものが軒並み使えなくなります。

 

 過去にあったはずの出発点が無くなったのだから、走ってきたという過程もなくなる。

 しかし、今現在というがある以上、走ってきた過程が無いという大きな矛盾が発生してしまう。

 世界は、という矛盾の対価を、使として無理矢理埋めるべく支払う事としたらしい。


 人間社会は、何だかんだで火器の発展を軸にして広がっている。

 その始まりを消された以上、ドミノ倒しに文明そのものが使用不可になっていく事になってしまう。


 まだ人類は気付いていないが、歴史の書物等のにこそ記録は残っているが、発明されたという地球の記憶には穴が開いている。

 既に鉄砲が発明されたという歴史はフィクション作り話と化しているのだ。

 

 このままであれば、そこから発展してきた狩猟は勿論、侵略や開拓、戦争にまで及び、全て作り話と化し、最悪、一切合切の道具が使用不可となり数年を待たずして人類は破滅の道に突き進むだろう。


――勿論、すぐ信用してくれとは言いません。

  ですが簡単な実験ですぐに確認できる筈です。

  今はわたしが何とか押し止めてますが、既に矛盾による崩壊は先込め式の鉄砲…

  火縄銃等に及んでいます。

  種子島は間違いなく使用できなくなっているでしょう。


 熊雄ですら苦悶し、顔を両の手で覆った。

 言葉を受けてすぐに真田は、顔色を変えタブレットを使って研究棟に指示を送っている。無論、実証の為だろう。

 狩野はただ絶句するのみ。

 未だ前線の人間であり、作戦指揮の元、命令を受け、指示を出して進む現場人間なのだ。

 如何なる怪異を相手にしようと怯まず戦い、市民を守る仕事一本の男であるが、流石にこんな話は荷が重すぎる。


――それも問題ですが、この大地……というか、このに今まで掛けられていた結

  界に風穴が開けられているのも大問題なんです。

  何しろ長い間結界に遮られて補給されなかったモノ、いわゆる架空物質と言われ

  ているマナとかエーテルとか言われているが雪崩れ込んででいる事です。

 

  つまり、が復活しつつあるんです。


 三人の息が詰まった。

 彼らは直ぐにこの場合のエーテルが、化学物質における有機化合物のそれではなく、失われて久しい第五元素の事だとすぐに理解している。

 できいるのだが、それがどういうものであるのかは想像の域を出ない。

 しかし、神秘と言われれば否が応でもぴんときてしまう。


「……まさか、いずれ大妖や大異変が起こると?」


――おそらく。

  日本なら妖怪、海外なら魔物が再生されたりすると思われます。

  それも神話級のものが。

  

「何てこった……。」


 今現在ですら、都会の陰に瘴気が溜まり怪異が発生する事件が起こっているというのに、怪異事件が多発するというのだ。

 それも発生する事態が更に悪化して。

 声の主は否定してくれなかったので妖が復活する可能性は非常に高い。

 となると、いざ事件が起こった場合、情報封鎖の難易度が跳ね上がる。


 もし仮に、『三宅山の大百足』といったものまで復活したらどうすればよいのか。

 何しろ三宅山を七巻きもしていた巨体。もはや怪獣映画の粋だ。


 しかし、備えようにも流石に証拠が無さ過ぎる。

 いや仮に提出できたとしても、どうやってを納得させられるというのか。

 それに組織というものは切羽詰まらないと素早く動けない。

 提出した証拠が信用できればできるほど、無駄に時間だけを消費させられてしまうのがオチだ。

 一体どうすれば良いというのか。


――一応、その結界に穴が開いているという話は神様に伝わっているらしくて、その

  事態を重んじて戻って来られるそうですよ?

  神霊達の話では凡そ百年ほどかかるそうですが。


「それは……。」


 良い話、なのだろうか?

 神々が帰還する。何とかしてくれる。そこまではいい。


 しかし、神だ?


 情報提供者にそう問う事が出来なかった。

 怖いからだ。

 どの神か、どの神話の神か、或いは全てか。


 世界中に残る神話は多い。神々の戦いも。

 確かに狂喜乱舞する信者はいるだろう。狂信者なんぞどこにでも湧く。

 妄言で人心を惑わすカルト教団等にとっては、実際の神の帰還など迷惑極まりないだろうが。


 しかし、現実に神が帰還する。となると人々はどうする。

 今まで世界政府がおとぎ話や神話として封じてきた史実が、現実として表に出るのだ。

 神々や妖怪、悪魔といったおとぎ話が、ほぼ史実だと思い知らされたら……。


 そもそも、人類にとって都合の良い神はいない。

 神々は神々の都合で動く。

 よって神々の慈悲とやらがどんな形になるのか見当もつかない。


 その時が来た時、人々はどうなっているだろう。

 人類が抱え込まされる不安、起こるだろう混乱、騒動は測りし得ない。

 何しろ話された事が本当なら、その頃には文明の利器はほぼ役立たずになっているだろうから。


 やっぱりこいつは術師だ、と八つ当たり気味に狩野は思った。

 何だかんだで人心を惑わす。そこに善意あれ好意であれ、善性でもって社会をかき回す。

 善意で奇跡を起こし、意図せず縋らせる輩のそれだ。

 だから、自分は魔術師の類が嫌いなのである。


 そんな彼の心情を知ってか知らずか、声の主は続ける。


――このままなら四半世紀と待たずして文明の利器は完全に使用不能でしょうが、そ

  の速度を百年……。

  いえ、神様が帰還するであろう時までは何とか引き延ばします。

  流石に押し寄せてくる時間の波が相手ですので完璧に押し止める事は出来ません

  が、崩れる速度だけは落とせます。

  最低でも、崩れ去る最後のドミノがこの国にするくらいなら何とか。



 それは――願ってもない言葉だ。


 件の神々が人類にどこまで慈悲をくださるかは不明であるし、完全に当てにもできないが希望的観測の欠片にはなる。

 流石に50年で壊滅と言われればどう足掻いても絶望だが、心身的支柱の存在がいるかいないかで大きく変わってくる。

 最悪、狩猟民族レベルまで文明が後退する可能性があるが、それでも情報を集め、証拠を集め、伝手を回し、環境を整える隙間は何とかできる、はずだ。

 やって見せると啖呵を切れる程の時間あっての事なのであるが。


 しかし、意外ともいえる。

 それほど余計なおせっかいとしか思えない。

 何かしらのメリットがあるというのか。

 或いは――


「……それは、善意かね?」


 熊雄は机に肘を置き、指を組んでそう問う。

 やはり不安は残るのだから。


――まさか。

  損得勘定ですよ。

  それに発生するだろう怪異事件にまでは手を貸せませんし。


 それでもあるか無いかでは大違いだ。

 何しろ他国に先んじて手を打てるのだから。

 国益、という観念から見て、一年一日早いだけで大きく変わる。

 ある日突然、近代武器の全てが使用不能となり、文明の利器が失われれば国としての形すら保てないのだから。


「……対価は?」


 熊雄が問う。

 局長として、というより日本国の代表としてという意味合いが強いが、退く訳にはいかないのだから。



――

  

  皆さんは独力で高校の事件の調査を終了させ、その時に世界の変異の一端に気付

  いた――という話になってくれたらいいなぁと。



 それは……。

 こちらにとって都合が良い話であり、《特定現象対策局》側に、引いては日本国にとって都合が良過ぎる話である。

 受け入れがたい内容ではあるが、局長として納得できるものは得られた。後はどうとでもなる。

 書類上で納得できる成果だけ上に回せばよいだけ。

 重箱の隅をつつくような輩もいないではないが、揚げ足を躱す術など嫌という身に着けさせられている。大した手間ではない。

 だからこそ余計に気になるのだが、


――わたしのような ま ほ う 使 い はこの世界に不要なんですよ。

  とてつもなくインチキで、存在自体がイカサマなんで。


 そう言葉が続く。


――今回接触させていただいたのは、師匠から迷惑をかけたから出来るだけ気を使っ

  てやってくれ言われていたからです。

  でなければ、こんな馬鹿げた未来を伝えて皆さんに混乱を与えたりしませんよ。


 何しろ世界の概念が崩壊していくのを秘密裏に停滞させ、身内全員が没するまで知らぬ存ぜぬを貫き通しても良かったのだ。


 しかし、この世界の術師達を視てしまった。

 デタラメな存在になってしまってから、市民の安全の為に怪異調査に飛び込んでしまう少女を、

 彼女が所属している組織にいた、真っ当に修行している術師らを。


――術者の皆さんは一生懸命修行して、自分を技を磨いて頂に向かう。

  持ち前の才能の差は出るでしょうけど、それでも自身の魔力やら精神力やらの代

  償を払ってるわけですよね?


  それら負担を一切なく何でもかんでもできる奴なんて、存在するだけで心を歪ま

  せると思いませんか?


  本人の才能や、努力と全く関係のない、でしか届かない異形の立ち位置。

  六面の賽子を一つ振って、百の目を出すような論外の異物。


  わたしたち ま ほ う 使 い は、何でも出来ます。

  皆さんが危惧する怪異を起こす事も、解決する事も、安易に。

 

  こんなヤツは邪魔なんですよ。

  神様より身近で

  人の世にとっても、世界のことわりにとっても――



 情報提供者は、まるで吐き捨てるように、そう答えた。






 あの後、零した愚痴の勢いのまま、あの場とこの部屋と交差する音を切った。

 一応の説明はしたし、もういいかなーと。

 

 話を全面に信用してくれたかどうか知らん。

 役目は果たしたんだ。疲れたわバーロー。

 そう呟いて学義は椅子に背を預けた。

 

 本音として、未熟さを吐露してしまったような結果を反省している。

 何しろ後半はかなりぶっちゃけてしまったからだ。


 何でもかんでもできるようになった、という不満を吐き出してしまったのは、流石に恥ずかしい。

 はっきり言って愚痴を含んだ無意味な八つ当たりだ。

 自分の事を"わたし"と騙ったのも今になって地味にキいてくる。イタイイタイ心が痛い。

 厨二病の後遺症がこんな感じか、と地味に悶えていた。


 ふと、机の上に意識を戻し、出しっぱなしの答案――出されていた課題を仕上げにシャーペンを手にする。

 無論、左程の手間ではない。科学Ⅱだったので尚更だ。

 ちょっと前まで並列思考でうんうん唸る羽目になっていたが、要は使わないよう封じるだけで良かったのだと後で気付いて軽く凹んだ。


 今では以前の様に普通に頭を使えるから楽しい。尤も、かなり要領が良くなっているが。

 世界平和より、まず学校の課題が立ち塞がるのは如何なものだろうという気がしないでもないが、実のところ世界に伸し掛かるであろう《矛盾崩壊》は片手間で抑えられる。

 修復こそできないものの、抑えるだけなら本当に楽なのだ。


 無論、時の流れは積み重なってゆくもので、簡単な切欠によって一瞬で全体がほころぶ可能性だってゼロではない。

 しかし今の生活は、ただの一般人である加賀 学義としての人生は何物にも代えられないもの大切なものだ。

 それを守る為には躊躇したりはしない。



「兄さん、課題終わった?

 夕飯できたよ」

「丁度終わったとこ。

 今晩は何?」

「天ざるとカツ重プラスお吸い物」

「揚げ物重なるの重くない?

 つか、なんでそこまで麺類に拘るの?!」




 ま ほ う 使 い となった以上、としてのが何より大切なのだから。


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