65杯目:氷解
「えっと、アーウィン。もう一度聞くけどさ。宿には他に誰もいなかったんだよね?」
ナイジェルとアーウィンは睨み合ったままだ。カルミアもお手上げな顔をしているので私が声をかけると、アーウィンはカルミアと顔を見せ合い、首をかしげた。
「……誰だ? お前」
「う、ルルシアンだけど……。覚えて、ない?」
アーウィンはカルミアの顔を見て、知ってるか? ときくがカルミアを首を横に振った。
「ええっと……。ほら! 数日前、ギルドでナイジェルとゲルフが喧嘩した時に……」
そこまで言って、困惑顔だったカルミアがポンと手を叩いた。
「ああ、思い出したわ。ギルドでゲルフさんとナイジェルをぶっ飛ばした子よね?」
「あー、あの怪力女か……」
うぅ、怪力女……。そういう覚え方になるよね。だってお腹かが空いたらフルパワーになっちゃうんだもん……。
しょんぼりした私を見かねて、アーウィンはもう一度説明してくれた。
「さっきも言った通りだ。俺らが飯を食ってたらいきなり燃えたんだ。気づいたら辺り一面火の海って感じだ。宿屋の店主はカルミアに任せて、オレは逃げ遅れた人がいないか全ての部屋を回ったが誰もがいなかった」
「ふむふむ」
やっぱり嘘を言っている感じはしない。ただアーウィンの説明だと、いきなり火事になった説明がつかない。何か見落としがあるんじゃないかと思って、私はカルミアに何か思い出せないか聞いてみた。
「カルミアは、他に気になった事とかない?」
「んー、そうね。あ、そういえば、火の手が上がった瞬間。鈴の音が聞こえたのよ」
「鈴の音?」
鈴って、チリンチリンって音が鳴るあれだよね? 私が首を傾げていると、アーウィンが説明を補足してくれた。
「ああ、あれか。ここの宿は、人が来たらわかるように入り口に鈴がぶら下げてあるんだ。確かに言われてみれば、俺もその音は聞いた気がするな……」
「え。なら、その時に入ってきた人が犯人なんじゃ? 宿の入り口に誰かいた?」
「いいえ、それが誰も入ってきてないのよ。音が聞こえた瞬間に入り口を見たけど誰もいなくて……。次の瞬間には宿屋が火の海になっちゃったからそれどころじゃなかったけど」
ううーん? なんか、デジャブだね。私もシチュエーションは違うけど、どこかでそんな光景を目にした気がする……。ふとした瞬間にいるはずの人がいない……。どこだったかな。ええーっと。
私が思い出そうと頭を捻っていると、私が頼りにならないと判断したのか、ナイジェルは深いため息を吐いて二人に問いかけた。
「アーウィン、カルミア。その火の手が上がった時のことなんだが……」
「うっせぇな。テメェと話すことは何もねぇよ」
ナイジェルの問いかけをアーウィンが拒絶した。
それはまるで子供が親の言う事を聞かない時のような態度で、アーウィンは顔をプイッと横に向けた。
「ちょっとアーウィン。今はそんな時じゃないでしょ? 協力しないと」
ふてくされるアーウィンをカルミアが宥めてくれたけど、まだナイジェルとアーウィンの間にはガーベラ失踪による軋轢があるみたいだ。
ナイジェルの目的はベゴニアの愛用品からガーベラの誘拐犯への糸口を見つける事だ。アーウィンの駄々に構っている暇はない。
そう割り切って、ナイジェルは再度口を開いた。
「いいかアーウィン。お前らは現場にいながら犯人は見てない。いたのは宿屋の店主とお前らだけ。つまり、犯人はお前らって可能性があるんだぜ? ちゃんと話を……」
ナイジェルのその一言に、アーウィンがブチ切れた。
地面に座っていたアーウィンは、バッと飛び上がるとその勢いのまま素早い拳でナイジェルの顔を殴り飛ばした。
「ぐはっ!」
「ふざけやがって……。俺らが犯人だと?! あー?!」
「アーウィンやめて!」
尻餅をついたナイジェルに追撃するアーウィンを、カルミアは必死に止めに入った。
「どけ! カルミア! こいつには一度キッパリ言っておきたかったんだ!」
ナイジェルはダメージが足に来ているのか、すぐには起き上がれずその場に膝をついた。
「俺は知ってんだぞ。テメェがパーティの金をこっそりちょろまかしてたのを。家まで買ってガーベラにプロポーズして断られて、腹いせにお前が殺したんじゃ……」
そのセリフを吐き終わる前に、鬼の形相をしたナイジェルが地面を蹴ると今度はアーウィンが殴られた。
臨戦体制に入っていたからか、アーウィンは倒れずにその場になんとか踏みとどまったが、ダメージは大きそうだ。
「アーウィン。なにも知らねぇ癖に……。俺がどれだけ、お前らのために……!」
「ぺっ! 俺らのため?! なに意味わかんねぇこと、言ってんだコラァ!」
再びアーウィンの拳がナイジェルの顔に叩き込まれた。だけど、ナイジェルは倒れなかった。口から血を流しながらもアーウィンの拳を受け止めた。
ナイジェルはその鋭い潤んだ瞳でアーウィンを捉えて離さない。
「アーウィン……。確かに俺はパーティリーダーなんてガラじゃねぇ。それはわかってる……。でもな、お前らとパーティを組んでの冒険は本当に楽しかった……。本当に幸せだった……」
ポタポタと涙を流すナイジェルを前に、アーウィンも気まずくなり拳を下ろした。その様子を見てナイジェルが続ける。
「あの家は、俺らパーティ全員の拠点として使うつもりでパーティの金から積み立てをしていた」
え、ガーベラと住むための愛の巣じゃなかったんだ?! 確かに二階建てで、二人で住むには少し広いかな? とは思ったけど……。
「俺らの、拠点だと? 嘘つくな! あれはガーベラとお前の……!」
「すまない……。お前らを驚かしたくて、喜ぶ顔が見たくて、黙って用意していた。結果的に黙ってパーティの金を使ったのは事実だが、全てはお前らのためだった……」
そっか。ナイジェルはパーティのみんなで使うために貯金をして買ったのに、アーウィンはそれを勘違いして、それがそのままガーベラの失踪でこじれて、こんな状態になっちゃったんだ……。
「ナイジェル。それは本当なの? アーウィンはナイジェルが土地管理所でガーベラとの結婚について話してるのを見たと、私は聞いているわ」
カルミアも、アーウィンからナイジェルが金を盗んで家を買ってると聞かされていたらしい。アーウィンの誤解が発端だったのね。
「……土地管理所のジェミニって奴に聞いてくれ、俺がパーティのために家を探していたと証言してくれるはずだ」
「……じゃあなんで、それを俺らに言わなかったんだよ!」
「……すまん。ガーベラへのプロポーズをした翌日。もしガーベラから良い返事が貰えたら、ガーベラの事と俺たちの拠点について報告するつもりだった」
だけど翌日にガーベラの失踪。ナイジェルは拠点の報告どころではなくなってしまったというわけね……。タイミングが最悪すぎた。
「なんだよそれ……。いまさら言われても……」
「アーウィン。ナイジェルに謝りなさい。あなたの早とちりも原因の一端じゃないの」
「いや、でも……」
「あーもう! 男ならさっさと謝る!」
「……ナイジェル。すまねぇ。お前を、信じてやれなかった」
「アーウィン。俺の方こそ……。言葉足らずですまん……」
カルミアが二人の手を取ると、強引に握手させた。
誤解だったとわかっても、まだ二人の間には見えない壁がある。だけどそれが溶けるのも時間の問題だと感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます