第15話 風Ⅱ

“それよりも、過去を見たくて来たのではないか?”


「そうだけど……」


“では”


 小首を傾げる間も無かった。一瞬にして、耐え難い程の睡魔に襲われる。意思に反し、瞼は重く下がっていく。

 どうしてこんな事に。混乱しているうちに、目に映る景色は変わっていった。


――――――――


 自分がテーブルに伏せって眠ってしまった事に気付き、はっと顔を上げた。

 斜め向かいの席には、黄色の瞳で、短髪の薄茶の髪の人物が座っていた。その人――ヴィクトはニッと笑い、私を見る。


「良く眠れたか?」


「うん。この部屋、ポカポカだし~」


 眠気を誘う室温、背中から降り注ぐ日光、転寝をするには最高の環境だ。

 小さな欠伸をすると、右手で目を擦る。


「そんなに擦るな。目ぇ赤くなるぞ?」


「う~ん」


 取り敢えず擦るのを止め、目を瞬かせる。

 何故、ヴィクトと二人きりになったのだろう。頭を働かせ、考えてみる。

 そうだ、少し男性の意見を聞きたくて、ヴィクトを呼び出したのだった。

 呼び出した張本人が寝てしまうなんて。悪い事をしてしまった。


「ヴィクト、ごめんね」


「何がだ?」


「折角来てくれたのに、私、寝ちゃって」


「いや、いつもの事じゃねーか」


 私、そんなに寝てしまっているだろうか。

 首を捻って考えてみても、思い当たる事は無かった。


「む~……?」


「やっぱオマエ、おもしれーな」


 もしかして、馬鹿にされているのだろうか。

 ちょっぴり腹が立ってしまい、頬を膨らませてみる。


「そんなに脹れなくても良いじゃねーか」


「む~……」


 これでは怒っている私の方が馬鹿みたいだ。

 大袈裟に溜め息を吐くと、何とか自分の気持ちを切り替える。

 ヴィクトは声を出して笑い、腕を組んだ。


「んで、話ってなんだ?」


「あ、あの……」


 男の人が渡されて嬉しい誕生日プレゼントは何だろう。

 私の中で、小説かオルゴールかで迷いが生じていた。


「ヴィクトが貰って嬉しい誕生日プレゼントって何?」


「くれんのか? でも、オレのはもう終わってるしよー、オマエもプレゼントくれただろ?」


「そうじゃなくて~」


「あ?」


 何故、こんなにも分かってくれないのだろう。もうすぐ誕生日なのは、あの人だというのに。


「リエルか?」


 心の中で散々文句を言っていたのに、当てられると心臓がとくんと跳ねた。

 頬が熱を持ち始める。


「オマエ、分かりやすいな」


「む~……」


 ヴィクトだって、アイリスの前では顔が赤いし、若干声が上ずるし、表情だってコロコロと変わる。

 私の事は言えないと思う。


「それで、ヴィクトが貰って嬉しい物って何~?」


「オレか? そーだな、花一本貰えりゃそれで良い」


「それだけ?」


「あぁ、好きなヤツからならな」


 何だか、聞いた意味が無いかもしれない。カイルに聞いた方が良かっただろうか。


「アイツもそーだと思うけどな」


「私の事、好きかどうかも分からないもん」


「そーか?」


 リエルはアイリスにも優しいから、あまり自信が無い。

 笑みを浮かべたまま私を見るヴィクトに、小さく首を横に振った。


「どうしよう~。本か、オルゴールか……」


「もう本にしちまえよ。来年はオルゴール渡せば良いんじゃねーか?」


「う~ん……」


 このまま悩んでいても仕方が無いのは分かっている。

 ヴィクトに促されるまま、小説に決めてしまおう。


「ヴィクト、ありがとう」


「決まったのか?」


「うん」


 微笑んでみせると、ヴィクトの大きな右手がこちらに伸びてくる。そのまま私の頭を撫で回す。


「もう、止めてよ~」


「良ーじゃねーか」


 ヴィクトにとって、私は妹みたいな存在なのかもしれないけれど、これでは妹を通り越して子供のような扱いだ。

 ヴィクトたちと出会ってから、もう三年が経つ。このまま私の位置づけは変わらないのだろうか。

 一向に私の頭を撫で回すヴィクトの腕を、両手でしっかりと掴んだ。

 とその時、扉の蝶番が軋む音が響いたのだ。


「……アイリス?」


 肩まで靡く黒髪を持つ人なんて、アイリスしか居ない。

 直ぐに扉は閉まってしまい、甲高いヒールの音は遠ざかっていく。


「ヴィクト、アイリスが勘違いしちゃうかもしれないから、行って!」


「あ、あぁ。済まねぇな」


 ヴィクトは自身の頭を軽く搔き、足早に会議室から去っていった。

 この頃から、アイリスとの仲は不穏になっていったと思う。


――――――――


 目を開けると、真っ白な天井が視界に入った。

 少しだけ頭が痛い。


「あれ……?」


 黄色の花畑に居た筈なのに。何故、ベッドの中に居るのだろう。

 掛け布団を両手で握り、記憶を辿る。


「ミユ、混乱してない?」


 フレアの優しい声が聞こえる。


「う~ん……」


 フレアの顔も、アレクの顔も見るのが怖くなってしまい、布団を頭からすっぽりと被った。

 確かにヴィクトの顔はアレクに似ていた。似ていたというより、瓜二つだ。

 ううん、もしかすると、私の思い込みがそう言う夢を見せたのかもしれない。それならばアレクに失礼だ。

 ただの好奇心で見た過去なのに。私、何をしているのだろう。

 と、此処で疑問が生じた。


「今見たものが、過去?」


 影と呼ばれるものは一切出てこなかったし、戦いに繋がる事も起きていない。

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