61杯目:可能性
「お? ルルシアンの目が覚めたか」
ゲルフはズカズカと部屋に入ってくると、抱えていた箱をテーブルに上にドスンと下ろした。
「寝ながら飯食う奴なんて初めて見たぜ。これだけあれば足りるだろう?」
箱を覗くと、中にはたくさんの果物や飲み物が入っていた。底の方には、肉料理と魚料理が見え隠れしており、どれもこれも美味しそうな匂いをしている。
ぎゅるるるるるるるるる……。
匂いを嗅いだらお腹が鳴った。
正直、今すぐかぶりつきたいけど、私も女の子なわけで……。二人に見られてると思うと手が出ない……。
「おいおい、ルルシアンの癖に遠慮すんな。食え食え」
そ、そうだよね!
私に遠慮なんて言葉は似合わないよね!
食べれる時に食べる。それが私のモットーだ。
「いっただきまーす! はむ! もぐっ! うわ、このお肉柔らかいね! おいしぃ!」
この癖のある噛み応えはシューベルの肉だね。
シューベルはメェメェ鳴く弱い魔物だけど、肉は柔らかくて美味しいから良く食べられている。
ちょっと味に癖があるから苦手な人もいるらしいけど、私は好き。
もぐもぐもぐ!
「相変わらず、すげー食いっぷりだな……」
「ええ、寝てる時より激しいですね……」
二人が何か言ってるけど気にしない。
私は喉が渇いてガサゴソと箱の中を探ると、赤い瓶を見つけた。おいしそうな見た目に心が躍ると、栓をこじ開けて一気に飲んだ。
「ゴクゴク。ん?! おいし! なにこれ!」
果実の程よい甘さと、ほのかな酸味の調和が素晴らしい。私が飲んだことない味だった。
「ああ。それはグルナードのジュースだ。街に来ていた行商人から買ったんだ」
「グルナード? それって、木の上に成ってる赤くて硬い果物? 果汁はすっぱいって聞いてたけど、めちゃくちゃ甘いね」
蜜を加えているのか、すごく甘いのにサラサラしていて飲みやすい。どこの街で作ってるんだろ。
「もぐもぐ。ところで、クラルテ・ウルフの襲撃から何日くらいたったの? 三日くらい?」
「ん? 昨日のことだぞ」
「き、昨日……?!」
思わず齧っていた焼き魚の刺さった串を落としてしまった。大丈夫。三秒ルール。パクっ。
それよりも一日しかたってないという事実に違和感を覚えた。
前は意識を取り戻すのに三日かかったのに、私の存在力が回復するの早くない? ダリアの雷を食べたからかな? 何が違うんだろ。うーん。
違和感といえば、この部屋もそうだ。
「ところで、なんで私はギルドマスターの執務室で寝てるの? 病院にはいかなかったの?」
私の疑問にゲルフとシトラスは顔を見合わせると、シトラスは深い溜息を吐いた。
「えっと、最初は病院に運んだんですが……。ハラヘッター! と暴れ回るルルシアンさんを宥めるために大量の食料を運び入れていたら、ここはレストランじゃない! と病院の方に怒られまして……」
「うぅ……。ごめんなさい」
寝ながら食べるなんて信じられないよね……。
そりゃあ、追い出されて当然か……。
「あ、そうだ」
病院というキーワードで思い出した。
「ゲルフ。ベゴニアとは会えた?」
騎士団の詰め場に行く前。ゲルフがベゴニアに会えてないって言ってた。私も地下道でルスソルラットを倒したっきりベゴニアには会ってないし、報酬も貰ってなかった気がする。
「それがよ……。ベゴニアがいねぇんだよ」
「……え? いない?」
「ああ、昨日ルルシアンに会ってから花を買ってベドウィンのところに行ったけど、やっぱり病室にベゴニアは来なかったんだよ」
来ない? あんなにベドウィンのことを心配してた兄思いのベゴニアが、二日も病院へ来ていない……。どこに消えちゃったんだろ……。
消えた……。
「まさか……」
その瞬間、シトラスから聞いた『魔法使い失踪事故』を思い出した。魔法使が煙のように消えた事件……。
「まさか、ベゴニアも消されちゃった……?」
突拍子もない話かもしれないけど、クラルテ・ウルフによる襲撃のために消された魔法使い達の事件。それがまだ起きてるとしたら、ベゴニアは同様に誰かに消された可能性がある。
「魔法使い失踪事件ですか。ここ最近は起きていなかったので油断しましたね……。ギルドの方でも夜間の見回りは強化していたのですが……」
ベゴニアは、ずっと兄のベドウィンと行動を共にしてたけど、ベドウィンが倒れて一人になったところを襲われた可能性が高い。
「ねぇ例の事件で消された人って、殺されちゃったの?」
「わかりません。ただ、遺体は発見されていませんので、生きてる可能性もあります。騎士団も捜索に協力してくださってますが、進展はなく……」
生きてる可能性もある、か。
確かここ半年で十七人くらい消えたって言ってたよね。
全員が殺されてたら、遺体が発見されると思うんだよね。
かといって全員を生かして半年も監禁出来るものかな……。
「あ――。ナイジェルなら何か知っているかもしれねぇな……」
ゲルフが何か思い出したのか、顎髭に手を当てた。
「ナイジェルが?」
「ああ、こないだ。ぼそっと「すまないガーベラ。俺がもう少し早く
あの事……? いや、そもそもガーベラって誰?
ナイジェルに関する記憶なんて、初めてギルドに行った時に暗そうな顔してた事とか、食べ物を粗末にしたからぶっ飛ばした事しか覚えてない。
そんな私の困惑した顔を見て、シトラスが教てくれた。
「ガーベラさんは、ナイジェルさんの恋人です。先日、最初の犠牲者の話をしたと思いますが、それがガーベラさんなのです」
確か中堅冒険者パーティの女性の魔法使いが、宿屋から突然消えたって話だったよね。あれがガーベラなんだ。
「しかし、
ガーベラの失踪……。あの事……。
ナイジェルはこの事件の何かに気付いたのかもしれない。
それに、なんか違和感があるんだよね。
用意周到に計画されたクラルテ・ウルフの襲撃事件だったけど、ベゴニアってそんなに強くないし、脅威でもないよね。襲撃の前日にリスクを冒してまでベゴニアを消す必要ないと思う。
魔法使い達の失踪と、昨日の襲撃は一見繋がっているようで、それぞれ別の意思で動いてるように感じられる。
『俺がもう少し早く
このナイジェルの言葉からは、間に合わなかったという無念が読み取れる。それすなわち連れ去られてすぐなら、助けれる可能性があるってことだ。
だったら急を要するのはベゴニアの捜索だ。間に合うかもしれない。
クロリアにすぐ会うのは難しそうだし、騎士団に捕まったではなく保護されてると考えれば安全だよね。
「よしっ! ナイジェルに会ってみよう! ゲルフ案内して!」
私は両手一杯に食糧を持つと、力強く立ち上がった。
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