第13話 影Ⅲ
「兎も角、オマエら今日から此処に泊まれ。別行動してたんじゃ危ねーからな」
「分かった」
フレアが小さく頷き、俯くと、アレクは口角を僅かに上げた。
言っている意味をきちんと理解する事が出来ない。
「此処って、会議室?」
「いや、別の部屋だ。ちゃんとオマエの部屋もあるぞ」
「そうなの?」
「あぁ。アリア」
アレクが呼ぶと、アリアは振り向き、迅速に此方へと駆け寄ってきた。私の顔を見詰め、眉を顰める。
「どうしたの?」
「いえ、此方の話です」
「う~ん……?」
本当に良く分からない事だらけだ。これでは頭が痛くなってしまう。
椅子から立ち上がり、小首を傾げてみせると、アリアは私の右手を取った。
「お疲れでしょう。お部屋にご案内しますね」
「うん」
先程の事は無かった事にされてしまった。
アリアは私の手を掴んだまま、廊下の方へとずんずん進んでいく。
「サラ、カイル、ロイ、また後で」
使い魔たちは返事をする代わりに、片手をひらひらと振る。その時、ほんの一瞬だけ、後方に何か嫌な気配を感じたのだ。
振り向いてみると、アレクとフレアも同じ行動をしていた。しかし、私たちの視線の先には何もない。
ただの気のせいだろうか。
「ミユ様?」
「誰か、あそこに居なかった?」
「えっ?」
会議室の奥、花束の絵画が飾られている方を指差してみる。アリアは首を傾げるばかりだ。
「私は何も感じませんでしたけど……」
「う~ん……」
それならば、大丈夫なのだろうか。
ところが、アレクとフレアは私を顧みて、顔を顰める。
「念の為、使い魔たちでミユを守ってやってくれねーか?」
「当たり前です」
当然だ、とでも言うように、四人の使い魔は大きく頷いた。
過干渉過ぎはしないだろうか。
「私だって一人になりたいのに」
「お部屋には入り浸りませんから」
こうなっては受け入れるしかないのだろう。小さく頷くと、全員の顔から安堵が見て取れた。
「行きましょうか」
「うん」
なかなか思い通りにはいかないようだ。先を歩くアリアを無言で追った。
私の部屋は、奥に突き当たって右に曲がった、一番奥の部屋だった。アリアがドアを開けると、先に広がる光景に息を呑んだ。
エメラルドにある私の部屋にそっくりだ。ううん、そっくりというよりも、家具の配置や配色――どれをとっても同じ部屋と言っても過言ではない。
「何? 此処」
「お気に召しませんでしたか?」
「気に入らないっていうより……」
そう、薄気味悪い。
私の気持ちは伝わらなかったのか、アリアは笑顔でゆっくりと振り向いた。
「こんな事もあろうかと、持って来たんです」
アリアが手を翳すと、その掌の上に細長い光が現れたのだ。光は段々と弱まっていく。その正体は銀色の楽器だった。
「フルート、でしたっけ」
「うん、そう」
呆気に取られていると、アリアはそのフルートを押し付けてくる。何となく受け取り、何となく眺めた。
「楽譜はテーブルの上に置いてあります。夕食は後でお持ちしますね」
「うん」
アリアはお辞儀をすると、部屋から居なくなってしまった。後方でドアの閉まる音が響く。
今日は何だったのだろう。一気に疲れが押し寄せてきた。
へなへなとその場に崩れ落ちる。自分でも良く分からない感情が押し寄せ、一粒の涙が頬を濡らした。
「もう、なんなの~……」
敵と一言で言われても、実感が沸いてこない。余りにも現実離れし過ぎている。
思い切り泣いてしまいたい所ではあるけれど、そういう気分にもなれなかった。
何とか椅子に辿り着くと、「んしょ」と掛け声を掛けてそこへ座った。
テーブルの上にはアリアに言われた通り、楽譜が束になって置かれている。
今はそれどころではない。楽器は楽譜の上へと置いた。
汗の搔いたアルミポットを傾け、グラスに水を灌ぐ。その勢いのままコップを握ると、ぐいっと水を飲み干した。
兎に角、心を落ち着けなくては。
深呼吸をし、敵の存在を頭の隅っこに追いやってみる。
「ちょっと、寝ちゃおうかな」
たいして眠くはないのに、ベッドに移動して靴を脱ぎ捨て、身体を横たえる。
この部屋とエメラルドの部屋の違いを一か所だけ見付けた。クラウに貰った氷の花束がこの部屋には無いのだ。
今はどうでもいい。
テーブルに背を向け、大きな溜め息を吐いた。
――――――――
身体がゆさゆさと揺れている。誰かが私を呼んでいる。
「ミユ様!」
はっと目を開けると、そこにはアリアの顔があった。
「夕食をお持ちしましたよ。食べられますか?」
「う~ん……」
お腹は空いていない。まだ寝転がっていたい。
布団をずるずると頭からかぶろうとすると、アリアに止められた。
「夜、眠れなくなりますよ?」
「う~ん……」
この際、先の事なんてどうでも良かった。ただ、反抗するのは面倒臭かった。
「起きて下さい」
されるがまま、アリアに上半身を起こされた。
「今日はアレク様お手製のリゾットとポトフですよ」
テーブルの方を見遣ると、何やら湯気が立ち上っている。コンソメやベーコンの良い匂いもする。
「完食しないとアレク様に叱られますよ?」
「う~ん……」
ご飯を食べなかっただけで叱られるのは遠慮したい。
のそっとベッドから抜け出すと、無意識でテーブルに向かい、席に着いた。
「いただきます」
呟くと、フォークに手を伸ばす。
先ずはポトフのジャガイモを頬張ってみる。口の中でほろりと崩れ、コンソメの奥の甘さが舌を満足させる。
「ナイトドレスはベッドの上に置いておきますね」
「うん」
何時ナイトドレスをベッドの上に置き、いつ出ていったのか、私には分からなかった。それ程に食事に夢中になっていた。
時計の針だけが鳴る部屋の中で、一人、静かに夜を明かした。
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