67杯目:訪問者

 私は遅いナイジェルを置き去りにして、三階を目指した。階段を一段ずつ上がってる暇はない。

 私は壁や手すりを蹴って、縦横無尽に院内を駆け回ると数秒で三階へ到達。


 丁度その時。ひらっとした黒い衣服の切れ端が一番奥の病室に消え、バタンっとドアが閉まった。


 ……いる。

 私たちの先回りをして邪魔してる誰かが。

 いま、ベドウィンの病室にいる。


 一瞬ナイジェルの到着を待つべきか迷ったけど、そんな暇はない。私は全力で扉前まで駆けるとドアノブを握り、思いっきり開け放った。


「動かないで!」


 ある程度の反撃や奇襲を予期して病室の中には入らない。しかし、拳を構えた私はすぐにそれを解くこととなった。


「……え、嘘。誰もいない?」


 狭い病室には誰もいなかった。

 ベットに寝ているベドウィンらしき男性はいるけど、天井もベットの下も誰もいない。窓も閉まっている。

 そして病室は、引き出しという引き出しが全て乱暴に引き出されていた。もちろん中身は空っぽだった。


「やられた……」


 全部持ってかれちゃったか……。でも、どうやったんだろう。犯人が部屋に入ってから消えるまでにかかった時間は、たぶん二秒あるかどうかだ。そんな短時間で荷物を探して消えるなんて不可能だ。

 

「うーん」


「ルルシアン! 大丈夫か?!」


 私が腕を組んで唸っていると、息を切らしたナイジェルが剣を片手に病室に飛び込んで来た。部屋の状態を見て身構えたナイジェルだったけど、私と部屋の様子を見比べると警戒しながらゆっくりと剣を納めた。


「荷物は取られた後か……。で、部屋には誰もいなかったのか? 受付のおばちゃんの勘違いか?」


「ううん。逃げられちゃった」


「……? どういうことだ?」


「それがね。誰かが部屋に入ったのを見て私もすぐに駆け込んだけど、部屋はもぬけの殻でこの有様ってわけ」


 その言葉を聞いたナイジェルは、散らかった部屋の中を進むとバッと力強くベドウィンの布団をめくった。


「……寝てるのは確かにベドウィン本人だな」


 あ、そうなんだ。よかった。

 ベドウィンの顔なんて覚えてないもん。ほぼ初対面だと言っても良いと思う。ベドウィンは明るい焦茶の髪に青い瞳だった。肌が白いところはベゴニアに似ている。


「まるで煙のように消えた……。か」


 誰かの言葉を復唱するようにナイジェルが呟いた。


 そういえば、アーウィンとカルミアも鈴が鳴って宿に誰かが入ってきたけど誰もいなかった。と言ってたけど、何か違和感がある。

 私みたいに追いかけて部屋に入ったらいなかった。これは転移魔法とか何かで逃げたんだと思うんだけど、入ってきたのにいなかったって、よく考えたら意味わかんないよね。


「ふむ。考えてもわからんな。ん? ルルシアン。そこの窓の下、なぜ濡れているんだ?」


 言われて私の背後の窓枠に手を触れると、確かに濡れている。それもいまさっき水をこぼしたような状態だ。


 その時、ふわっと微かに甘い香りが鼻をくすぐった。


 なんだろう。この甘い匂い……。

 まるで花の蜜のような……。


「……そうだ。花」


 ゲルフはシトラスの執務室にいる時、私に言った。


 ――「ああ、昨日ルルシアンに会ってから花を買ってベドウィンのところに行ったけど、やっぱり病室にベゴニアは来なかったんだよ」


 ゲルフが持ってきた花がない。

 まさか花まで持ち去ったの? ゲルフの持ってきた花の香りが残ってるなら、荷物は事前に持ち出したんじゃなくて本当に今さっきって事になる。


 つまり……。


 犯人は部屋に入ってから二秒以内に、部屋中の荷物を集めてこの部屋から消えたことになる。そんな短時間でこれだけの事を出来るわけがない。

 

 それこそ時間を止めるくらいしか……。


 時間を、止める……?


 え。もしかして、これってクロノスホルダーの仕業? クロノスの力を使って時間を止めて、その間に荷物を持って逃げたってこと?


 突拍子もないかもしれないけど、それくらいじゃないと説明出来ない。


 でも、なんでそんな面倒なことを……?


 時間を止められるなら、私とナイジェルを殺した方が手っ取り早いのに……。


「……ふぅ、打つ手なしだな」


 私が一つの解に至ると同時に、ナイジェルがドカっとベットの端に腰を下ろして深いため息を吐いた。


 敵はクロノスホルダー。


 その事実をナイジェルに伝えるべきだろうか? 伝えたところでどうにもならないかもしれないけど、私一人で悩むよりは良いはず。


 何より手掛かりがなくなった今、これからどうしたら良いかなんて私には見当もつかない。ナイジェルの助けが必要だ。


「あのさ、ナイジェル。実は……」


 コンコン


 その時だった。

 誰かが病室のドアをノックをした。


「ルルシアンさん、ナイジェルさん。入ってもいいですか?」


 え? だれ? 私たちがここにいる事を知ってる人なんて、アーウィンかカルミアしかいないのに。

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