6.「助けた覚えも助けを乞うた覚えもねえんだけど」


【エンシェントドラゴン:S:ドゥルケート】



巨体の上に表示されたその文字に、歯止めを掛ける理由は見つからなかった。


タンッと数度の壁蹴りで勢いを殺して崖から飛び降りる。先程のパーティに向かって上げられる咆哮と薙ぎ払いも、ヘイトを買ってない現状ではそこまで意味をなさない。

さっきまでのパーティは戦う気はないらしく逃げ惑っていて、唯一立ち向かってるのはパーティのリーダーらしき女1人


女が吹っ飛ばされる。はい選手交代♪



「あぁこういうの待ってたんだよこういうの…おたくら、バトらねえならさっさと逃げな。じゃねえと巻き込まれんぜ


さて、と…俺と一緒に遊ぼうぜドラゴン…いや、【ドゥルケート】!」



新たに沸いて出てきた敵に、ドゥルケートがまた1つ咆哮を上げる。


ドゥルケート…大して知ってるわけでもないしなんでBランクエリアのこの山にいるかは知らないが…Sランクのネームド!面白くないわけがない!



「ぁ…あなた、いったい…?」


「それ今いる?とっとと逃げろよ、邪魔」



女が何か言う…けど、興味ない。関係ない。必要ない。

今必要なのは、この高揚感!



「っ…すみません、感謝します!みんなこっちに!」



女が逃げ惑う奴らを回収しながら消えていく。…なんで今俺感謝されたんだ?普通は獲物取られたらキレねえ?



「…ま、いっか。邪魔なモノはなくなった。2人で最っ高に楽しもうぜ!」



瞬間、咆哮とともに尾が地面を滑る。さっきも見た薙ぎ払いに、瞬時に地面から崖の岩場へと蹴り上がる


さあさあバトルの始まりだ…ゲームスキル=実力のゲームの真髄、見せてくれよっ…!


岩場を2段飛びして宙に浮いた身体の下を尾が薙ぎ払われる。風圧に押される身体の体制を空中で整えて、1歩前身。そのままダッシュで近づけば、四足の1つが振り上げられ、下ろされる。ドシンッと地を揺らす振動に耐えながら振り下ろされる鉤爪を避けてドゥルケートの足元を駆け抜ける。明らか鱗が固そうなこのドラゴンに、無駄に切りつけてもどうせ効果ゼロ

―狙うなら、剥き出しの急所

巨体の下を潜り足元を走り去り、見えてくるのは振り回される黒い尾。薙ぎ払い、振り回す尾が地面に叩きつけられ…まだ高い、太い。これじゃ届かない。

まだ1歩、もう1歩。巨体の下を通ったせいでドゥルケートは俺を見失ってる。今、詰めなきゃ多分終わる…今の俺は初期の片手剣しか武器ねえし

振り被り叩きつけ…強く叩き付けた尾の動きが一瞬止まる。今!飛び散る石礫や砂埃を振り払って尾に飛び捕まる。振り払われる前に、身体側へ



「っと暴れるなっつーのっ!」



尾が揺れる。薙ぎ払って振り回される。さすがにこの揺れの中で掴み続けるのは無理だと判断した脳で、瞬時に切り替え。振り上げられる勢いのまま手を離し、身体は宙へ。

気を付けるのは飛び上がる高さ。高すぎれば重力で叩きつけられて1発アウトだし、低すぎれば前進しない。適度な高さで適度な角度で…目指す先はコイツの背中



「っま、これくらいは余裕ですがね!」



ターザンジャンプゲームでどれだけ勢いと角度を網羅したと思ってる!着地点がこんだけ大きくて気にかける必要がないんだ、ジャンプ調整くらいでミスるか!

慌てることなく背中に着地。そのまま頭方向へダッシュ。咆哮が大きくなり翼が風を起こすが無視。気にしてられない、気にしてる暇はない。


ランクSのドラゴン…背中に乗るのは至極簡単だったが、だからこその不安が1つ

―簡単すぎる

まともな攻撃は尾と鉤爪だけだし、それだっけ動きもスローで避けれないものじゃない。

ランクSがどんなものか知らないが…コイツは弱すぎる、気がする。知らんけど。


考えられる理由はいくつかあるが…その検証のためにも、そして俺が楽しくバトるためにも、まずは一撃…キメる



「経過時間で厄介度が増す可能性もあるし…っとぅお!」



咆哮が、また1つ大きくなる。いや、頭に近づいたせいで大きく聞こえるのか?しかもビリビリと身体を奔るなにか…なるほど、咆哮も攻撃手段の1つってか


だが怯んではいられない。どんな攻撃かは正確に把握出来ないが、この咆哮をもうちっと浴びればゾッとしない状況になるのが肌でわかる。ついでにコイツの鱗もただの鱗じゃない。なんせさっきから鱗に付いた手に、服に、切り傷が生まれるのだから。もしかしたら毒も含まれてるかも…いや数値表記がないだけで毒や麻痺を受けたら表記されるのか?わっかねえ!

とりあえず、時間はそうない。

身体が首を駆け上がり頭へ…当然首を登っていれば振り払おうと縦横無尽に揺さぶられる。長く乗りこなすのは、無理



「上等っ…大型獣の上を取るのは得意なんだよな〜っとよ!」



縦横無尽の中頭が下がるタイミングを見計らって首の坂を滑り降りる。鱗を蹴って足を離した身体は、滑るというよりほぼ重力のままに落ちていくようで。そのままドゥルケートの僅かな機微に反応し。頭が跳ね上げられる前に数歩足をついて減速。跳ね上げられると同時に、頭を蹴ってジャンプ


目が、合う



「よおよお顔を合わせるのはついさっきぶりだなぁドゥルケート!随分と痛え鱗持ってんじゃねえか!」



空中で体制を整えれば臨戦態勢。打ち上げられた…自ら打ち上がった身体は、重力に沿って落下する―自分を見上げる、黒い瞳のもとへ。手元に初期装備の片手剣が、顕現する。



「狙わせてもらうぜ、てめえの急所っ…!」


このゲームには、ステータスもスキルもない。故に、殺すという作業において急所は生物共通

狙えるのは一瞬…切るのではなく、刺す


剣が、ドラゴンの瞳に突き刺さり――


バキッ


「…うっそだろ?」



瞳とかち合った剣が、折れる。咄嗟に真っ二つに折れた剣を掴んで両手で再度


ガキンッ


響いたのは、まるで金属同士がぶつかったかのような鈍い音

ゾクリと背中を冷やすのは、蛇のような縦長の瞳孔…本能で鳴り響く警戒警報に、ドゥルケートの鱗を蹴って飛びずさる―



グォォォォォオオオオオ!!!!


「っぐ、っつぁ…!」



正面から浴びた咆哮に身体が痺れ、岩場に派手に吹き飛ぶ。剣を消し頭を庇って両手足で勢いを殺してぶつかった自分の本能を褒めてあげたい。痛みや苦しみはさすがに現実と同期してないんだなんて当たり前のことがつい頭を回る。

間近で咆哮を浴びた身体は、持ち上げることすら億劫で。



「きっつ…さすがに急所一手で耐久ぶっ壊れんのは想定外だわ…」



分かったことは3つ

1つ、あの咆哮は威嚇のための咆哮ではなく攻撃手段の"ブレス"だということ。これは途中から予想してた。

2つ、瞳は急所にならないってこと。これは俺の武器が悪いのかドゥルケートの特性として瞳が硬いのかは分からないが…今の俺では、刺せない。

そして3つ、瞳が急所でない以上、鱗のどこかが急所であるということ。所謂"逆鱗"ってやつだ。


まあ3つ目は希望的観測。絶対という確証はないが…古今東西RPGにおいて、ドラゴンの急所は瞳か逆鱗か内部と相場が決まってるのだ。内部に入って脱出出来る可能性と比べれば逆鱗を探す方がいくらか現実的

…あと純粋に、唾液や胃液まみれになる内部攻撃俺あんま好きじゃねえし


ドラゴンが、ドゥルケートが、のっそりとした動きで近づき、前足を振り上げる。

動きは遅い。逃げられないこともない。だけど…敵前逃亡は、趣味じゃねえんだよなぁ



「あ"あ"くっそ、装備不十分とはいえ舐めすぎたかぁ?けど…ランクS、確かにこの目に見た」



あぁ悔しいあぁ楽しい

これだから、ゲーム人生はやめられないっ!



「次は攻略する。ドゥルケート、俺もお前も"ガチ"な状態でな」



これは宣戦布告か、負け惜しみか…どっちでもいいわ、俺が楽しいなら

こちとらオールラウンダーゲーマー

慣れてやるさ、この狂ったゲームに!


振り上げた足の向こうで何となく…何となく、ドゥルケートの瞳に熱が篭ったように見えた。気のせいか?俺はアイツと違ってテイマーじゃねえし。

でもまぁ…ゲームなんだ。読み取りたいように読み取ったっていいだろ。


軽く笑ってドゥルケートを見上げれば、それに答えるように足が振り下ろされる。

あぁ最初の町からまた直進ルートかなぁ…



「火属性【ファイア・スプレイド】!いっけええええええ!」


「…ん?」



振り下ろされる瞬間、横から飛んできた炎がドゥルケートの足を焼く。

唐突な炎にドゥルケートが怯む間に、タタッと軽い足音が俺たちの間に入ってきた。



「クロナくん、でいいんだよね。大丈夫?遅れてごめんね、パーティの避難は終わらせた!もう大丈夫だよ!」



俺を背に、赤く燃える両手剣を構えた女が1人。装備と立ち振る舞いからしてもそれなりの熟練者。あーなるほどね



「あんたも横取り狙いか。いつも取る側で譲ったことねえから気づかなかったわ」



見た所装備は万全そうだし経験もある。でも今避難させたって…個人の実力図りたい同族か?それはわかる

あ"ー美味しいとこ持ってかれるか?いや今のドゥルケートに討伐は"無理"なんだけど…


倒してもらうタイミングを失って少し思考を泳がせる俺に、女はキョトンと一瞬首を傾げる。



「何言ってるの?君を助けにきたんだよ!」


「……は?」



時間が、止まる



「助けてもらって、逃がしてもらって、置いていくようなことはしない!正直Sランクなんて私も相手したことほとんどないけど…今度は私が時間を稼ぐ!逃げて!」



空気が、冷める



「その装備の少なさで頑張ってくれてありがと!あとは、私が君を守る!」



ブレスの麻痺はもう治まった。適度な痛みも軽く動かすのには問題なし。…うん



「大き目の魔法で目くらましするからその間に逃げて!火属性【ファイア・マジック…


ガキンッ


……え?」



詠唱を遮る金属音

女の両手剣を折れた剣で無理矢理跳ね飛ばし、蹴り付ける。

あぁほんと…あ"あ"ほんっと!



「ったく…なに驚いてんの?他人のゲームを邪魔したんだ、自分も邪魔される覚悟あってのことだろ?」



こういう奴がいるから、オープンワールドで人が多い討伐隊は嫌いなんだよ

女の魔法をかき消したドゥルケートは、なぜか攻撃を仕掛けてこない。っつーか、見られてる?アイツじゃないが…もしや会話できるか?どんなAI詰んでんだか…



「こっち側の負けだ、ドゥルケート。遊んでくれてありがとな…んで、おつかれ」



ヒラヒラと手を振れば、俺の言葉を理解したかのようにドゥルケートはズシンズシンと音を立てて山の奥へと消えていく。デスも持っていくかと思ったけど…あっちもシラケたか?

にしても…やっぱり突発イベントの非討伐モンスターだったか。攻撃意欲みたいなの感じなかったし納得納得…納得してねえ奴もいるみたいだけど。



「…どう、して?」


「なにが?」


「どうしてドラゴンと会話を?どうしてあなたの指示でドラゴンが退避を?あなたのテイムモンスター?ならどうして私たちに攻撃を?何より……どうして、私の攻撃を遮ったの!?」



詰め寄る女に呆れた溜息が大きくなる。こいつ、俺のこの初期装備でドラゴンテイマーだとでも思ってんのか?んな奴…いるわ。できそうな奴身近にいるわ。アイツならドゥルケートとも会話しそうだよな

なんて、現実逃避がしたくなる



「なんでって、さっきも言ったろ。他人のゲームを邪魔するなら邪魔される覚悟もしてるもんだって。ようはただの嫌がらせ」


「邪魔って…私は、助けて貰った分あなたを助けたくて!」


「助けた覚えも助けを乞うた覚えもねえんだけど」


「っさっき!ドラゴンの攻撃から助けてくれたよ!」


「さっき?んー…ん〜?あ…」



あーあー、うん、なるほどなるほど…急に飛び込んできた邪魔者かと思ってたけど…この女、俺の前にドゥルケートと対峙してたパーティのリーダーか。プレーヤーネームとか全く見てなかったしぜんっぜん覚えてなかったわ

ってか、助けた?



「なんか勘違いしてるみてえだけど、お前らを助けた覚えはねえよ」


「…え?」


「俺はあのドラゴンとやりたくてお前らのバトルに割って入っただけ。お前らが逃げ惑ってたから逃がしたけど、バトルに参加すんなら俺はお前らから殺してたよ」


「な、にを…」



なんせこの世界、PKに対する罰則がない。多分デスに慣れるためとかプレイヤー同士での模擬バトルのためだろうけど、PKは戦略の1つとして認められてる。

なら、やるだろ。ルールとして許可されてるもんを使って何が悪い。別に罰則あっても楽しけりゃやるけど。



「俺はお前らが邪魔だった。だからどっか行ってほしかった。以上」


「そんなっ…私はただ、助けたかっただけで!」



あぁうざったいあぁめんどくさい

そりゃあんたがしたのはイイコトだろうさ、協力して、協調して、助け合う関係ってのは綺麗で正しいことなんだろうよ

―ほんとつまんなくて…合わねえなぁ


別に、バトルに邪魔されたこと自体はどうでもいい。先にこっちが割り込んだんだし、そもそも獲物の取り合いなんてよくあることだ。

けど、こっちが求めたわけでもないのに"助けた"とか押し付けがましい善意は喜んでぶち返すのが俺流ルールである


人は身勝手。結局みんな"自分のやりたいこと"をやってるだけ

―俺が楽しけりゃそれでいい。それが俺のゲームだ



「…って、なんで俺こんな真面目な解説してんだ?ま、もういいじゃん。

あんたと俺じゃ"やりたいゲーム"が違う。ただそんだけだろ」



くるりと女から背を向けて歩き出す。向こうはまだ言いたいことありそうだけど、俺にはないし。

あー疲れた疲れた

面倒事はこれだからほんっと…やっぱ、アイツらしか勝たんわ



「王都はこっち側。着いたらとりあえず…ギルド作り、だな」



あぁ早くアイツらとゲームがしたいっ!

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