第22話 水Ⅲ
「カノン、俺――」
「綺麗だよね、空」
「えっ?」
「一日でこんなに色が変わるなんて、凄いよね~」
もしかすると、人間よりも表情が豊かかもしれない。見ていて飽きない。
ぼんやりとしていると、隣から小さな笑い声が聞こえた。
思わずリエルの方を振り向いた。
「ん~?」
「いや、なんでもない」
又してもリエルは笑う。
そんなに笑うなら、何が面白のか理由を聞かせてくれても良いのに。僅かに頬を膨らませてみる。
「ごめんね」
「しょうがないなぁ~」
リエルが困り顔になってしまったので、許す事にした。これでは何だか私が悪いみたいだ。
風がさわさわと草原を、私たちを撫でて流れていく。
リエルと喧嘩をする為に、此処に来たのではないのに。
プレゼントを持つ両手に力を籠める。
「これ、プレゼント。誕生日おめでとう」
勢い良く、プレゼントをリエルに押し付けた。
私の頬も、リエルの頬もほんのりと紅潮する。
「ありがとう」
返ってきた顔はにっこりと笑っていたので良しとしよう。
リエルはリボンを解き、包みを開けていく。中から姿を現したのは、勿論、木製のオルゴールだ。
側面に着いたねじを巻き、蓋を開くと可憐なワルツの音が鳴り始める。
「可愛い音でしょ?」
「うん、凄く可愛い」
「去年からこれにしようって決めてたんだよ~」
「そんなに前から?」
驚かれると、段々恥ずかしくなってしまう。
照れ隠しの為に笑いながら大きく頷いた。
リエルは目を細め、嬉しそうに微笑む。
「手、繋いで良い?」
「えっ? う、うん」
突然の発言に驚き、慌てて返事をしてしまった。もしかしたら、声が裏返っていたかもしれない。
私の左手にリエルの手が触れる。心臓が喉から飛び出してしまいそうだ。
そして、リンゴのように真っ赤に染まった顔のリエルを見て、この恋は片思いなのではなく、両片思いなのだな、と悟った。
――――――――
今のオルゴールの曲名は、確かくるみ割り人形の花のワルツ――ううん、異世界の記憶なのだから、地球の曲である筈がない。首を振ろうとした瞬間、強烈な頭痛に襲われた。
「痛……い……!」
頭を抱え、呻き声を上げる。誰かが私の身体を撫でてくれているけれど、返事をする事が出来ない。
冷たいものも頭の上に乗せられる。それも気休めにすらならない。
まさか、こんなに酷い頭痛に襲われるとは思ってもみなかった。涙が滲む。
「ミユ、これ飲んで」
ぼんやりとフレアの声が耳に届く。
何かを握らされたので、それをそのまま口に放り込んだ。甘い何かが口の中でほろほろと溶けていく。
痛みのせいなのか、口に含んだもののせいなのか、再び瞼は光を閉ざした。
次に目を覚ましたのは夜だった。日が変わっていたのか、そうではないのかは分からない。
ずっと付き添っていてくれたのか、傍にはアレク、クラウ、フレアの姿があった。
「私……」
「頭痛はどう?」
「まだ、少し痛い」
とは言え、先ほど経験したような痛みよりは大分ましだ。冷静に状況を確認出来る。
「さっき飲ませてくれたのは何?」
「鎮痛剤と睡眠薬だ」
だからすぐに眠ってしまったのだ。頭痛が治まってきているのも鎮痛剤のお陰だろう。
「鎮痛剤はあんま身体に良くないからな。ホントに酷い時だけだ」
「うん。ありがとう」
お礼を言った後で気付いた。過去を見て、頭痛で苦しんでいるのはこの人たちのせいなのではないかと。
「このままミユの調子が良くなれば、六日後にまた過去を見に――」
「私が行きたくないって言ったら……皆はどうする?」
瞬間、三人の顔が一気に曇った。
これ以上酷い頭痛なんて、私の身体が耐えられそうにない。もう十分だ。
「第一、この過去を見て何になるの? さっぱり分からない人の良く分からない過去なんて」
「過去を見なきゃ先に進めねーんだ」
「先って何? 進めないって何処に?」
聞かれたくない事を問うたのか、三人は顔を見合わせる。
「もう限界だよ」
クラウは俯き、小さく呟く。
「あたしもこれ以上、隠し事はしたくないよ」
フレアまでもが私から目を逸らした。
気まずい空気だけが流れる。
「あのな、ミユ」
そう口にしたアレクでさえ、陰鬱そうな表情だ。
小さく息を吐き出すと、後の言葉を続ける。
「オレらは最初からオマエを騙してた」
「えっ?」
「いや、コイツらは関係ねぇな。オレがオマエを騙してたんだ」
騙された覚えなんてない。
私が小首を傾げると、アレクはポリポリと頭を掻く。
「この過去を見終われば、オマエは完全に魔法を使えるようになる。たまに花がどっかから出てきてただろ? あれはオマエの魔法だ」
頭の処理が追い付かない。ただただ口をぽかんと開け、三人を見詰めてみる。
魔法を得るか得ないか、それを決めるために過去を見ていた筈なのに。三人は最初から、魔法を得る前提で私を連れ回していたのだ。
問題の中心に居る私に黙ったままで。
流石にこれは許せない。怒りがふつふつと湧いてくる。
「頼む、責めるならオレだけを責めてくれ」
「三人とも出てって」
「他にも話が――」
「良いから出てって!」
もう何も信用出来ない。
ベッドで伏せ、頭の上から布団を被った。
「行こう」
クラウの小さな声が聞こえると、三人の遠ざかっていく足音が続いた。
「何で?」
何故、そんなに私を頼るのだろう。放っておいてくれないのだろう。
お願いだから、地球に返して欲しい。
右目から涙が零れ落ちた。
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