63杯目:道標はここに

 ナイジェルの家に入ると、ボロボロのテーブルの周りには椅子代わりにタルが転がっていた。

 部屋は埃臭いし、全く掃除をしていない事が伺える。


「適当に座ってくれ」


 ひと足先にテーブルに着いていてるナイジェルに促され、私たちもタルを拾って席に着くとナイジェルが何か持っているのに気が付いた。


 杖……?


 ナイジェルはゲルフと同じ戦士タイプだ。杖なんか使わないだろう。となると、あれは……。

 

「その杖って、もしかしてガーベラの?」


「ああ、宿に残されたガーベラの使っていた杖だ」


 ナイジェルは気難しい性格だけど、話せばわかってくれるはずだ。急がば回れ……。まずはナイジェルの話を聞くことから始めよう。


「ガーベラって、どんな人だったの?」


「彼女は……。明るい性格で、誰に対しても優しい女性だったよ。ふ、俺とは正反対だな」


 言いながらナイジェルの瞳はうるっとしている。やっぱりナイジェルも誰かに聞いて欲しかったんじゃないかな。ガーベラとの思い出を……。


「だよねぇ? ナイジェルってパーティリーダーって感じじゃないけど、それもガーべラさんに勧められて?」


「ああ、俺も柄じゃないって何度も断ったが、結局ガーベラの押しに負けてパーティを作ることになっちまった」


 ゲルフによると、ギルドでナイジェルと揉めていたアーウィンとカルミアは、元々ナイジェルのパーティメンバーだったらしい。


 ガーベラの失踪でパーティは解散したのに、いつまでもリーダー面をするナイジェルをアーウィンは気に入らなかったとかなんとか。


「ガーベラが失踪したのは……ぐすん。この家で一緒に暮らそうと約束した、翌日だった」


 涙ながらに語るナイジェルの拳が強く握られていく。


 ガーベラを誘拐した犯人への怒り。

 彼女を救えなかった無力な自分への怒り。

 吐き出すことの出来ない怒りで、ナイジェルは限界だった。


「ルルシアン……。ベゴニアを救いたいか?」


 涙を拭うと、ナイジェルは私を真っ直ぐ見てきた。その瞳には強い決意と覚悟を感じられた。これには私も全力で答えるしか無い。

 ゲルフとシトラスも無言で頷いた。


「もちろんだよ! あ、愛する彼を助けたい!」


 ぎゅるるるるるるる!


 あああ! 最悪のタイミングで私のお腹が鳴った。

 恥ずかしすぎる……。

 隣でゲルフが吹きそうになって堪えてるの見える。


「ルルシアン。その気持ち、絶対に忘れるなよ」


「うん!」


「お前たちに渡したい物がある」


 そう言ってナイジェルがテーブルの上で拳を開くと、そこには小さな赤い石のついたペンダントが握られていた。古びた彫金はどこか見たことのある気がする。


「これは?」


「アーティファクト《存在のペンダント》だ」


「あ、アーティファクト?!」


 それってめちゃレアなアイテムじゃん! あ、そっか。ミストを閉じ込めてるアーティファクト《身喰いのペンダント》と似てるんだ。ってことは、これにも何か特別な効果が?


「これは登録した者の存在力を感知して、その者の現在地を示す効果がある」


「「げ、現在地を……。示す?!」」


 思わずゲルフと声が被ってしまった。

 ドンピシャ効果すぎない?!


「そんな都合の良い道具があるの?!」


「ああ……。ただ、これには探したい者の存在力を登録する必要があるため、存在力が染み込むほどの愛用品が必須にはなるが」


 いや、凄すぎるでしょ……。それにしても愛用品か。ベゴニアの泊まってる宿に行けば何かあるかな……。


「これでガーベラの位置はわからなかったの?」


「ああ、この杖を使ってガーベラの存在力を登録したが、ペンダントは何も示さなかった」


 それってつまり、ガーベラは死んでるってことだよね……。そりゃ落ち込むわけだ……。


「ベゴニアの愛用品、何か持っているか?」


「え、いま? 持ってない……」


 その言葉でナイジェルが私の事を少し疑ったように見える。いやいや、恋人じゃないし持ち歩いてないよっ!?

 すかさずゲルフがフォローしてくれた。


「ベゴニアの宿に行けば何かあるだろう。やり方を聞いてる暇はねぇ。ナイジェル、一緒に来てくれ」


「わかった。ただし、条件がある」


 え、条件? やっぱりお金かな? ここはゲルフとシトラスに立て替えておいてもらおう。私は背を低くして見えないようにした。


 ぎゅるるる……。

 それにしてもお腹が空いた……。


「もし犯人を見つけた場合、誰にも譲らねぇからな。俺の獲物だ」


「……わかった。お前に任せる。時間が惜しい、行くぞ!」


 よし! よしよし!

 存在のペンダントを使えば、ベゴニアの現在地がわかる! これはもう見つけたも同然だね! やっほい!


 事件解決の糸口が見えた事でお腹が空いた私は、ゲルフに持ってきてもらっていた食料を食べながらベゴニアの宿を目指すことにした。


「もぐもぐもぐ!」


「おい、この女。いつもこうなのか?」


「ああ、我慢しろ。実力は俺よりある」


「ルルシアン。ベゴニアを逃したらお前は一生独身だぞ」


 なんとでも言って! お腹が空いた時に食べないと、次はいつ食べられるかわかったもんじゃないもの! 満腹の呪いが怖くて食事が出来ますかってーの!


「もぐもぐもぐ!」


 しかし、走りながら食事を続けてベゴニアの宿に着いた私達はその光景に戦慄し、満腹まで食べた事を後悔することになった。


「バカな……」


「……嘘でしょ? また満腹の呪いせい?!」


 ベゴニアの泊まっていた宿が、激しく燃えていた。

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