66杯目:先手
「おーい! ナイジェルー! 待たせたなッ!」
アーウィンとナイジェルが握手を交わした頃。ギルドの方からゲルフが数人の冒険者を引き連れて戻ってきた。
水魔法が使える冒険者達かな? いや、それにしてはみんな屈強に見える……。そして両手にバケツを持ってる。まさか。
「噴水広場からリレーするぞ! お前らも手伝え!」
このメラメラと燃える火事を? バケツで消すの? ゲルフの頭の程度を考えなかったシトラスのミスだ。
「なぁ、ルルシアン」
ふと気づくと、ナイジェルが顎に手を当てて何か考え事をしていた。
「ベゴニアは意識の戻らないベドウィンの看病をしていると言っていたな?」
「え? うん。毎日のように通ってたらしいけど」
ただここ数日は来てないというゲルフの証言だ。
ベドウィンはいつ目覚めるんだろう? そんなに怪我の程度が酷いのかな? 私も一度お見舞いに行こうかな。
「そうか。ならば、まだ希望は残されているか……。ルルシアン行くぞ!」
ナイジェルがボソッと意味不明なことを呟くと、私の腕を掴んで走り出した。手を引かれた私は思わずそれに合わせて走り出す。
「え? え、ええ? どこに?!」
「ベドウィンのいる病院だ! ベゴニアの愛用品が何かあるかもしれん!」
確かに病院なら何か置いてあるかもしれない。となると、宿を燃やした犯人より先手を打つ必要がある。今度は先手を許すわけにはいかない。
「アーウィン! また今度、一緒に冒険に行こう!」
「ああ、ナイジェル! 絶対に行こう! 4人で!」
アーウィンが返事を返すも、ナイジェルは走りながら無言で手を振った。
アーウィンとカルミアも連れてくればと思ったけど、怪我を治したとはいえ疲労してるアーウィンや、戦闘向きじゃなさそうなカルミアを連れていく事はマイナスだと判断したのだろう。事は急を要する。
「ルルシアン。ついて来れなきゃ置いていくぞ! フリューネル!」
シュルルルルと辺りの空気がナイジェルの足に集まったかと思うと、ナイジェルが消えた。いや、正確には物凄い速さで大跳躍した。
「わぉ、風魔法かな。よーし!」
私も
「ほぉ、やるじゃないか。俺の速度についてこれるとは」
「風魔法使いなんだね! ガーベラみたいに狙われなかったの?」
「俺は普段は剣士として振る舞っているからな。基本的に魔法は機動力を上げるのに使っているだけだから、剣士と変わらん」
なるほど。魔法使いって言っても遠距離攻撃ばかりじゃないんだね。確かにダリアも一瞬で移動する雷魔法を使ってたし。私も使えたらなぁ……。
「見えてきたぞ! あの建物だ!」
広場から少し離れた場所に三階建ての大きな建物が建っていた。白い外壁の病院は軽く100人は収容できそうな大きさだ。
「よっと」
建物の屋根から飛び降りると、何事かと通行人に見られたけど気にしてる場合じゃない。とりあえず病院は燃えてないから先手を打たれてる感じはない。
「何号室だ?!」
「え、知らないけど……」
「ベゴニアの恋人なのに、兄弟のベドウィンの病室すら知らんのか?!」
「う……」
もーめんどくさいな、この設定。ここまでナイジェルを動かせたなら、もう本当のことを言ってもいいんじゃないかな。
「えっとね。ナイジェル、実はね……」
「グズグズしている暇はない! 行くぞ!」
ナイジェルは風の如く病院へ突っ走って行ってしまった。訂正する機会を失った私は「あとでめんどくさいことにならなきゃいいな」と思いながら、ナイジェルの後を追った。
病院に入ると、ナイジェルは受付でおばちゃんからベドウィンの部屋番号を聞き出したところだった。
「三階の奥の部屋だそうだ! 急ぐぞ!」
「うん!」
「あ! こら! ちょっと待ちなさい!」
階段を駆け上がろうとした私たちを止めたのは、受付のおばちゃんだった。
「あのね! 病院の中では走らない! まったく、さっきの人もそうだけど、ベドウィンの見舞いに来る人は常識ってもんが……」
そのおばちゃんの一言に私とナイジェルは顔見合わせると、同じことが脳裏によぎった。
――また先を越された。
誰かわからないけど、アーウィンでもカルミアでもゲルフでもない。確実に、誰かが私たちの邪魔をしている。
「ちょっと! あんたたち!」
脱兎の如く駆け出した私たちはおばちゃんの怒鳴り声を置き去りに階段を駆け上がった。ここでまた火事にでも起こされたら被害は宿屋の比じゃない。
「ナイジェル! 先に行くね!」
「くっ! ああ! すぐにおいつく!」
室内では風魔法の扱いが難しいのか、さっきより遅いナイジェルを置き去りにして私は病院の壁を蹴り、三階の奥の部屋へと急いだ。
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