七話 送り火
◇
黒のレクサスが高速道路を疾走する。
今日は曇天となったが、別にピクニックに行く訳ではないので問題ない。
楓は今、勇太の運転する車の助手席で揺られながら目的地を目指していた。
魂鎮メの仕事である。
今回は旧トンネルにて除霊をして欲しいと、県からの依頼であった。
どうやら舗装工事をしてそのトンネルを再利用したいらしいのだが、工事に関わった人たちが次々と体調不良を訴えたそうだ。
何でも複数の霊がいると多数の目撃証言が出ているらしく、正にお祓い家業の出番であった。
今回楓が参加するのは、除霊の経験を積ませておきたいという勇太の意向である。
楓は霊力こそ申し分ないが、戦闘面に関してはまだまだ発展途上。
今後も考え実戦を何度か踏ませたいと勇太はそう言った。
ちなみに楓は魂鎮メという団体構成にはまだ含まれていない。
話によるとお祓いの依頼は危険が伴う為、管轄している四世家の当主が認めた者だけが魂鎮メとして依頼を受けられるようになるらしい。
だから勇太が認めて他の四世家に報告すれば済む事ではあるが、勇太は何処か迷っている様子だった。
楓としても勇太の役に立てるのであればそれは望むところだし、自身にも影を救うという目的がある。
しかし保護者の許可が降りなければ致し方がない。
なのでそこは一旦保留とする。
「楓、そろそろ見えて来るよ。例のトンネルはこのすぐ先のようだ」
いつの間にやら高速を降りて脇道に入っており、次第に重苦しい空気が車内を満たす。
山道の様な木々が生い茂る未開拓の周囲が、やたらとざわつきを感じさせた。
まだ昼時だというのにも関わらず、曇天模様はその厚さを増したかのような薄暗さ。
やがて見えてきたのは、寂れ廃れた目的地のトンネルであった。
路肩に車を停めて楓たちは降車する。
外観は広めのトンネルでこちらからは出口が小さくしか見えない程、それなりの奥行きもあるようだ。
雰囲気が、やはり違う。
これだけの自然が垣間見えるのだから、少しは空気が澄んでいてもおかしくはない。
なのに感じるのは濁っているかのような息苦しさ。
楓は一度、気配を探ってみる。
複数の霊の気配を感じ、少し不安げな表情になる。
哀しい念に押し潰されそうになるかもしれない、呑まれてはいけないのは分かっているのだが。
そんな楓を気に掛けた勇太が、落ち着いた声で言う。
「大丈夫だよ、何せ楓は一人じゃない。僕がいるんだから、楓は安心して彼らを祓ってあげればいい」
楓は背の高い勇太を見上げると同時に、その表情を安堵のものに変えて見せた。
なんて力強い言葉だろうかと、今の楓にはその有難味が理解でき胸に染み入るようだった。
「……そうですね、勇太さんがいてくれますもんね。怖がる必要なんて、ないんですね」
「ああ、そうさ。それに、本当に怖いのは彼らのような存在じゃない。彼らのような哀しみを生み出してしまう、人間そのものだ」
トンネルを見つめる勇太は今何を思ってそんな事を口にしたのだろうか。
楓にはそれが分からずについ見上げたまま固まってしまう。
それに気づいた勇太が優しい表情を見せて言ってくる。
「すまないね、ちょっと思う所があってつい。さあ楓、そろそろ始めようか。準備はいいかい?」
「はい!」
そう答えて見せた楓は胸の中央に手を添えて、瞳を閉じて口にする。
「霊装——残焔」
紅葉色の鮮やかな着物を纏い、橙色の帯が大きく風にはためく。
左手には鞘に収まった刀を持ち、そうして楓の霊装が完了した。
次いで、勇太がその一連の動作を行う。
「霊装——
藤色をした紫の着物を帯した勇太。
その右手には、楓の刀とは違う扇子が握られていた。
二人はトンネルへと侵入し、気配を探りながらゆっくりと進む。
利用をしなくなってからどれくらいが経つのか、怨霊が集まるには絶好の雰囲気であった。
「ここは随分と陰のエネルギーに満ちている。だがこの場合、場所が先じゃない。恐らく一体、強い霊力を持った怨霊がいる。だから他の霊体が引き寄せられたんだ。その一体を無事に還す事が出来たなら、依頼はほぼ完了だ」
そう説明してくれる勇太の話に聞き入っていると、早速。
楓が足を止めると同時に、隣を歩く勇太も気付く。
「……勇太さん」
「ああ、お出ましのようだ」
二人が見たのは、この世に強い恨みを持った男の霊。
死ぬ間際は会社帰りだったのか、ボロボロのスーツ姿が目に映った。
男の霊はぶつぶつと呟いている。
『……ツライ……クルシイ……タスケテ……』
男の霊はフラフラとした足取りでこちらへと近づいて来ている。
楓は刀を鞘から抜き出し、それを両手で強く握り構えた。
「そんなに力まなくていい、もっと自然体を意識するんだ。その方が身体も動かしやすい」
「はい!」
楓は力を緩め、対象に向けていた刃を下に降ろす。
地面すれすれの切っ先そのままに駆け出し、男の霊を下から切り上げた。
『グオオオオ……!』
瞬間、爆発的な霊力が遅れて拡散し、真っ二つに切り上げられた男の霊を浄化していく。
それを確認した楓は心の中で念じる。
(どうか、安らかに……)
だがここで想定外な事態が起きる。
男の霊が完全に浄化される寸前で、強い霊力を有した別の怨霊が現れた。
その怨霊はゴツイ体躯をした男の霊で、今しがた祓おうとしたスーツ姿の霊体を自身に取り込んだのだ。
明らかに他の霊とは違うその怨霊は、楓たちから抗うようにして周囲の霊たちを更に取り込んでいく。
次々に群がり寄せ集められる霊体は大きく形を変えていき、どんどんと歪に姿を変えていった。
だが何が起きているのか分からない楓は呆けてしまっていた。
「楓!まだだ!」
「え……?」
身体中に人の顔を張り付けた、巨大化した男の霊は強力な怨霊と成り果てた。
そのいくつもの顔が張り付いた歪な手が、楓を横薙ぎに払う。
楓は突然の事に反応できず、硬直したままその一撃を食らうその寸前で、勇太が動く。
「『風の章』——
楓の背後から突風が吹き、思わず身を屈める。
勇太が放った鋭い風によって歪な怨霊の手が切断され、目の前で光となって消えた。
我に返り状況を把握した楓は、続けざまに刀を怨霊へと振るう。
斜めに切り裂かれた怨霊は、けれど浄化にまでは至らなかった。
楓は一度後退し、勇太の隣に並ぶ。
「楓、その刀は力を宿している。それを解放するんだ」
「力、ですか?」
怨霊が大きな叫び声を上げる。
トンネル内が反響に包まれ、その振動が地面を揺らしている様だった。
大きな巨体はゆっくりとした動作でこちらへと迫る。
実体はない筈なのにも関わらず、異様な圧迫感があった。
「いいかい、楓の『特性』は『焔』。それはイメージする事によって初めて実体化される。魂鎮メは基本、各々その特性を使って怨霊を祓うんだ。出来そうかい?」
「分かりました、やってみます!」
楓は意識を集中させる為に目を閉じる。
大丈夫だ、今は勇太がいるから安心して試せる。
焔と言えば、燃え盛るイメージ。
熱く熱く、燃え上がるような熱源体。
すると早速、楓の深紅の刀身が反応を見せた。
刃の周りからは火の粉が舞い始め、熱い温度も感じる。
目を開くとその刀身には、渦を巻く様にして焔が絡みついていた。
でも何故だろう、楓はこの焔を知っている。
記憶に靄が掛かっていて思い出せないが、使い方を確かに知っているのだ。
理由は分からない、けれど。
それならば記憶に従って実践するのみ。
「そう、それでいい。さあ楓、彼らを楽にしてあげるんだ」
「はい!」
再び楓は刃を下げたまま駆け出した。
歪な怨霊の手が迫るも、構わず突き進む。
同じようにして刀を切り上げる、けれど先程までと違うのは霊力だけではないという事。
霊力はこうして形にして初めて真価を発揮する。
楓の刃が地面から天へと払われたその瞬間、刀身を渦巻いていた焔が怨霊を貫き、トンネルの天井目掛けて駆け昇った。
「『
頭上の焔がパァッ!と真っ暗な辺りを照らし出し、程なくして消えていく。
光の断片となって浄化されていく怨霊。
それを見た楓は今度こそ安堵する。
力が抜け、ペタリとその場に座り込んだ。
「大丈夫かい、楓?」
「……は、はい」
勇太にそう返した楓は、自分よりも何よりもこの霊たちの救いを願った。
(どうか来世では、幸せであれますように……)
と——。
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