第5話

 そんなことないよって、誰かが言ってる。

 「稔、ごめん。」

 私は謝ることしかできない。

 「あたし、そんなの知らないから。」

 稔は、つっけんどんにそう言った。でも仕方が無い、分かっている。私は稔に全てを押してけてあの場所を出た。

 おやですら、味方ではない。そんなことがあるのだろうかと、ずっと考えていた。けど、

 「もういいの、あたしも逃げてきたから。お母さんとか、家族はおいてきちゃったけど、あの人たちはあの人たちで、上手くやるでしょ?だって、あたしも由香子も、もう大人なんだから。」

 「…そうだね。」

 稔の言うことは正しかった。本当に、そう思った。

 幸い、私にはこの今の場所で、ちゃんと生きていけるところが存在している。なら、大丈夫だ。

 もう、怖いことなどない。


 「…ねえ。」

 「何?」

 「お前さあ、くだらねえよ。」

 「…あんたに、多朗に言われるすじあいない。」

 「うるせえ。」

 「でもさ、久しぶりじゃん。俺がさ、嫌だったのか?何で、家出たんだよ。」

 「しょうがないでしょ?一番いいと思う選択をしたの、何の不満もないわ。」

 「そうかよ、でも母さんが、お前のこと、やっぱり一緒にいたいって。」

 「何でよ、あの人、そんなこと言うなんて、どうかしてる。すごくわがままだし、そう思うでしょ?」

 「思うけど、俺は、なんだかんだ言って、母さんのことを捨てられないんだ。だから…。」

 「だから、何?それは多朗の問題で、私は私なの。私は、私が決めた方がずっと、いいのよ。分かるでしょ?

?多朗にも。」

 「………。」

 久しぶりに、兄と一緒に酒を飲んでいる。

 私は何か、拍子抜けしてしまった。

 思わぬところで、変なことに巻き込まれて、なんか、使い走りっていうか、でも良かったのかな。

 私、彼女たちを助けられたみたい。

 なら、いいか。

 ぼんやりと視界が揺れている。

 まあ、いっか。

 多朗はきっと、母さん母さんっていって、あの人と離れられないのだと思う。男って、なんか、そういう所があるように思う。

 でも、私は。

 多分本当は必要となどされていない。

 必要じゃない、ということは、後味の悪さだけを残していく。

 私は、だから、ぐだぐだとうるさい多朗を置いて、店を出た。

 

 「清子きよこ。」

 初めて、名前を呼ばれたのはいつだったのだろう。

 私は、そんなことばかりを、考えていた。

 「………。」

 状況は好転している、のだと思い込むことにした。

 それで、多分、満足できている。

 私は、多分私は、だから、

 「触らないで。」

 「…え?」

 「私、帰る。」

 「…?」

不思議そうな顔をしている。けど、ごめん。

 私はずっと、こうだったの。

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ノートを手に、沢へ向かう @rabbit090

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