60杯目:もぐもぐーzzz

「もぐもぐ、むにゃむにゃ……」


 たくさんの食べ物に囲まれてる夢を見た。


 食べても食べても無くならない無限のフルコース。どれもこれもおいしくて舌鼓していると、急に味が、匂いが、食感が現実味を帯びてきた。


「もぐもぐ……。はっ!」


 気が付くと私はソファーの上に寝そべり、両手に骨付き肉を持っていた。部屋中には美味しい匂いが充満している。


「またやっちゃった……?! 寝ながら食い! ってあれ? ここ、どこ?」


 辺りを見回すと、クロリアの館ではなかった。

 部屋を取り囲む本棚と、いくつもの大きなソファー。それに階下からは賑やかな声が聞こえる。


「おはようございます。ルルシアンさん」


「……シトラス?」


 身体を起こすと向いのソファーでは、シトラスが食事の片付けをしていた。これでここがどこなのか、答えは明白になった。


「ここってギルド? だよね?」


「ええ、そうですよ。僕の部屋です」


「私は……」


 そうだ。ダリアと決闘してる最中にクラルテ・ウルフが乱入してきて、倒して……。それで、どうなったんだろ? 辺りを見回してもクロリアの姿は見えない。


「どなたか、お探しですか?」


「え、うん……」


 ギルドで寝喰いしてた事情がよくわからず、シトラスの問いに曖昧な返事を返したながら胸元を探ると、身喰いのペンダントが無かった。


「あれ?! 私のペンダント知らない?!」


「ペンダント、ですか? あー、それならクロリアさんが持っていきましたけど」


「クロリアが持って行った?! クロリアはどこにいるの?!」


「え、クロリアさんなら騎士団に連れていかれ……」


「連れて、いかれた……? どういうこと?!」


 私はソファーから飛び起きると、思わずシトラスの胸ぐらを掴んで、その身体を持ち上げた。


「く、くるじぃい」


 容疑が掛かっていなければ連れて行く必要がない。騎士団がクロリアを連れて行ったのなら、騎士団もクラルテ・ウルフを連れてきたのは、クロリアだと断定したって事だよね?!


「話して! シトラスが知ってること、全部話して!」


「わ、わかりました。お話しします! は、離してください。ゲホッ」


「あ、ごめん」


 私は持ち上げたシトラスをゆっくりソファーに下ろすと、興奮を収めるためテーブルの上の骨付き肉を手に取り、思いっきり齧り付いた。


「ふんふん! もぐもぐ!」


「ゲホッ。はぁ、すごい力ですね……。死ぬかと思いました……」


 もぐもぐ、すごい力……?


 言われて視線を下ろすと腕に赤いオーラが纏っていた。空腹の狂戦士ハングリー・バーサーカーが発動している。存在力が戻ったってことかな。


「……ごめん」


「いえ、大丈夫です。それで、クロリアさんの話でしたね。……あの日は、確か昼頃でしょうか? 騎士団の詰め場の方から緊急招集の信号弾が上がったので、みんなで騎士団の訓練場に向かったんですよ」


 みんなというのは、ゲルフやアーウィン。それにナイジェルなどのギルドの主要な冒険者の事らしい。


「訓練場についたらびっくりしましたよ。焼けこげたクラルテ・ウルフの死体が三つもあるし、騎士団はやられてるし、ルルシアンさんは倒れてるし」


 シトラスの見た光景がそこからなら、私が気を失った直後ってことになる。


「それでどうなったの?」


 シトラスは搾り出すように頭をゆびで叩きながら、記憶を辿った。


「クロリアさんがルルシアンさんに駆け寄って、ペンダントらしき物を取り外すと同時に……。えっと、ダリア騎士団長がクロリアさんを拘束しました」


「それで?」


「それで、その後すぐに応援の騎士がわらわらやってきて、クロリアさんはそのまま連行されたんです」


 なるほど……。クロリアが私のペンダントを回収した意味はなんだろう? 私が側にいないとミストとは喋れないのに……。

 それに騎士団がクロリアを拘束したのに、私を見逃した理由は何? 私だってあの場所にいた重要参考人だ。めちゃ暴れたし、牢屋に入れられても文句は言えない。


「どうして私は連行されなかったの?」


「ルルシアンさんは、ダリアさんの口添えもあり、クラルテ・ウルフを倒してくれたという事で要観察処分になりました。まぁそれで、僕が身の回りの世話を押し付けられたというわけですけど……」


 要観察……? 私はクロリアと一緒に騎士団の詰め場に来た。私も共犯だと考えるのが妥当だと思うけど……。


 なんで私だけ解放されたんだろ……。


「それにしてもそのドレス。すごいですね。ルルシアンさんのドレスが汚れていたので着替えさせようとしたんですけど、そのドレスの汚れが勝手に落ちたのでビックリしました」


 バトルドレス……。

 フリルが少し雷で焦げてるけど、汗臭さや砂埃っぽさはない。それにあれだけ雷撃を受けてこれしか損傷してないのもすごい。


「思え、ないよね……」


 私はポツリと呟いた。


 クロリアやミストが事件の黒幕だなんて、思えない。


 ミストが街中の魔法使いを消した?

 ダリアを疲弊させるために私をぶつけた?

 ダリアが弱ったところにクラルテ・ウルフを召喚して、ニールベルトを崩壊させようとした?


 真の黒幕はクロリア。

 そういうストーリーもあるかもしれない。


 けど私は信じない。信じたくない。


 私はバトルドレスの裾をぎゅっと握った。


 ここまで良くしてくれたクロリアが悪い人なわけない。


「……シトラス。私、クロリアに会いに行くよ」


「え? クロリアさんにですか? うーん、重要参考人として連行されてますし、会うのは無理だと思いますけど……」


「ギルドマスターなんでしょ?! なんとかして!」


「えええ?! そんな無茶な……」


 私がシトラスに詰め寄ってまた襟首を持ち上げた時、バーン! と部屋の扉を蹴り開けて、両手に大きな箱を抱えたゲルフが入ってきた。


「おっとと。飯ぃ、持ってきたぞー。ん?」

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