第12話 影Ⅱ

「オレらには敵が居る」


「敵?」


「あぁ、百年前にこの世界を壊そうとした『影』だ」


 ただ『影』と言われてもピンとこない。

 小首を傾げると、アレクは更に眉間の皴を深くする。


「百年前の魔導師たちが封印した。文字通り、命を賭けてな」


 何となく、本当に何となく、アレクの目が揺れた気がした。


「その時に、一人だけ殺られたんだ。オマエと同じ、地の魔導師だったらしい」


「えっ?」


 先程の、三人の大袈裟な反応を思い返す。

 三人は百年前に殺された地の魔導師を連想したのだろうか。

 でも、実際にその人を見ている筈が無い。百年前には三人とも生まれていないのだから。

 勝手に私を重ねられても困る。「う~ん……」と唸るしかなかった。


「またこの中の誰かが戦いの最中に殺られてもおかしくねぇ。そんなヤバいヤツだ」


「……待って」


 この言い方は、流石に納得がいかない。


「何だ?」


「私、戦うなんて言ってない」


「い、いや……それはそーだけどよー」


「何で私が戦わなきゃいけないの? 敵って言ったって、この世界の事でしょ? 貴方たちだけで何とかならないの?」


 真っ当な事を聞いただけなのに、アレクは大きな溜め息を吐く。


「影も魔法を使える。逃げたって追ってくるんだ。オレらだけじゃ、オマエを守り切れねぇよ」


「そんな……」


 第一、魔法と言ってもワープしか出来ないのに。こんな私が戦える筈がない。

 実感なんて全く湧かないのに、身体だけは震えてしまう。

 私はどうすれば良いのだろう。


「ミユ、魔法を使いたい?」


「おい、それじゃー、魔法は要らないって言えちまう――」


「あたしはミユの意見を尊重したい」


 フレアは真っ直ぐに、力強い眼差しを向けてくる。一方で、アレクは明らかに困り顔になってしまった。

 クラウの方を見てみると、俯いたまま、ちらりとも此方を見ようとはしない。

 私の意見とは言っても、こんなにも三者三様な表情をされては意見の出しようもない。


「ちょっと考えさせて」


 言い切ると、軽く頭を掻いて俯いてみる。

 そもそも、今日だけで意見を纏めろと言う方が無理があるではないか。


「ミユ、ちょっとだけ『過去』を覗いてみねーか?」


 アレクの言葉に反応し、つい上目遣いをしてしまった。

 過去とは百年前の事だろうか。


「アレク! 何言ってるの!?」


「ミユはこの世界の事を何も知らねーんだ。ヒントぐらいやっても良いだろ」


「それって――」


「少し黙ってくれ」


 アレクはフレアの肩に手を置き、口を結ぶ。

 フレアは顔を強張らせ、アレクから視線を逸らした。

 二人の会話の真意がまるで分らない。ただ――


「その『過去』を見たら、私、決められるかな」


 きっと、決意が固まるのだろう。それだけは分かる。


「あぁ、多分な」


「じゃあ、やってみる」


 何事も挑戦だ。取り敢えず、やってみても損はないだろう。


「早い方が良い。明日にでも風の塔に行こーぜ」


 アレクの言葉に私だけが頷いた。

 その後、誰も話し出す者は居らず、気まずい空気だけが流れていった。

 その空気を変えたのは、アリアと、知らない三人――恐らく他の使い魔だろう。扉をノックするなり、アリアを筆頭に、不躾な態度で部屋の中へと入ってきたのだ。


「皆様、どうなさるか決められましたか?」


「明日、風の塔に行く」


「そうですか……」


 四人は揃いも揃って複雑そうな表情で私を見る。


「オマエらは影の事が何か分かったか?」


「いえ、サラはフレア様の魔法の暴発を目の当たりにしましたが、私もカイルも気配を感じただけで、何も」


 黄髪黄眼の男性が、後ろに居る赤髪赤眼の女性と、隣に居る青髪青眼の男性を見遣る。

 恐らく、赤髪の女性がサラで、青髪の男性がカイルだろう。

 アレクは溜め息を吐き、腕を組む。


「何か時間稼ぎになるもんはねーか? 例えば、囮を使うとかよー」


「相手は影ですよ? 囮なんて意味ありませんよ」


「だよな」


 黄髪の男性は、やれやれと言わんばかりにアレクを見る。


「……クラウ様?」


 カイルの視線の先を辿ると、神妙な面持ちのクラウとぶつかった。


「俺、あそこに行ってみる」


「まさか、あそこって、お二人が亡くなった場所じゃ――」


「ミユを頼んだ」


「危険ですよ! 待って下さい!」


 クラウは立ち上がると、椅子を戻す事無く光に包まれて消えてしまった。駆け出したカイルの手は虚しく空を掴む。


「アイツ、何しに行ったんだ?」


「分からない。ただ、何か思い詰めてたって事くらいしか……」


 全く状況についていけない。

 困ってしまい、アレクとフレアの方を見てみても、二人は話し込んで此方を振り向いてもくれない。

 今度はアリアの方を見てみる。

 アリアは此方に背を向け、サラと何かを話している。時折、二人のポニーテールが揺れる。

 あまにも酷い皆の対応に、唸り声を上げてしまった。

 皆の視線が一斉に此方を向く。


「ミユ、済まねぇ」


「何の事かさっぱり分かんないよね」


「うん」


 頷いてみせると、アレクとフレアは苦笑いをした。


「オレらから話すよりも、実際に見た方が早いだろ」


「過去に関係してるって事?」


「あぁ」


 はっきりとした口調のわりには、二人とも冴えない表情をしている。

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