第8章 地
第23話 地Ⅰ
これからどうすれば良いのだろう。あの三人をずっと無視するわけにもいかないし、かといって許したいとも思えない。
アレクに運んでもらったカルボナーラを噛み締めながら、鼻で溜め息を吐く。
三人と仲違いをしてから、既に三日が経っていた。もう日が沈み、夜の七時を回っているので、もうすぐ四日が経過する事になる。
私が納得してから、魔法の事を考えるのでは駄目だったのだろうか。
アレクが言っていた事も心に引っかかっている。
――オレら全員が自分の為に、オマエに過去を見せようとしてる――
この中の『自分の為に』という部分だ。私があの三人の為に過去を見なければならない理由が分からない。
彼らを怒りのままに追い出した時、話の続きを聞いておけば良かったのだろうか。
ううん、今更になって『ああしておけば』なんて考えても無意味だ。
フォークを一度皿の上に置き、「う~ん」と唸り声を上げた。
このままでは、また頭が痛くなってしまう。何か楽しい事を考えたいなと、レモンソーダとレモンの輪切りが入ったグラスに刺さっているマドラーをくるくると回してみる。炭酸が弾け飛ぶ小さな音が心地良い。
そうしたところで、地球には帰れないかもしれないという重たい現実が圧し掛かり、気分が晴れる事も無かった。
美味しい筈のカルボナーラも、時間が経ち過ぎて伸びてしまった。申し訳無いけれど、四分の一程残してしまおう。フレンチドレッシングのかかったグリーンサラダは食べ切ろうと、レタスにフォークを突き刺した。そのまま口へと放り込む。
もし、この皿を片付けに来るのがアレクなら、言いかけた話の続きを聞いてみよう。クラウかフレアなら――やっぱり聞いてみよう。それしか心の靄が晴れるような解決策は思い浮かばなかった。
最後のブロッコリーを味わい、「ごちそうさまでした」と手を合わせる。テレビも無いし、ゲームも無いし、夜に楽器を吹くのは気が引ける。体調が万全なわけでもないから、日記を書いてぼんやりしたら眠りに就こう。テーブルの端に置いてあった白色の小さな錠剤を一粒飲む。鎮痛剤だ。
明日は薬を飲まなくても頭痛が起きなければ良いな、などと考えながら、窓の外へと目をやった。
空一面に天の川が広がっているかのように眩しく輝く星空には、薄い黄色と水色の満月が二つ――やはり、どう考えても、此処は異世界なのだ。
小さな溜め息を吐くと、扉をノックする音が響いた。
「ミユ、入るよ?」
この声はクラウだ。アレク本人から聞き出せないのは不本意だけれど、仕方が無い。
扉が開閉する音、続いて近付いてくる足音を聞きながら、話し掛ける勇気を奮い立たせるように、白色のスカートを両手で握り締める。
「お皿片付けるけど、良い?」
視線は落としたまま、頷いてみる。
聞くなら今だ。頑張れ、私。
「あの!」
声を振り絞った。それは良かったのに、言葉が続かない。
「何?」
「えっと……その……」
額に嫌な汗がじわじわと出てくるのが分かる。緊張で口の中が乾いていくのも分かる。
「皆を追い出した時……アレクが言いそびれた事が気になって……」
背中も丸まっているのだろう。言い切った安堵と、どんな反応が返ってくるのかが怖くて、唇を噛んだ。
「うーん……」
クラウが小さな唸り声を上げると、部屋の時が止まってしまった。
お願いだから、早く答えて。心臓の鼓動は速まり、掌にも汗が滲む。
ところが、返ってきたのは期待外れなものだった。
「もっとミユを混乱させ兼ねないから。ちゃんと心の準備が整ったら、また聞いて欲しい」
思い悩んでした質問なのに。心の靄を取り払いたかっただけなのに。
もう心の準備は出来ていると、不服な顔を、傍らに立つクラウに向けた。
此方を向いていた青色の瞳は、私を避けるように左へと流れる。
「俺も、ミユに伝える為の心の準備が出来てないんだ。ごめん」
悲哀を感じているような表情に、何も言えなくなってしまった。
そうか、私は自分の事しか見えていなかったのだ。三人は騙したくて私に魔法の事を隠したのではないのだろう。そうと分かると申し訳無くなってくる。
クラウは小さな声で「ただ」と続ける。
「過去に出てくる人たちは、俺たちと何か関係がある。どんな関係かは……今はミユの想像に任せるよ」
微笑むその顔は、何処となく儚げだった。
「じゃあ、片付けちゃうね」
「うん」
想像に任せると言われても、全く想像出来ない。過去に出てくる人たちは、私たちと何か関係があると。異世界人である私と。
共通点と言えば、夢の中で私がなっているカノンという人物も、地の魔導師であろうという事だ。それと、現実の私たちと、過去の人たちの容姿がアレクとヴィクト、フレアとアイリス、クラウとリエル、それぞれで似通っている。
他は分からない。
似ているからと言って、他人の空似という事もあるし、そもそも過去の人たちは百年も前に生きた人だ。
他に関係があるのだとしたら、何なのだろう。
思考を巡らせていると、隣で金属の何かが床に落ちたような音が聞こえた。視線を移すと、音の正体はフォークだったようだ。それを拾おうと、クラウはゆっくりとしゃがむ。しゃがみ切ったところで、クラウの首元から小さな何かが外に飛び出した。シルバーのペンダント――その先に繋がれているのトップは指輪だろうか。
クラウはフォークを拾うよりも、ペンダントトップを握る。
一瞬しか見えなかった。それでも予想は出来る。指輪は男性物のように大きいものではなく、女性用、しかもピンキーリングではないかと。
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