第5章 風
第14話 風Ⅰ
「ミユ」
「ん~……?」
「ミユ!」
名前が呼ばれている事にはっと気付き、慌てて上体を起こした。
声のした方を向いてみると、そこにはフレアの顔があった。少しだけ呆れ顔に見える。
「そろそろ行くよ。着替えて」
「えっ? うん」
そんなに早くから出掛けるのだろうか。
時計を見てみれば、針は十時を回っている。
明らかに寝坊だ。
「着替えたら廊下に出てね。あたしたち、そこに居るから」
「うん」
慌ててベッドから降り、ブーツを履いた。再び顔を上げた時には、フレアはドアから顔を覗かせて手を振っていた。
ぺこりとお辞儀をし、椅子の背凭れに掛けてあった服を手に取った。スカートを履き、服を着て、マントを羽織る。
自分を落ち着かせる為にも、一度、テーブルに置いてあったコップに水を注ぎ、ぐいっと飲み干した。
早くしなければ。迷惑をかけてしまう。
床を蹴り、ドアノブを回す。
そこには見知った三人の顔が並んでいた。
「遅刻しちゃってごめんなさい」
「ううん、気にしないで。あたしも遅刻する事だって結構あるし」
フレアはにこりと笑い、クラウとアレクの顔を見遣る。
「そもそもさ、集合時間なんて決めてたっけ?」
「いや、決めてねーな」
「じゃあ、遅刻とか無いじゃん」
そうか。明日とは言われていたけれど、時間までは決められていなかった。
何だかクラウに救われた気がする。
改めて、三人に向かって頭を下げた。
「もう会議室に行く必要も無いし、此処でミユの為の魔方陣作っちゃったら?」
「あぁ、そーだな」
アレクは前方に右手を翳すと、その中には瞬く間に身長程の長さの、木製の杖が現れた。先を床に向けると、その杖を中心にして、縁には見た事の無い文字が描かれた五芒星の魔方陣が出来ていった。
此処でふと疑問に思った。
「これ、何の魔方陣?」
「風の塔に繋がる魔方陣だよ」
「ワープは使えないの?」
そう、ワープだけなら私も出来る筈なのだ。
首を傾げると、クラウは小さく頷く。
「俺たち、一回でも行った事がある場所じゃないとワープ出来ないんだ」
「えっ?」
それでは、私が初めてワープした現象は何だったのだろう。あんな花畑は、行った事も見た事も無かった。
「でも、私――」
「出来たぞ」
私の疑問はアレクの声に遮られ、続く事は無かった。
アレクはニッと笑い、魔方陣を見る。
「ミユ、魔方陣の中に立つんだ」
いきなりそう言われても、未知の世界だ。恐怖心が勝ってしまう。
膝が小刻みに震えてきてしまった。
「怖い……」
「大丈夫、あたしたちも付いてるから」
フレアは私の背中をそっと一撫でする。
すると、震えがぴたりと止まった。
「絶対に付いて来てね」
「うん、安心して?」
フレアの言葉を、皆の笑顔を信用しよう。
恐る恐る魔方陣に近付き、縁を踏んだ。その瞬間、黄色の光が辺りに溢れ返る。
眩しい。
腕で目を守り、身構える。
それも僅かな間で、音もなく光は消え去った。
目の前にあるのは、黄色い石造りの、空まで続いていそうな程に高い塔だ。頂上はよく見えない。その周囲には、むき出しになっている沢山の黄色の岩が転がっている。それは塔の向こう側で途中で途切れ、空が始まっていた。崖になっているのだろうか。
ほんの僅か遅れて、三人も到着した。私の前に立つと、揃って振り返る。
「ミユには此処に居るヤツと会ってもらう。ソイツが過去を知ってる筈だ」
「それは、誰?」
「オレらにも分からねぇ」
誰かも分からないのに、その人は信用に値するのだろうか。
眉を顰めると、アレクはガハハと笑う。
「心配すんな! 誰もソイツに危害を加えられたヤツは居ねぇからな」
危害を加えられた後では遅い気がする。
誰にも分からないように、こっそりと溜め息を吐いた。
「オレらも付いてくからよー、心配すんな」
「行こう」
クラウの言葉を皮切りに、三人は踵を返して塔を見上げると、少しずつ塔の方へと遠ざかっていく。
私も行くしかない。
重たい気持ちを切り替え、自身を奮起させる。
土の鳴る音を聞きながら、三人の後に続いた。
直ぐにほの暗い塔の中へと誘われる。
「地の魔導師を連れてきた」
“そうか。地の魔導師、そこの魔方陣の中へ”
頭の上――見えもしない天井の方から男性の声が聞こえる。
改めてモザイク模様の床に目を落とすと、円状に黄色の光がほんわりと灯った。
「ミユ、行っておいで」
「過去を覗けるチャンスだぞ」
そう言われると、心の奥に隠れていた好奇心がめきめきと沸き起こる。
取り敢えず、行くだけ行ってみよう。
「行ってくるね」
暗くて表情の分からない三人に微笑み掛け、ゆっくりと魔方陣へと近付いた。
光の筋を踏んだ途端、平衡感覚が無くなってしまった。眩暈がするような感覚に陥り、瞼を閉じる。
“地の魔導師”
声に気付き、感覚を研ぎ澄ませる。
どうやら眩暈は治まったようだ。
瞼をゆっくりと開けると、所々に黄色の花が咲く草原の中に立っていた。そよ吹く風が心地良い。
声の主の姿は無い。
「貴方は誰?」
“お前が知る必要の無い者だ”
「む~……」
唇を尖らせたところで、意地でも素性を明かすつもりはないだろう。
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