後編


 僕は意味もなくドライブをしていた。そう。意味はないのだ。ただの暇つぶしだ。気が優れないときはこうやって外に出て、どこか見知らぬところへ行くのが一番いいのだ。気を落ち着かせるのにはもってこい。


 そういえば、あの日もこうやってドライブをしていたな。あの子の名前は柿かき爪づめ萌ほの花かというようだ。生徒手帳にそう書いてあった。


 僕は彼女を埋葬した。白いドレスを着せて、死に化粧もさせて、棺に入れた。そう。小さな箱に彼女を閉じ込めた。彼女の死体は笑っていた。笑顔でなくなっていた。その表情は二度と変わることはない。でも、僕は笑ってくれていて嬉しかった。彼女の死に顔が悲しい顔をしていたりや苦痛に歪んだ顔をしていたら、僕は彼女に失望してしまっていたからだ。


 僕が殺した死体は別荘の近くに埋めてある。一々墓穴を掘り、そこに放り込む。棺を使ったのは彼女だけだ。異例だ。特別だ。その理由は説明する必要もなかろう。


 彼女の遺品は大切に保管してある。部屋の中にかざってある。彼女が来ていた当時の服を、私物を、大切に保管していた。


 制服はマネキンに着させていた。もちろん、下着も。あの時のままにしてある。そうすれば、いつでもあの時の彼女を感じられるから。そこにいるのだと感じられるのだから。


 食事はここで取るようにしている。「彼女」と食べるのだ。もちろん、食べるのは僕だけだ。僕は「彼女」に今日の一日の出来事を話したりして共に時を過ごすのだ。それで僕は幸せだった。


 今までの僕は他人の色を自分好みの色にすることだった。それが僕の幸せだった。だから、その為に何人もの人たちを殺してきた。


 僕の幸せが変わった。生きがいが変わった。彼女と過ごす時間が今の僕の幸せとなったのだ。


 しかし……でも……本当にそうかなのかな?


 疑問を持った。自分のこの行いに。彼女は死んでしまったのだ。僕が殺してしまったのだ。だから、もう彼女はいない。本物の彼女は僕の目の前にはいない。


 この「彼女」ははたして彼女なのか。


 違う。彼女じゃない。これは彼女の姿を借りた別物だ。話もしなければ、色もない。抑揚がない。そう。透明だ。そんなのは死んでいるのと何ら変わりがない。


 じゃあ、どうしたら僕はもう一度彼女に会えるのだろうか。


 そうだ。会えばいいのだ。世界は広いのだ。きっと……彼女と同じ人がいる。僕の目の前に現れる。出没してくれる。きっとそうだ。


 僕は探す。もう一度彼女と会うために。彼女と同じ輝きを放つ人と会うために。


 だから僕はこうやってドライブをするのだ。夜道を走るのだ。それは何故か。理由は簡単だ。あの日、あの時、あの場所で、君に逢えた。いわゆるジンクスだ。同じことを繰り返せば、同じ人にめぐりあえるかもしれない。切なる想い。切なる願い。そういう意味を籠めて。僕はさまよう。


 しかし、中々会えないものだ。僕は彼女を探して幾人もの人の色を変えてきた。でも、ピンとこない。僕は待ちきれぬ思いだった。胸がキリキリと痛む。締め上げられるようだ。苦しい。


 しかし、今日が運命の日だった。


 僕は適当に車を運転していた。すると、制服を着た女子高校生を見かけた。一人だ。こんな遅い時間に一人で出歩いていた。人影は見当たらず、辺りは静まり返っていた。沈黙していた。僕はもしやと思った。このシチュエーションはあの時と酷似していた。


 僕は少女の色を見る。その色は汚く見ていられるようなものではなかった。しかし、僕は決意した。あの時の彼女もそうだった。人は見かけで判断してはいけない。それも彼女から得た教訓だ。


 僕は車から降り、トンカチを取り出した。そして、少女にそっと近づき、背後から一撃をくらわす。少女は「あっ……」と倒れこんだ。そして後頭部を押さえ、丸くなる。「いい……」と痛みに悶えていた。


 オレは薬品を嗅がせ、少女を運んだ。少女は徒歩だったので、彼女のように自転車を担ぎ込む真似をしなくてすんだ。


 僕は少女を拉致り、別荘へ向かった。そして、あの地下室で、彼女と会えるのを期待した。そう胸を躍らせながら少女を運ぶのだった。


 僕は少女が起きるのを待った。その間に少女の素性を調べた。


 少女の名前は忽那くつな慧莉さとりというらしい。珍しい名前だ。彼女と似て読みづらい。どうやらこの子はM高校に通っているようだ。普通科の学校で偏差値が高くもなければ低くもない。といった微妙な学校だ。その生徒のようだ。


 制服を着てはいたが、荷物は持っていないようだった。大体の女の子は、ポーチとか持っているはずだが、それすらも持っていない。あるとすればスマホだ。画面が少し割れていた。僕が殴り、倒れた衝撃で割れてしまったのではないことを願う。


 あんな所に一人で何をしていたのだろうか。ただの散歩か。そういえば、僕が学生時代だった時、なにかと外出するときは制服だった。私服を着るのが億劫でそうだった。ちょっと出かける時はそうしていた。だから、この子もそうなのであろう。


「うっ……」


 少女が目を覚ました。


 逃げ出せないようにと両手両足をしばっておいた。少女は自分の置かれている状況を即座に理解した。


「誰……?」


「やあ。目が覚めたようだね。僕はちょっと君に興味があってね」


 僕はナイフをちらつかせた。


「殺す気……すか?」


「そうだね。僕は、そのつもりだ」


 少女の目が大きくなる。瞳孔が開いていくのが分かる。僕はにんまりとする。その表情が可笑しくてたまらなかった。これだ。この表情が僕の好きな色の一つだ。


「何故っすか?」


 少女の息が荒くなる。怯えているのだ。死に。僕は一つ息を吐く。それは尾が長かった。ずっと続いていた。


「僕はその表情が好きだからだ」


「表情?」


「そう。君は、人が死んだとき何を想うのか知っているかい」


 少女は首を静かに振った。


「僕も分からない」


 少女の眉間に皺がよる。怪訝そうに見る。僕は続けた。


「きっと幸せなんだと思う。僕はその色が好きだ。「いやだ。死にたくない」と。どんなにくだらない世の中でも、わらにすがる思いでそれを掴む。それは何故か。恐ろしいからだ。人は未知が恐い。恐い事が未知なのだ。だからそれから逃げようとする。怯える。僕はそれがとてもとても大好きだ。絶望にまみれた。その表情が」


 僕は少女の首筋にナイフを押しあてた。血がツーと流れた。少女の白くて細い首筋をなぞるようにそれはつたっていく。


「お願い。うちを殺さないで。うちはまだ、死にたくない……」


 この子も、やはり普通の子だった。「そう。ほとんどの人は君と同じことを言う」彼女ぐらいだ。意味不明な事を口走ったのは。「だから、僕は自分の好きな色を見る。覗く。それが僕の愉楽で断罪だ」


「うちにはまだやるべきことがある。希望がある。まだうちは生きていたい。うちのそれを壊すことは許さない……!」


 色が強くなっていった。あの時見た色とは全然違った。異なっていた。変化していた。僕は動揺する。


「へえ。面白い。でも、君はここで死ぬ。逃げる事は出来ない」


「……ホントに……すか?」


「ああ」


 僕がそういうと少女は悲しげな顔をした。失望した顔だ。諦めた顔。


「うちの話……してもいいすか?」


「ああ。別にかまわないよ」


「うちは、死ぬのが怖いっす。なぜなら、生きていたいからっす。うちは母親から「いらない」とか「死ね」とか言われ続けてきたっす。それでうちは自分が薄くなっていく感覚に襲われたんす。もしかして自分はこの世に存在していないのではないか。などと。それであるとき気がついたんす。どうすれば生きている事を実感できるか。それは、痛みっす」


「痛み?」


「はい。痛いという事は生きている証拠っす。よく、そんな事を耳にしますよね? それです。それでうちはそれを求めるようになったんす」


「……」


「だからうちはそれを望むんす。そうすれば生きている事を濃厚に味わえるっすから」


「変わっているね。痛みを求めるなんて」


「そうなんすよ。珍しいて言われるっす。とにかくうちは生きたいから。だから、殺されるのはまっぴらっす」


「口からでまかせ?」


「そんな事してどうなるっていうんすか? ただうちは自分が死にたくないという理由を話しているだけにしか過ぎないっすよ」


「なるほど。じゃあ、一つ聞くけど、もしも僕が今から君を痛みつける、拷問にかける。殺さずに生き地獄を味あわせるといったら君は喜ぶのかい?」


「ええ。むしろこっちからお願いしたいぐらいですよ」


 少女はあっけらかんと言った。迷いのない瞳で。言ってのけた。僕はたじろぐ。


「そうっすよ。そうしてくれると嬉しいすよ。どうして考えられなかったんだろう。どうせなら、殺すという勿体ない事はしないでうちを虐めてみませんか?」


「いや……」


「なんだ。恐いんすか」


「僕は殺す事しか出来ない。死ぬ瞬間の色を見たいからだ」


「……結局そうなんすね」


「僕の話をさせてもらおう。僕は、昔、ある人に会った。僕はその人に今まで見たことがない色を見た。そして僕はその色を探している。僕にとって君がその人の代わりだと思った。しかし、違ったようだ」


「……殺す?」


「ああ」


 少女は暴れだした。しかし、それは芋虫が暴れているだけにしか過ぎない。僕は少女の肩にナイフを突き立てた。少女は色のある叫び声をあげた。少女は甘い吐息を出す。そして、とろんとした表情で「もう一度」と言った。


 僕はナイフを抜き、血の付いたナイフを見つめる。少女の肩からは血が溢れ出ていた。僕はそれをただただ見守っていた。


 恍惚とした表情で少女は「たらない。だから……」とせがむ。


「だめだな。性に合わない。残念だね。大丈夫。そんな人生なんかつまらない。だから、僕がいい色に染めてあげるとするよ」


 僕は少女を見限る。もう、いいや。飽きた。


 途端に少女の顔つきが変わった。


「嫌っす……!」


 僕は少女の言葉に耳をかさなかった。そして僕は実行に移した。ナイフを突き上げる。そして首元にそれを突き立てようとした。少女の悲鳴が地下に響き渡った。




 僕はただあの子に会いたかった。ただそれだけなんだ。自分の運命の相手を探していただけだったんだ。だからきっと僕は間違いなんか犯していないんだ。


 僕は普通の家庭に育った。そう、普通だったのだろう。だから、僕だけがおかしくなってしまったのだ。僕はいつも人の機嫌をうかがっていた。良い子でいたかったのだ。他人から好かれたかった。だから僕はそういう生き方をしていた。


 自分の事はまず置いておく。そうそれは二の次だ。人によく話を合わせていた。友達になりたい子や好きな子にはその子が好きな事を、趣味とかを調べ、話のタネにしていた。そうやって近づいた。


 そういえば僕は喧嘩なんかをしたことがない。僕は気に入らないことがあったとしてもそれについては触れない。相手が何か攻めてきても笑って受け流す。


 争いなんて何も生まない。そうだ。無意味なことなんだ。ただ傷つけあうだけ。それだけの事に価値なんかない。だから僕は他人に合わせる。


 しかし、それは本当に正しいことなんかではないのだ。


 そう気持ち悪いのだ。


 僕は僕ではなかった。ただそれは僕という皮をかぶった別の人だ。そう。それはいわゆる透明な存在。中身がない。そんな存在。僕はそれを友人に言われた。


 僕は友達なんかいなかった。そう。僕の周りには人はいなかった。いたと思っていたのは僕だけだった。一人ぼっちだった。その事を知らなかった。


 僕は試しに人を一人殺してみた。友人だ。いや、友人ではないか。逆上した僕はそいつを殺した。その時に気がついたんだ。見つけたんだ。僕の好きな色を。


 世の中には自分と同じ人が何人もいる。世界の裏側だろうがどこだろうが。そして同じ人同士で集まり、傷を舐め合うのだ。自分はこうして欲しい。だからこうしてあげる。しかし、ただ与えられるのを待つ人が阻害される。でもまあ、それがある意味幸せなのかもしれないな。


 本当の幸せと言うのを考えると、それが死だと思う。ただ生きているよりは死んだ方がいい。何かを感じながら苦しむのなら、いっその事何も感じない死に向かうのがよいのだろうな。



「知っているかい?」


 僕は話しかけた。僕にはもう何も残されなかった。だから、話だけは聞いてほしかったのだ。骸になった彼女に。僕の声は空虚として残る。


「人は死んだときに脳内麻薬が大量に分泌されて、死ぬ直前は苦痛など何も感じない。と、言われているのは知っているかい?」


 返事は帰ってくるはずもない。しかしながら、僕は構わず言葉をつないでいく。


「そう。要するに、だ。苦痛の世界から一変するのだ。快楽が訪れるのだよ。死。それは幸せな世界が広がるのだ。その幸が自分に降りかかってくる」


 そう。だから僕は死ぬのは怖くない。死は恐ろしいものではない。決して恐怖などで片付けられない。この世のしがらみから逃れられる唯一の手段。それが死。


「死は平等なのだよ。必ず訪れる。そして、最終的に感じる事は同じなのだ。それは輪と同じ。回っている。繋がっている。死の始まりが生。そして生の始まりが死。


 僕は笑った。


「僕は、君に、一言だけ伝えたい。でもまあ、届きはしないが。もし、君の生きがいがそれだとしたら、その趣味の人を探しとけばいいんだ。そこで自分の運命の人を探せばいい。でも、それだけではない。というのを決して忘れてはならない。君は縛られずに、自由に、自分の幸せを探し出していけばいいんだよ。まあ、一人はいるはずだ」


 当然ながら返事はない。


「僕は一つ分かった気がするよ……。僕は本物の彼女にはもう出会えないと。仮に、似ているような人はいたとしても、根本的に違う。その人は彼女ではないのだ。……大事なものは失って気づくことが多い……」


 僕は、包丁を取り出した。そして、自分の首筋に刃先を向ける。少しあてると、血が一筋流れ出した。僕は笑みがこぼれた。ようやく。自分の好きな色になれる。そう思ったら、嬉しくてしょうがなかった。


 僕は最初で最後の死を受け入れる。彼女は最後に幸せだと言っていた。その幸せが僕にも訪れるのだろうか。


 涙がこぼれた。理由はわからない。これはいったい何の涙なのだろうか。いや、考える必要もないことかもしれない。だから、僕にはもう……何もいう事はなかった。




 嫌だ。死にたくない。生きたい。最後にそう思えて本当に良かった。私は幸せだ。生きていたからこういう風に思えたのだ。だから死ぬ直前にこう思えたのだ。生きていて良かったと。


 もし叶うのならあの人ともっと話していたい。あの人の事をもっと知りたかった。でも、残念なことにそれは無理のようだ。


 幸せだ。


 何もない人生でこんな風に思えて幸せだ。


 きっと私の幸せはすぐそばにあったんだ。私はそれにようやく気付けた。


 私は幸せだ。

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一つだけの君へ 春夏秋冬 @H-HAL

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