第2話

 「由香子。」

 え、誰だよ。私、由香子じゃないし、何?

 状況がつかめない、よく分からない人達が、私の周りにいる。何だ?記憶は、バイクで山に行って沢に浮かんでいたところで止まっている。

 そして、それ以降の出来事が全く分からない。私はどうしてしまったのだろうか。

 「ねえ、この子分からないのかな。由香子だろ?」

 「まあ似てるけど、大体こんなところに来てるんだから、やっぱり由香子だろ。」

 ああ、もしかして。

 「お前なあ、何であんな急流、行くんだよ。あそこは急に流れが速いところがあるから入っちゃダメって、昔から言われてただろ?」

 「ホント、町からも勝手に出てったきり、連絡もないでしょ?」

 「なあ。」

 「ホントなあ…。」

 5・6人、老若男女に囲まれて、ぐちぐちと言われている。

 でも、何となく状況がつかめてきた。

 私は多分、あの沢で溺れていた。だって記憶がないし、確かにあの時は妙にやけくそな気分になっていた。

 「…あの。すみません。」

 私は、体調的には全然大丈夫だってことに気付いていたし、そもそももう起きてから小一時間は経っているのだ。

 最初は、ここ、どこ?と不安だらけで、でも、見回すと医療器具があり、ベッドがあり、病院であることが分かった。

 それに、おぼろげではあるが、急に足元がぐらつくような恐怖を感じたことを思い出していて、目覚めてすぐはその恐怖を繰り返しながら、体がふらつくような感覚を覚えていた。

 「あの。」

 そして多分、私は勘違いされている。私は何か、この町?に住んでいた誰かと、確実に間違われている。

 できるだけ山の奥、山の奥、と目指してバイクを走らせているけれど、そこにはこういう、小さな集落があるのだ。

 そして、助けてもらったみたいで、でも。

 「…私、違います。多分、皆さんが言っている、その人、その”由香子”さんでは無いです。あの、助けてもらってありがとうございます。私、バイクでこの辺に来て沢に行って、溺れたんだと思います。」

 「え?」

 最初に声を上げたのは、可愛らしく小さな、女性だった。

 少女ではない、もしかしたら私より年上かもしれない。ひょっこりとおっさんの陰に隠れて、後ろから覗いている様子が、気にかかっていた。

 「そうなのか?」

 「…まあ。」

 何か、残念がってるのか、安堵しているのか分からない。ような、変な感じ。

 何だ?これ。

 「あ、と。そうですか、でも良かったです。いやごめんね、昔似てる子が住んでてね、この町に。でも、出てっちゃったの、その子、人気者でね。みんなが気にかけてたの。」

 おばさんがそう、呟いた。

 悲しげに、そう言っていた。

 彼女は、そのいなくなった由香子さんのお母さんだ、ということは後から知った。

 私は、その時はまだ、この町のことがそんなに、嫌いでは無かった。


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