八話 明日


正直、想像以上だった。

それが勇太の正直な感想だ。

楓は見事、このイレギュラーを突破した訳だが。

まさかこうも早く自分の力を使いこなすとは、勇太も思っていなかったのだ。

素質があるのも知っていたし、霊力が異様に高いのも勿論知っていた。

けれど力を、特性を使いこなすとなるとそれはまた別の話になるのだ。

幼い頃から日々先代の教えを受けてようやく、各々の特性は開花される。

なのにだ、楓はいとも容易くそれを実現してしまった。


勇太は考える。

もしかしたら隔世遺伝だけでなく、何か別の要素も絡んでいるのかもしれないと。

影か、或いは——。


「あの、勇太さん?」


考え込んでいた勇太は楓の声で意識が戻る。

どうやらトンネルの外に立ったまま、考え込んでしまっていたようだ。


「ああ、すまない。帰ろうか」


「そうですね、夕飯の買い物もしなきゃですし」


そう言って二人は車に乗り込み、元来た道を引き返す。

いつの間にか空からは日が差し込んでおり、分厚い雲は点々と隙間を開けていた。

結論は今は出せない。

そう勇太は考えを纏め、運転に集中する。

来た時と同じように高速道路を経由して、地元のスーパーへと向かうとしよう。

ふと助手席の楓が思いつめた様に口を開く。


「……私、あの方々を救えたのでしょうか?」


何を言い出すのかと思えば、余程楓は成仏できない霊に対して思う所があるらしい。

それは勇太も同意見ではあるが、楓の場合、影がその助長をしているのかもしれない。

勇太は楓を安心させるように言葉を選ぶ。


「楓。除霊は唯一、僕たち魂鎮メがしてあげられる霊への弔いだ。正直に言うと、それが彼らにとっての救いになるのかは分からない。でも僕は思う。恨み辛みで現世に留まってしまった彼らを、輪廻転生の軌道に乗せてあげるのは正しい事なんだと。だから少なくとも今日、楓は沢山の魂を助けてあげたんだ」


「……そう、ですね」


楓は人よりも感受性が強いように思う。

虫も殺せない人とは良く言うけれど、多分それに近いのだろう。

相手の不幸がハッキリと見えてしまうから、相手の苦しみを多分に感じ取れてしまうから、その背景に自分を重ねてしまう。

影の影響、過去の生活環境の影響、性格上の影響。

色んな要素は在れど、それが楓と言う人物を構成している訳であり。

ならば勇太は楓の負担をなるべく減らせるよう尽力しよう。

素直にそう、思うのだ。


「気分を変えて、たまには外食でもしようか。どうだい?」


「え!いいんですか!?あ、いや、勇太さんのお料理もとても美味しいですよ?私は、どっちでも……」


「フフッ。じゃあこの先の有名なとんかつ屋にでも行こうか」


「とんかつ!いいですね!」


目を輝かせる楓がこちらを見つめて来る。

そんな様子に癒されながら、勇太は車を走らせるのであった——。




勇太はとても優しい。

自分があまり人の優しさに触れて来られなかったのだろう、楓にはそれが眩しく感じてしまう。

だから時々、怖くなる。

勇太を失ってしまったら、この先きっと生きてはいけない。

生活の問題ではなくて、心の問題。

それだけ楓にとってはもう、勇太という存在はなくてはならないものとなっていた。


「はあ~、美味しかったですね!」


「そう言ってくれると来た甲斐があるというものだよ」


食事を終え店の駐車場に出た二人は、そんな事を言い合いながら車へと戻る。

乗車してすぐに車が出て、再び帰路の道につきながら他愛もない会話をする。


「とんかつって不思議ですよね、お肉にソースが合うなんて。それがご飯に合うなんて。ソースと言えばお好み焼きじゃないですか?何だか、お好み焼きでもご飯がいけるような気がしてきますね!」


「大阪の人たちからしたら喜ばしい感想だろうね。でも楓、炭水化物と炭水化物ではバランスが悪い。やるとしたら、そうだな。粉の代用に豆腐を使うか」


「あ、いいですね!ヘルシーで罪悪感も減りそうです!」


「確かに。じゃあ明日また検討しよう」


ついつい食事をしたばかりなのに、明日の献立にまで気が行ってしまう。

楓は今、明日を見ている。

過去の自分からでは想像もできない程、日々が充実している証明に他ならない。

だから楓は思う。

過去の自分に伝えてあげたいと。


(……もっと明日を信じてもいいんだよ。だって、こんな毎日が待っているんだから)


楓はそう、過去の自分にメッセージを送るのであった。




家に着いたのは午後八時。

何だかんだ一日がかりの長旅となった。

帰って来てすぐに風呂に入り、楓はリビングのソファーでくつろいでいた。

勇太は早速お好み焼きモドキのレシピを考えてくれているようで、冷蔵庫を覗きながら真剣な顔をしている。

すると着信音が鳴り出し、勇太はスマホを取り出す。


「もしもし。ああ、芽唯。どうしたんだい?君の携帯番号ではないようだが」


どうやら電話の相手は白百合芽唯のようだ。

何だろう、またお仕事の話であろうか。

気になった楓はソファーの背もたれから覗き込む。


「……ふむ、なるほど。分かった。じゃあ楓に代わろう。楓、芽唯からだ」


「え、私ですか?」


キョトンとなる楓は渡されたスマホを受け取り、慣れない手つきで耳に当てる。

恐る恐る声を出す。


「……あ、もしもし。楓です」


「——夜御坂さん、こんばんは」


「こ、こんばんは」


電話越しとなると少し緊張してしまう楓は、声が掠れてしまう。

それに構わず芽唯は要件を告げて来る。


「実はスマホを失くしちゃって。新しいのを買いに行くんだけど、夜御坂さんも一緒に行かない?っていうお誘いの電話」


「わ、私もですか?」


「そ。夜御坂さん、スマホ持ってないでしょ?連絡したいとき不便だから持っといた方がいいと思って。藤堂さんには許可取ってあるから、後は夜御坂さんの許可を得るだけ」


何と手際の良い事か。

既に舞台を整えているとは。

けれど楓には抵抗感があった。


「で、でも……。お金も掛かりますし……」


「本体代は私が出してあげる。月額料は藤堂さんに伝えてあるから問題ないでしょ。使い方も私が教えてあげるし」


「ええ!?いや、流石に悪いですよ……」


「何が?あー、じゃあこうしましょ。私は夜御坂さんと友達になりたい。友達に連絡手段ないと私が困るの。だからこれは私の為、どう?」


「どう、と言われましても……」


申し訳なさで若干パニック気味の楓に、いや芽唯に助け舟を出すように勇太が口を挟む。


「楓、好意に甘えてもいいんじゃないかい?僕もそろそろ必要だろうと思っていた所でね。これから楓には魂鎮メの仕事も手伝ってもらうんだ、その給金代わりだと思えばいい」


「は、はあ……」


実際、依頼の報酬は四世家から下の者に分配される為、理には適っている。

それは楓の知る領分ではないが、二人から言われては楓も折れざるを得なかった。


「で、では、よろしくお願いします」


「はい。じゃあ明日、迎えに行くから。それじゃ」


通話の終了したスマホを勇太に返す。

楓はうーん、と唸りながら自分の選択を問い質していた。


「まあ芽唯はアイドルだけでなく、モデルとしても活躍しているしね。月給で言うと僕の十倍、いやもっとか。とにかくまあ、四世家当主の命令だと思って割り切る事さ」


「は、はい」


給料など見当もつかない楓にとってその説明はしっくり来なかったが、上の命令なら致し方ない。

今後そういう組織体制に入るのだ、きっと何事も勉強である。

そうして急遽、明日の予定が決定するのであった——。

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