第49話 知らない過去Ⅱ

 はっと顔を上げると、眠そうではありながらも眉間に皺を寄せるアレクの顔があった。


「こんな朝早くにどーした?」


「アレク、どうしよう! クラウが⋯⋯!」


「ちょっと落ち着け」


 落ち着いていられる訳が無い。首をぶんぶんと横に振る。一緒に涙までもが溢れてくる。


「何があったか、一から話せるか?」


「そんな場合じゃない!」


「良いから話すんだ!」


 その脅しにも似た声色に、肩がビクッと震えた。言葉が何も出てこなくなる。


「悪ぃ。脅すつもりは無ーんだ。アイツは無事だ。安心しろ」


「何でそんな事が分かるの?」


「いや、アイツに口止めされてるからよー」


 何の為に口止めなんて――

 訳が分からず、揺れる眼差しを向けてくるアレクを見詰めてみる。

 それ以前に、何を口止めされているのだろう。私にとって都合が悪い事なのだろうか。堪らず首を傾げてみても、アレクの表情は変わらない。


「何で?」


「いや、本人に聞けよ」


 当の本人がこの場に居ないのに、聞ける筈が無いではないか。口を尖らせてみると、アレクの眉が僅かに動いた。


「此処じゃなんだ、会議室で話そうぜ」


 恐らく、フレアを配慮しての事だろう。私は此処でも構わないのだけれど、アレクは嫌だったようだ。私の身体を避け、ゆっくりと廊下へと出てきた。


「行くぞ。立てるか?」


「うん」


 腰に手を当てたまま、アレクは僅かに微笑む。彼が歩き出す前に、私も立ち上がろう。自分を奮い立たせ、両手を床についた。


「歩きながらでも、何があったのかくらい話せ」


「うん⋯⋯」


 先に歩き出したアレクに遅れを取らないように、駆け足になる。一呼吸置き、何とか口を開いた。


「昨日、喧嘩した後は何も無かったんだけど、今日の朝になってクラウが部屋に来てくれて――」


 不安のせいか、若干早口になる。上手く伝えられたのかは分からない。早くクラウの居所を教えて。アレクに訴えるように、語気も強まっていく。

 会議室に入り、そそくさと指定席に座る。ようやく話終わると、アレクは頭を抱えた。


「アイツ、オマエに何一つ言わなかったんだな」


「私、仲間を危険な目には遭わせたくないだけなのに⋯⋯!」


「大丈夫って言っただろ。危険な目に遭うような話じゃねぇ」


 アレクは大袈裟に溜め息を吐き、此方に向き直った。若干、その表情から怒りの感情を読み取れたのは気のせいだろうか。


「それより、アイツを『仲間』って言ったか?」


「それが⋯⋯何?」


「ただの仲間か?」


 それ以外に何があるのだろう。張り詰めた空気感のせいか肯定する事も出来ず、ドキドキしながら僅かに首を傾げた。


「⋯⋯報われねぇよな」


 アレクは私から視線を逸らすと、数秒押し黙る。


「口止めなんか、どーでも良くなった。オレはオマエに話がある」


 腕を組むと、再び真っ直ぐな瞳が私を見据えた。


「⋯⋯何?」


「今、アイツは水の塔に居る」


「じゃあ、助けに行かなきゃ!」


「止めとけ。ろくな事にはならねぇ」


 勢い良く立ち上がろうとした所を、アレクは言葉だけで制する。思わず動きが止まった。


「オマエの呪いの事で話があるから一人で来いってよ。神ってヤツが言ってたらしい」


「えっ? でも、私、呪いは解けないって神様の口から聞いたばっかりだよ?」


「それは良く分からねぇけどよ。何でアイツが、此処までオマエの事で必死になるか分かるか?」


「えっ?」


「アイツは、ずっとオマエを探してたんだ」


 言葉の真意が良く分からない。返事が出来ずにいると、アレクは細い息を吐く。


「良いか? アイツには、ぜってぇ話すなよ?」


 念を押すように、一言一言をはっきりと話す。私もクラウに言うつもりは無いので、無言で頷いた。


「リエルはカノンを助けられなかった事をずっと後悔し続けた。カノンの墓は、影と戦った、あの場所にあるんだけどな? 毎日カノンに会いに行ってたんだ」


 その光景は想像に難くない。ぎゅっと胸を締め付けられるような思いに駆られる。


「何処の世界にあるか分からねぇ、あんな場所に毎日ワープだぞ? 心臓が耐えられる筈がねぇ」


 ――ただの心臓発作だよ――


 クラウが言っていたあの言葉が蘇る。

 なんという事だろう。リエルが亡くなったのはカノンのせいだったのだ。


「もう気付いたみてぇだな。リエルが死んだのは、カノンが死んだ一ヶ月後だった」


 耐えられず、涙が一粒零れ落ちた。


「辛ぇ話はまだ続くんだ。悪ぃな、オレの気が収まらねぇからよ」


 アレクも睫毛の影を落とす。


「アイツの後悔はその後も続いた。一回、二回、三回転生しても、終わらなかった」


「三回って⋯⋯百年で三回も?」


「いや、アイツで四回目だ。アイツ以外の三人は、二十五までには死んでるからな」


「えっ⋯⋯?」


 頭がついていかない。何がどうしてそうなっているのだろう。ううん、分かろうとしていないだけなのだろうか。


「無茶ばっかりしやがって。オレらもアイツを止めたんだけどな。全然、聞く耳持たねーし」


 勿体ぶらないで教えて欲しい。目で先を促すと、アレクは小さく頷いた。


「アイツ、カノンの転生を信じて、時間が許す限りエメラルド中をひたすら探し回って、その度にワープして⋯⋯んな無茶な魔法の使い方して、身体が持つ訳がねぇんだよ。三人とも、リエルみてぇな最期だったらしい。カイルから聞いた」


 アレクの声が震えている。必死に絞り出した言葉なのだろう。それ以上に、私の心も震えていた。どうしようもない後悔と懺悔の念が津波のように押し寄せる。

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