第4話 荒唐無稽/証拠歴然


 雨宮あまみや 彩里いろりという少女は、《特定現象対策局》に属している末端の職員である。

 今年で17になるという若輩も若輩であるが、特定現象――怪異、あやかしの類が相手となると学歴や資格云々と言っていられない。

 何よりも本人の才能と経験がモノをいう世界なのである。


 確かにいざ白兵戦ともなると自衛隊や警察官は元より、そこらの学校の運動部員にすらあっさりと負けてしまうであろう彼女であるが、彼女には怪異に対抗する為に発展し続けている最新の機器にも劣らない能力があった。


 それが《見鬼》。

 霊的な存在を感じ取ったり、特定の霊体反応の様子を窺い、その大体の能力を知る事ができる貴重な能力だ。

 何処の国でも国防の一つとして、K.SKirlian Sensor……所謂、霊体反応感知器は開発されてはいるのだが、どうしても生体にも反応をしてしまう為に要所に設置するか、個人に対しての異常反応検査と仕様が限られてしまっている。

 尤も、等は反応が特殊なのでそう難しい事はないのだが、そんなものがホイホイ反応される世界ではない為、そちら方面の開発は鈍い。


 兎も角、そういった事から彩里は貴重な哨戒要員としてここ芦原支部でもそれと知られている少女であった。


 そんな彼女から――


「アポイント、なぁ……。」


 助けてもらった術師から接触を持ちかけられたと言われれば変な顔にもなろうというもの。

 実際、直属の上司である狩野かのう 光弘みつひろも悩んでいるような呆れている様な不思議な表情を見せている。


「はぁ、スミマセン」


 彩里からすれば頭を下げる事しかできない。


「ああ、いや、別にお前にそう非は無いんだ。

 本当に運が悪かっただけだしな。

 異変に気付いた時点で報告を…と言いたいが、今の状況下じゃあ確かな証拠が無い限り対応してくれないだろうしな」

「はぁ」


 例の学校異変は未だに尾を引いている。

 その捜査も完全に手詰まりで、迷宮入りしてしまうのは目に見えているのだが、それでも地道に続けられてはいた。

 要は手勢が足りていないのだ。

 一応、件の現場に彩里も送られた事はあるが、何をどう見ても痕跡すら残っていないというしか確認できなかったが。


「……んで、その怪しい術師は何の話をしたいんだって?」


 狩野が顎に残る無精髭を撫でながら続きを促す。

 口調はややならず者風だが、こう見えて義理堅く世話焼きなので部下からの信頼も厚い。だからこそ彼女も狩野を当てにしたのだ。


「それがどうも……例の学校事変の件らしくて」

「それはまた――」


 都合が良すぎるな。と彼は感じた。

 年齢より一回りは若く見える狩野だが、これでも四十年近く怪異を相手にしている。

 霊的存在は勿論、中には性質の悪い魔術師や、陰陽術師、呪術師もいた。

 だからこそ術師を相手にする時は何時用以上に言葉…特ににも気を遣わねばならない。

 下手をすると何時の間にか契約を交わされた、なんて事になりかねないのだ。

 例えるなら悪魔を相手に内容を巡った舌戦を行うようなものだろう。


 そんな厄介極まる相手に、彩里の様な年若い少女が言葉で優位に立てるとは思っていない。

 それに彼女はこういった世界にいるのが不思議なくらい真っ当な性格をしている。相手の言葉の隙を突くなど土台無理な話というもの。

 下手をすると、今回の起こった怪異の件すら自作自演マッチポンプの可能性だってあるのだ。


「上に掛け合う…ってのは、無理だな。

 オレなら兎も角、上に直接持って行くのには物的証拠が無いと話にならん」

「で、ですよねぇ~」


 彼女も最初から期待はしていなかったのだろう、別段驚いた風もない。

 とはいえ、折角何かしらの手掛かりが掴めそうなのにそのまま手を拱いているのも……。


「まず、オレが会ってみるのが一番なんだが」

「それは、確かに……。」


 では、どうやってコンタクトをとるんだ? という話になるのだが、ここに来て彼女の顔から血の気が引く。

 そう言えば連絡方法など聞いていないではないか。

 彩里の顔色が悪くなったのを見、凡その見当がついた狩野は、お前なぁと愚痴を零しかけた。


 その時、



――感謝します。



 二人の耳に、声が、聞こえた。

 驚き振り返る彩里。しかし誰もいない。

 狩野は既に席から飛び起きて懐に手を入れて周囲を窺っているがやはり誰の姿もない。

 二十畳程度の支部長室。

 ファイリングされた書類が納められている棚が三つ。

 専門書籍の棚と、殺風景だからと置かれた観葉植物のフィカス・アルテシマ鉢が一つ。

 壁にはよく分からない抽象的なイラストの入った額縁。

 サンシェードが下りっぱなしの窓。

 執務机に専用の端末PCとモニターが二つ。

 そして彼が座っていた椅子。

 狩野と彩里の二人。

 部屋にあるのはこれだけだ。


 しかし彼女の目にも異変は映らず、彼の勘にも掛からない。

 声だけが聞こえるという怪異な事が確かに起こっていた。


――あ、あれ?

  不用意に声を掛けたのが拙かったですか?

  すみません……こういった世界のやり取りに疎いもので……。


 声の主は意外なほど慌てた風である。

 こういった輩のもつ蔑み交じりとかそういったものではなく、本当に歩み寄ろうとしているらしい。


 術師がか? と狩野は訝しんだ。


 彼の経験上、そういった術師はほぼいない。

 多かれ少なかれ、術師は研錬してきた術は己の技量に誇りを持っており、外道に陥るのはそこから外れる為だ。

 だから、驕るか逆に極端に卑屈になるかの二択なのだが……。

 何というか……一般人が話しかけてきた感がもの凄い。


 しかし、油断はできない。

 何しろ声が聞こえはしたが言語が分からなかった。

 意味ははっきりと分かるのだが、言語が分からない。そして発せられた方向も。

 こんな不可思議な事は奴ら特有のものだ。


――あ、一応申し上げておきますが、そちらの場所にはわたしはいません。

  こちら言葉がそちらに伝わるようにしただけですので。


「伝達系の魔法か?」


 思わずそう口に出たが、相手からは虚を突かれたような奇妙な声がした。


――は? あ、いえ、こんな事に魔法使いませんよ。

  こちらの言葉がそちらに伝わる可能性を九割に引き上げただけだけですので。


「……何て?」


 今度はこちらが虚を突かれた。

 意味が分からない。自分らが知る術理と違う。そんな気すら湧いてくる。



――あ、兎も角、自己紹介が遅れ申し訳ありません。


  ぼ…いや、わたしは新規の ま ほ う 使 い です。


  魔法名はまだですので他に名乗りようがないと、先に申し上げておきます。



 相手は想像するより、いや、二人が知る術師と全く違った接し方に、人物像を掴みかねてしまった。









「………………マジでそれが理由なのか?」


 話を聞き終えると、重ったるい空気の中、狩野の口からやっと出たのはそんな言葉だった。


「…………いや、いやいやいや、噓でしょそれ?

 そんなラノベじゃあるまいし……。」


 彩里からはそんな反応が上がる。



――いやぁ、申し訳ありませんが事実なんですわ。

  師匠からしてみれば最悪の事態は抑え込みましたから、めでたしめでたしで終っ

  た程度だと……。

  まさか何時までも何時までも原因追求と皆が皆して苦労しっぱなしになるとは想

  像も端にも無かったようで。



「そりゃ想像もできんわこんな与太話」


――真にもって御尤もです。


「……。」


 彼女も言葉が出ない。

 そんな馬鹿な話が……。

 そんな馬鹿げた夢物語、


 なんぞ誰が信じるというのだ。



――詳しい事をお伝えしようにも何しろこちら世界の事情なぞ存じませんし、

  何よりも信用がからっきしありません。

  局長さんのところに直接赴いて、というのも失礼でしょうから支部の方に接触

  を……と探していたところ、あの何かしらんモノに彼女を見つけまし

  て。


「え゛? わ、私は襲われたから防御したんだけど?!」


――え?

「え?」



――いや、いやいやいや、あの方、ずっと声かけてましたよね?

  『カナヤコ様ノ許シヲ得テキタノカ』って?



「ふぁ?」

「カナヤコ……ああ、鍛冶の神の……。

 って事は、まさかあの怪異の正体は審神者さにわか?!」


 流石に彩里は知らなかったようだが、狩野は直ぐに知識から結びついた。

 サブカルチャーとして広く伝わってしまっている審神者さにわであるが、本来は神託を受け神意を授ける者を指す。

 また、音を奏でて神霊をその身に宿すという降霊の要でもある。

 

 カナヤコ神、金山神は天目一箇神あめのまひとつのかみど同一神ともされている鍛冶の神で、主に中国地方を中心に鍛冶屋で祭られていた。

 高天原から雨乞いをしている声に応えて天下り、西方に渡った後に各地で自らを村下(今でいう鍛冶技師長)として指導を行っていたという。


 特徴として、麻と葛と犬を嫌い、藤と蜜柑の木を好む他、死を好むため死体を吊るせば鉄が大量にとれたなど物騒な物まである。

 そしてその逸話の中に、『女を極端に嫌う』というものがあった。


 後の調査で、あの住宅地の奥にえらく寂れた小さな祠が発見されており、その中に何かしらの御神体が置かれていたであろう跡もあった。

 追跡調査により、あの辺りに小さな鍛冶場があったらしいのだが、鉄が取れなくなって二百年ほど前に閉山されたらしい事が分かった。

 が、規模こそ小さかったものの、結構な数のが打たれていたようで、無銘であったようだがそこそこ人手に渡っていたらしい。

 となると贄も必要とされた訳で……かなり陰の気を吸っていた可能性が高い。

 そんな山の御神体であるからか、きちんと儀式をして本殿に運ばせたとあった。

 その際に山の門番も任を解かれとあるのだが……どうも封じられていたらしい。


 成程、確かにあの怪異の姿は山の生き物のことわりであり、山の巫女だと納得できた。

 女を極端に嫌うのは、自分も女性であり嫉妬から他の女を嫌うからという説がある。

 幸いにも彩里ははっきりと目にしていないが、その顔部がかなりており、下半身が蟋蟀であるというのも、女人性の否定から来るものだろう。

 審神者さにわ…巫女であり、奏でる虫。

 恐らくあの時の超音階は、神域に勝手に踏み込んだ事に対する怒鳴り声に当たるのだろう


 一応、念の為にアレを解き放ったりしてないか? と聞くが。


――してません。

  他人様に迷惑を掛けたりするつもりはありませんし、そこまで性根を腐らせた覚

  えはないです。


 という言葉が返ってきた。

 今一つ信用はできないのだが、何というか……この魔法使いとやらには、奴らが持っている灰汁に似た濁りが感じられない。

 言ってしまえば、術師特有のが無いのだ。


 確かに、あの怪異は身動きをとれない状態のまま、あっさりとこちらの流儀に沿った処置を任せてもらっいる。

 木門の行で本当にあっさりと封印できた。

 それにアレが解き放たれたであろう、枯れた木も調査は終えており、出現してから二か月は経過しているだろうと一応の結果が出ている。


 二か月以上も何故存在が知られていなかったのも単純な話だ。

 まず、あんな奥に行く理由はない。

 犬の散歩等でも、ダニやらを媒介とする病気を気にする昨今の愛犬家が好き好んで連れて行こうとは思わないだろうし、虫刺されを特に気にす近年の若者が、好き好んであんな鬱蒼とした茂みに近寄る訳が無いのだ。


 彩里の見鬼に今までかからなかったのも本当に間が悪かったとしか言えない。

 彼女は春から最近まで、別件でこの支部に直行していたし、何より件の対象がずっと気配を出しっぱなしにしていた訳ではないだろう。


 偶々。

 本当に偶々、あの怪異が鳴いていた時に彼女がそれを察知して確認に赴いてしまったのだ。


 が、あの場に。


「言われてみれば納得できる点も多い。

 神話では審神者 さにわが神楽を奏でて神託を乞うとされてるしな。

 それに蟋蟀コオロギは『奏で鳴く虫』の総称だ。

 神楽…つまり鳴いて不在の神に問い続けていた時に、よりにもよって女が踏み込んできたら、そりゃ審神者としたら問い詰めに来るわな」


「ひゃあ……。」

――なるほど……。


 と、自分の間の悪さに声を漏らす彩里と、納得をする姿なき声。


「何であんたまで感心するんだよ」


――いえ自分、知らない事や気付かない事って多いものでして。

  専門家のお話ってためになるんですよ。


 コイツ本当に術師か? とますます疑問が湧いてくる狩野。

 既に落ち着いて椅子にも腰を下ろしているし、対話も出来ている。相手の姿は見えないものの、少なくとも意思疎通ができる事は間違いないだろう。

 特有の、言葉は交わせるが意思疎通ができない、というものではないと確信できていた。


――ええと、それで本題なんですが、詳細をその…局長さんに直接伝えなければなら

  ないと思うんですけど、何しろ伝手が全く無い状態ですので、間に入っていただ

  けたらと思いまして……。

  如何でしょうか?


「あの与太話をか……。」

――ええ。あの誇大妄想家の与太話じみたを、です。


 狩野は諦めた様な顔をして天を仰ぐ。

 無論。目に入るのは天井照明の無機質なLED光だ。

 現実逃避しても何一つ解決にならないし、何より局長も後を引きずり続けるだろう。

 局長は、良い意味で慎重な人物のだが、その慎重さが悪い意味で後々まで響くタイプだ。

 だから悲しいかな答えは一つしかない。


「伝える事は確かに可能だが、与太話にしても証拠がいるぞ」


 狩野は、そう口を開いた。


――勿論です。


 その声の主は当然ですと言わんばかりに言葉を続けた。




――それで、をお出しすればよろしいでしょうか?




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