第2話 隠れ蓑にする/隠すより現る


 役行者えんのぎょうじゃ、或いは役優婆塞えんのうばそくとは、飛鳥時代に実在したとされる呪術者である。


 実在されているとはあるが生没年は不詳で、人物像もあまり明確ではなく後世に残る伝説のものが大きい。

 特に前鬼と後鬼という夫婦の鬼を弟子にしていたとされているのは有名な話だ。

 多くの修験場でも役行者を開祖とされていたり、修業を行った跡地とされるほど後世に名を残している。


 何しろ実在はしていようなのだが資料が少ない。

 居たと痕跡は無きにしも非ずなのであるが、大半が民話の態を曝していてそこから推理してゆかねばならない有様。

 実際、真面目に研究している者は少ない。

 

 しかし、どんなクソ確率かは知らないが、そんなものの二代目というレッテルをいきなり貼り付けられても、正直反応に困る。

 何しろ彼は『役行者』という名前すら知らなかったのだし。


 加賀かが 学義まさよしは、何処にでもいるごく一般的な高校生だった。

 身長にしろギリ180㎝と平均。体も太ってこそいないが、お世辞にもスマートとはいえない体型だ。

 ニキビ等の肌荒れこそ無いが、やや丸顔の所為で童顔っぽくも見えてしまう上、これといった目立つ容貌でもないし、ブサイクという訳ではないが、何かしらの愛嬌を感じさせる物もない。

 身長体重外見は勿論、成績も中の上程度という、地味且つ地味でフツーofフツー極まりない少年であった。


 欲しいもんが出来たら適当にバイトをし、お金が残れば家族に何か買って帰る程度には家庭的な、しかしてどこにでもいる学生である。

 ただ何となく家から近いという理由だけでこの高校の受験を挑み合格し、赤点をとる事もなく二年に上がった。

 家庭環境も和気あいあいとしたものでトラブルもなく、ただ何となく卒業後の進路などを気に掛けたりする程度の、学生平均から見ても珍しくもなんともない、ただの高校生。

 家からは自転車通学で、片道十数分程度。

 朝起きて妹と一緒に弁当を作り、母親の作ってくれた朝食を食べで登校し、放課後は帰宅部なので直帰する。

 その繰り返しの日々。


 本当にこれと言った特徴のない、極々一般的な人間であった。


 あの日までは――


 だけど、のだからどうしようもない。

 どうしようもないし、何よりかにより動いてしまう。

 だから、まほう使いとして生きる以外の道は全く無いのである。


 件の騒動の後、校舎は期限未定の調査が入る事となり、半世紀以上の歴史を持つ坪内高等学校は事実上廃校となってしまった。

 窓が剥がれるほどの衝撃があった事からも分かるだろうが、当然ながら壁や柱にも亀裂が入っている。

 全ての電子機器も使用不可となっているし、耐震処置も覚束ない。何しろ起こった事故が原因不明なのだから。

 学校施設としての復興の見通しはなく、また期限未定の調査という事も手伝って生徒達は一時的な転入ではなく、閉鎖に伴う転校の形で別の学校に通う事となった。


 しかし、急な事態であったが生徒達の移動手続きは異様なほどスムーズ行われ、全ての生徒達は同偏差値の高校に転入という形で迎えられる。

 少し上の学校に入るには編入試験が必要なのだが、基準偏差値が同等の学校ならそのまま転入できるというのは破格の対応だと言えよう。

 生徒達にそう不満もなく、寧ろ恵まれた環境に感謝したくらいであった。 

 最初の月に出来上がっていたグループカーストこそ御破算だろうが、人数枠こそあれ気の合うメンバーでそのまま転入する事も可能なのだから。


 学義は坪内校よりは多少遠いものの、家から10㎞少々離れた芦原高等学校に通う事となった。

 検査入院こそしたものの、その入院費は家持ちではなく国保から賄えた事も手伝って、両親も割と機嫌がいい。

 理由は自分らの母校だからというお粗末なものだが。


「やっぱり縁があったんだよ」


 等と母は呑気なものだ。


「切っ掛けが怪奇現象の縁だなんて勘弁してほしいんですがそれは……。」


 彼はそうボヤくが何処吹く風である。

 それではC組はおろか、全校生徒は自分が別の高校を受けた事によるとばっちりを喰らった事になってしまうではないか。勘弁してくれ。

 そんな嫌そうな顔をしている学義に、横合いから丼が手渡された。


「だけど気を失っただけで良かったじゃない。

 パニクった奴には落とし前つけたいトコだけど」


 怖ぇ事言うなと丼を受け取る学義。

 中身は熱々のキツネうどんだ。

 用意したのは二歳下の妹、都岐ときである。

 学義をひっくり返して気絶させた(事になってる)同級生に腹を立てるほどに兄妹仲も良く、彼女自身も社交的でボブカットの可愛らしい中学生だ。

 その上料理も好きな良い子なのだが……。


「キツネうどんか……。」

「ありゃ蕎麦が良かった? だったら打つけど」

「いや、GWがうどん尽くしだったのに、退院して直ぐの食事がキツネうどんなんだなぁと」

「美味しいよ?」

「それは認めるけどさぁ」


 この娘、例外なく料理が麺類中心なのである。

 何しろ基本が手打ちうどん、或いは手打ち蕎麦なのだ。因みにパスタ系は苦手との事。

 この歳で十割蕎麦が打てるのだから才能の無駄遣いだ。美味いから文句は言えないし。


「くそ、出汁までマジ美味いから文句も言えねぇ」

「関西風だから出汁の味がよく出てるわぁ」


 母親としては家事を手伝ってくれるし美味しいから助かっているので何時もニコニコだ。

 実際、かなりの腕で出汁の取り方からしてそこらの店なんぞ話にならない。

 もう店出せよといった事があるが、「飽く迄も趣味だから」とほざいている。

 趣味レベルでなら、多くの専門店は店を畳まなきゃならんだろと思うのだが、身内贔屓だろうかと学義は何時も悩む。

 因みに父は彼の無事な退院を見遂げてから出社している。サラリーマンは大変なのだ。


「芦原に通い出すのって次の月曜からだっけ?」

「ん? ああ。

 やっぱあちこちに別けるからどこの学校も受け入れ態勢作るのに一週間はかかるらしい。

 それでも頑張ってクラス編成までやってくれてるらしいぞ」

「へぇ……意外と生徒気遣ってくれるんだね」


 ……まぁ、後々妙な遺恨残さないように裏で動いてる人がいるっぽいけどな。

 いくら何でも転入の流れがスムーズ過ぎるし。


 と言うか、後輩たち一年生は兎も角、先輩ら三年もこの微妙な時期に別高校に転入する事になっているというのに、全く動揺が見られないし何より最初の報道は兎も角、大きな騒動になっていないのは明らかにおかしい。

 おかしいのだが……そんな異常にもマスコミが反応せず沈黙している。

 こういった場合、コメンテイターが取って付けたような同情の台詞を織り交ぜつつ色々知ったか振るものだが、一週間もしない内にネタにすら上がらなくなっていた。


 ――見た感じ、母さん達にも軽い術が掛けられてるっぽいんだよなぁ……。


「何か言った?」

「いや、別に。七味くれ」


 学義は七味の入った竹筒(※手作りの七味入れ)を妹から受け取り、軽く振りかけて食事を再開する。

 受け入れ云々の事や今後の事もあるし、ちょっと後で探ってみよう。

 そう予定だてをして汁を啜った。


 ……ホント、この味で趣味レベルって何なんだよと呆れつつ。







「失礼します」


 入室の許可を与えると同時に、ドアを開けてタブレットを手に係官が入って来た。


「……全員の検査は終わったようだな」

 

 部屋の主は、人が来るまでずっとモニターを睨んでいたらしく、軽く目頭を押さえている。

 モニターに映っているのは様々な地名とその土地のデータ。主にその土地の変動値が表示されていた。

 それは磁場や、地脈といったものの流れの異常さを表している。

 幸いにも今現在のデータは安定した波形を見せているが、は外部からのクラックか、物理的な故障を危惧するほど乱れに乱れていたものだ。

 彼は、その前後のデータを検証し、或いは変動シミュレート等に没頭し続けているのである。


 係官は、彼が疲れているのは承知しているが、事態が事態なのでそれに触れず検査結果を伝えた。


「坪内高校二年C組の学生、男女合わせて三十一名、担任男性教師一名の検査結果ですが、肉体的には負傷無し。

 初期の心神喪失状態から全員回復しており、キルリアン反応値に異常なし。

 異能発現者は無し、です」

「……そう、か」


 係官の言葉を噛み締めるように受け止めると、椅子の背もたれに背中を預け、天井を見上げつつ溜息を吐いた。

 そう広くない部屋の中、意外と響く。


「学校の敷地内EMP被害が発生し、その中で一クラスが意識不明になった。

 そして現在も原因不明……と。

 他に同様の症例は無かったんだな?」

「隣の二年B組の生徒が一名、下の階の一年B組とC組に一名づつ直後に意識を失った者はおりましたが、それぞれ混乱時に転倒し打撲を負った事による失神の様です。

 その他にストレスから体調を崩す者が多数出ておりますが、その生徒達もすぐに回復しております。

 先に述べた三名も既に意識は回復しておりますし、一応、精密検査を受けさせましたがC組ほどの症状に至った者は無く、異常はやはり見受けられませんでした」


 件の二年C組の被害者達は、初期には強い倦怠感と混濁が続いており、事情聴取もままならないでいた。

 しかし、いざ回復した後に聴取を行ったもののあの、事件発生時にほぼ同時に全員が意識を失っており、多くの生徒達が感じた衝撃すら覚えていないらしい。


 それだけでも怪異極まいないというのに、そもそも学校の敷地内という確定空間にEMP…… 電磁パルスElectroMagnetic Pulse災害が起こる事などあり得ない。

 無論、EMP兵器が無いとは言わない。現に二十一世紀初頭から開発は行われている。

 だがしかし、施設内の全ての電子機器が使用不能になる程の強力な電磁波が、たかが一学校の敷地内に止められる筈が無いのだ。


 実際、119番に連絡を入れたのは、敷地から僅か50mも離れていない近くのコンビニエンスストアなのである。

 そして高校の塀の外側に置かれている飲料の自動販売機には全く支障が出ていない事も異常さに拍車をかけている。

 そして校内や運動場に出ていた者ですら感じていた強い衝撃とやらも、近隣の住民はおろか付近を通行していた者にも一切感知されておらず、事態が起こる直前に敷地から踏み出た生徒には何の障害も起こっていないと来た。

 校舎から慌てふためいて飛び出してくる学生らの様子の方がずっと異常だったとある。


 核が大気圏内で爆発した際に起こり得るものと同レベルのEMPが発生するのも異常だが、通常なら都市全域に広がるであろう被害が、学校内に止められているのは異常にも程がある。

 あの学校の二年C組をピンポイントで狙ったものとしか考えられないのだが、何の目的で起されたか、或いは何かを狙って失敗したのかも一切が不明。

 確実なのは、学校の敷地内というあまりに限られた空間だけに留められたことから何かしらの術か、に長けた者が関わっているのがほぼ確実という事だけである。


「瞬間的とはいえ地脈が歪むほどの力が行使されたんだぞ?

 データを見るに磁気やら重力波の乱れ様は酷いものだ。核でも使用されねばこうはならん。

 だというのに電磁衝撃波が極狭い空間に飛び散っただけ……。

 怪しいぞ疑え、と訴えられているようなものだ」

「……。」


 係官も同感であった。

 長年、霊的災害に立ち会ってきた者から見てもかなり異常なのだ。

 物理干渉する程の神霊的な波動を受ければ、普通は霊的な構造――霊基に乱れが生じる。

 所謂、『魂消たまげる』或いは『魂砕たまげる』という程のダメージを負えば霊基の変異が起こり異能者になりかねないし、最悪精神の死すらあり得るのだから。


 だが、生徒達にこれといった異常はない。

 精神疲労こそあれ、それは強い気疲れ程度に止まっているし、肉体的には無傷だ。

 いや、酷使された精神を癒された時に似ていると、担当している医務官が零してはいたが、時間的もにそんな施術を行う間は無かっただろう。


 一切合切が謎に包まれた怪事件。

 内容が内容だけに、マスコミへの対処も遅れ、情報は一部拡散されてしまっている。

 一応、古いパイプに詰まったガスによって意識を失い、その後に劣化した電気コードから引火して天井内で破裂した――という筋書きで話を進ませているが、火消しの為に関係者一堂に不自然さを認識できないようまじないを掛けねばならなかったし、ニュースにも当局で幾つか握っている芸能界や商社の暗部を垂れ流し、情報の海に埋ませる必要もあった。


 しかし、どちらにせよ後手である。

 原因も方法も何一つ手掛かりが無いのだから。

 だからこそ、彼ら――《特定現象対策局員》らは頭を痛めているのだ。




『……うわっ。思ってた以上に悩ませてる。

 どうしよう……?』


 意外や意外。

 どうやらこの世界にも怪異に対抗する組織があったらしい。

 道理で、あの一件が早々に情報の波に埋もれた訳だ。

 Webニュースからもさっさと消えたからおかしいと思ったてはいたが……。

 ちょいと気になって情報を埋めた元を辿ってみればコレである。


 放置してても良いかもしれないが、師匠からも『できるだけ穏便に』と言われている事もあるし、何より新米故か罪悪感っぽい感情あって、多少は助言なりしてやりたいと思うようになって来ていた。


 無論、彼が――学義がやらかした訳ではない。

 彼も巻き込まれた被害者に過ぎず、悪いのは事件を仕出かしたらなのだ。

 言うまでもなく、アイツらはエラい目に遭っているから由として、問題はこちらの組織の方々。

 大誘拐事件が起こりかけ、更にその余波で都市壊滅レベルの災害が起こりかかっていた等と知れるはずもないし、騒動になりはしたがそれは被害を最小に留める事が出来た成果だ。

 いや念の為にと学校の敷地そのものを結界に包んだ師匠の功績は、手放しで称賛していいと思う。


 ただ、流石の師匠も電磁衝撃波見た事無いモンは理解の外だったらしい。

 

『つっても、今コンタクトとるのはなぁ……。

 信用もクソも無いし、ツテもコネも無いんだよなぁ』


 裏社会すら縁遠い存在だったというのに、秘密組織なんぞどうすれば良いのやら。


 影の世界の中、学義は男達と違った意味でウンウンと頭を悩ませていた。


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