第3話

 頬を張られたような気持ちになった。

 いや、実際に張られたのだ。

 ついほんの少し前、私は張られた、というかぶん殴られた。

 「…っ。」

 睨んだ。

 訳が分からなくて脅えている顔は、下を向いている間に収めた。

 嘘ばかりついているその顔が憎らしくて、ふざけるなと思った。

 何を言っているのか、甚だ分からなかった。

 「何ですか?」

 意味が分からなくて、そう言った。しかし彼女は、

 「あんた、本当に由香子じゃないの?似てるけど、でもさ、そんなのもういいよ。あんた、出てってよ。あたし、めんどくさくてたまらないから。今でも我慢してるの、ねえ、お願い。」

 童顔、と言ったらいいのだろうか、身長も低くきっと、男性にモテるであろうその容姿で、由香子に似ているけれど本人じゃないという私を、思いっきり殴っていた。

 何だ、この町。

 訳分かんねえ。

 とか、心の中で思っていると、

 「あたし、みのり。あんたは?」

 「…っ。」

 答えようとする前に、また殴られた。

 何だ、女って。

 やべえな、マジやべえ。

 「いいよ、もう行きなよ。」

 何様なのだろう、腕を抱えて、こちらを見据えている。

 幸い溺れた時の衰弱からは立ち直っていたから、大丈夫だったけれど、でも。

 「町の人は、もういいって。勝手に出て行っていいって、さ。あたし、あんたに伝えろって言われたの。だからめんどくさいってこと。ホントさ、生半可にこんなとこ来ない方がいいよ、あたしは、出て行けないの。なのに、何で由香子は帰ってこないの?」

 あれ、もしかして。

 この子は、もしかして。

 「…じゃあ、行く?」

 「え?」

 「連れて行ってあげるよ。別に、もう大人なんでしょ。若く見えるけど、お化粧もしてるし、成人はしているでしょ。私、なら連れて行ってあげてもいいよ。どこでも、大体行けるから。」

 「………。」

 彼女は暴力的なイラつきを抑えて、いや、治まったのか、でも、ちょっと黙って私を見た。

 「いいの?」

 「いいよ。」

 私は、一応無事であった私のバイクに彼女を乗せて、そこを出た。

 

 「おい、稔がいねえ。」

 「どうすんだよ。」

 「ち、あの女もいねえ、バイクもねえ。逃げられた。」

 「…でもな、稔が。あいつ、そんな根性あったけ?」

 「はは、あるだろ。あいつ、毎年耐えてたんだぜ?俺たち、甘く見てたんだ。」

 この町には、隠しておきたいことがある。

 ずっと、ずっとって、そんな昔じゃないらしい、でも。

 町に、一人、変な奴が現れたんだ。

 そいつは言った。

 「”人が死ぬ。いやなら娘に修行をさせろ。”」と。

 そしてその後、多くの人が死んだ。それは病死であったり、そもそも偶然が重なっただけかもしれない。けれど、怖かった。みんな、怖かった。

 だから、一人、この数少ない女の中で、ただ一人。とびきり美しい女を一人、選んだ。

 それが、今は、稔なのだ。

 でも、本当は、由香子だった。

 由香子は、逃げた。

 そのせいで稔は、毎日の修行、という名前の苦行を、ずっと。寒い時にはそれを享受するように、暑いときには分厚い衣装を、そのように、苦しむことだけに着眼した、恐ろしい行為。

 それを、していた。

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