62杯目:ナイジェルの説得

 私はゲルフとシトラスを連れ、ナイジェルを探しに街へ繰り出した。存在力は戻ってるし、腹減りはいつものことだ。


「ギルドには居なかったけど、ナイジェルの行きそうな場所に心当たりがあるの?」


「適当に歩いてれば見つかるだろ」


「そんな野良猫じゃないんだから……」


「そうですね。まずはナイジェルさんの家を当たってみましょうか?」


「え、自分の家を持ってるの?」


 冒険者は基本的にその日暮らしが多く、家を持つことはあまりない。宿屋に泊まるのが一般的だ。


「はい、ガーベラさんと住むつもりで買った家があるんですよ。当時ギルドからも少しだけ融資しました」


 シトラスの説明によると貧民街の側にあるらしい。貧民街といえば、ベゴニアと地下道で助けたウェルドはどうしてるのかな。傷はさっぱり治したはずだけど、会えたらいいな。


「ここです」


 ギルドから貧民街へ歩いてしばらくすると、お世辞にも広いとは言えない二階建ての家が建っていた。

 外壁はボロボロで草も伸び切っており、ここに人が住んでるのかと疑うレベルだ。


「よし、俺に任せろ」


 ドンドン!


 ゲルフがドアを激しく叩くだけで、家が揺れて軋む。今にも壊れそう……。

 少し待ったけど、返事はなく物音もしない。


「おい、ナイジェル! いるんだろ?! 俺だ! ゲルフだ!」


 その声に反応したのか。家の中からギシギシと歩く音が聞こえると、ガチャっとドアが開いた。


「……なんだ。騒々しい」


 姿を現したのは黒髪の青年。ナイジェルだ。前会った時より前髪がさらに伸びており、少しやつれてる気がする。


「む? ギルドマスターまで? そっちは俺をぶっ飛ばした女じゃねぇか。……悪りぃな、今は人と会いたくない気分なんだ」


 ナイジェルがそれだけ言ってドアを閉めようとしたところを、ゲルフがドアを掴んで阻止した。


「悪りぃなナイジェル。ちょっとだけでいいんだ」


「ハァ……。しつけぇな。こないだのカルミアとアーウィンの件か? 何度も言ったが、あれはカルミアを置いてアーウィンが勝手な行動をしてたから俺が」


 一刻も早くベゴニアの居場所を知りたいのに、関係ない話を始めたナイジェルに苛立ちを覚え、私はゲルフを押し除けるとナイジェルの前に飛び出した。


「もう! そんな話はどうだっていいの! ベゴニアが大変なんだから!」


「あ? んだよ。ベゴニア? 俺には関係ねぇだろ」


 私の横槍にイラッとしたのか、ナイジェルが乱暴にドアを閉めようとしたので、私は咄嗟に足を差し込んだ。


「関係あるの! ベゴニアがガーベラと同じく誰かに誘拐されちゃったんだよ! ナイジェルは、事件のことで何か気付いたんじゃないの?!」


 食ってかかった私にナイジェルは目を丸くしたかと思うと、その表情は一瞬で不快感なものに変貌した。


「なんでお前がガーベラのことを……。チッ、お前ら……」


 余計なことを言ったなとばかりに、ナイジェルがゲルフとシトラスを睨んだ。

 だけど、ここで引くわけにはいかない。


 援護とばかりにシトラスも一歩前に出ると、ナイジェルに協力を申し出た。


「勝手に喋ったことは申し訳ありせん。ですが事は急を要します。ルルシアンさんの仰った通り、ベゴニアさんが行方不明になってしまったんです。力を貸してくだグェ!?」


 突然、懇願するシトラスの胸ぐらをナイジェルが思いっきり掴んだ。

 シトラスは胸ぐらを掴まれることが多いね……。


「……けんなよ」


 シトラスの胸ぐらを掴んだナイジェルの腕が、怒りに震える。


「ふざけんなよ! 何が協力してくれだ?! あー?! てめぇ! どの口が言ってやがる!」


 怒りに満ちたナイジェルが掴んだシトラスを突き飛ばすと、それをゲルフが受け止めた。


「俺が散々ガーベラを探してくれ! 助けてくれ! ってギルドに依頼した時! お前らはろくに助けてくれなかったじゃねぇか!」


 ドン! と力任せにナイジェルが壁を叩いた。その悲痛の叫びからは、ガーベラ失踪当時のナイジェルの心情が読み取れる。


「……ゲホッ。あ、あの時はギルドとしても調査の限界だったのです……。申し訳ありません……」


 うーん……。当時の事は知らないけど、シトラスの事だからちゃんと動いてたとは思うけどなぁ。こればっかりは私が口を挟める問題じゃない。


「謝っても遅ーんだよ! お前らがちゃんと調べていれば! 今頃ガーベラは……! くそっ!」


 再びナイジェルは、ドンっと力任せに壁を叩いて背を向けた。


 ナイジェルの気持ちもすごくわかる。

 恋人が失踪した時に助けてくれなかったのに、ベゴニアの時は協力しろって言われるんだもんね。怒るのも当然だよ。


 ただ……。きっとナイジェルも内心ではわかっているんだと思う。ギルドの調査では限界があるし、ギルドに非はないと。

 でも、誰がに怒りをぶつけないと気が済まないんだよね。


「頼むナイジェル。今はお前だけが頼りなんだ」


 ゲルフも頭を下げて頼み込んだ。

 過去はどうあれ、ゲルフの言う通り今はナイジェルしか手がかりがない。私も誠心誠意お願いしよう。


「お願い! ナイジェル! ベゴニアは大切な人なの!」


 シトラスやゲルフと同じく、私も深々と頭を下げた。


「大切な、人……?」


 ナイジェルがゆっくりと振り向いた。


「うん! ベゴニアは一緒にご飯を食べたり! 冒険したり! 私はいろんなことをベゴニアに教わったの! だからどうしても助けたいの! お願い!」


「そうか、ルルシアン……。お前も昔の俺と同じで、愛する人を失う恐怖に怯えているんだな……」


「うぇ?」


 あ、愛する人? え、あの違う……。と、言おうとしたら、私の背中をゲルフがツンツンと突いて制止した。


「……わかった。入れ、話したいことがある」


 ナイジェルはボソッと漏らすと、ふいっと顔を背けて家に入って行ってしまった。


 後に残された私達は、互いに顔を見合わせた。


「ねぇ。絶対、誤解されてるよね?」


「だな。ま、いいじゃねぇか。話が進んだんだ。めんどくせぇから、そういうことにしておけ」


「きっとルルシアンさんを、過去の自分を重ねているのでしょう。話を合わせて頂けると助かります」


 他人事だと思ってからに……。私を置いて二人はさっさとナイジェルの家に入って行ってしまった。


「はぁ……。わかったよ。頑張ってみるよ」

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