58杯目:いただきます

――気がつくと、私はまた真っ白な空間に立っていた。


「クロノス……。私、また死んだ?」


 白い空間の中。

 宙に浮く少年、時の神クロノスに話しかけた。


『もちろん。いやー、やっぱりルルシアンはいいね。ずぅぅぅっと見ていても飽きないよ』


 クロノスは前回と同じで、白髪に黒と白の幾何学模様きかがくもようの布で目が隠され、同じ模様の法衣を着ていた。


 その返答から、クロノスが私のことを見ていた事が伺いしれる。


「あのー、これってもう一度時を戻して貰うことって……」


 断られたらどうしようと思いながら、おずおずと聞くとクロノスは笑って答えた。


『ふふ。そんなにオドオドしないでよ。またボクの力で時を戻してあげるから』


「ほんと?! やったぁー!」


 またやり直せる。よかった。

 ただ、ひとまず安堵した反面、私には時を戻してもらってもクラルテ・ウルフを倒す手段が思いつかなかった。


「ねね。見てたならわかると思うけど、十五分くらい前まで戻せない? クラルテ・ウルフが襲ってくる前ならダリアを説得して体力を温存すれば、なんとか倒せると思うんだけど……」


 ダリアと戦う前の私なら、単独でクラルテ・ウルフを倒せる。出てくる場所もわかってるし、透明化する瞬間の隙を狙えば一撃で倒せる。


 だけど、クロノスの答えは……。


『それは無理だね。前も言ったけど、今のボクの力で戻せる時間は、頑張っても十数秒だよ』


 そう言ってクロノスは左手で、失ったままの右手と瞳を指差した。


 頑張っても十数秒か……。終わった。

 ほんの少し戻したところで、未来は変わらない。

 私の空腹が戻るわけでも無いし、あの場所に食べ物が現れるわけでもない……。


 詰みだ。いくらクロノスが死に戻りさせてくれると言っても、またあの痛い死が待っているだけ……。


『へぇー。死っていうのは、そんなに辛いんだ』


「もー! 勝手に心を読まないでよー! 私が珍しく必死に悩んでるっていうのにー!」


『ふふ。君のいろんな表情が見れるのは、本当に楽しいなぁ』


 私が怒っても、クロノスはケタケタと笑うだけだった。


「ねぇ、私ってずっとここにいてもいいの? 正直、時を戻して貰って生き返っても、どうしようもないんだよね」


『別にボクは話し相手が出来て嬉しいけど、どうして時間を戻してもダメなんだい?』


「いやいや、見てたならわかるでしょ? 私はお腹が空きすぎて動けないのよ。存在力も枯渇して空腹の狂戦士ハングリー・バーサーカーも使えないし……。クロノスの力で、元気が漲るような食べ物を出したり出来ないかな?」


『食べ物を出す事は出来ないけど、力が漲るような食べ物ならあったじゃないか』


「え、まさかクラルテ・ウルフのことを言ってるの? 生で食えと?」


『あはは、違う違う。よし、特別にヒントをあげようか』


 ええー! なになになに?!

 ヒント?! どこに食べ物が隠されてたの?!


『スキルの原動力はなんでしょう?』


「はい?」


 いやいやいや! 意味わからないよ?!

 原動力?! それは存在力ってベゴニアが言ってたけど。どういう関係が?!


『はいヒントおわりー! じゃあ頑張ってねー!』


「え! 待ってぇええー! もう少し! もう少しヒントをぉぉおおー!」



――真っ白な空間から一瞬にして景色が元の訓練場に戻ると、目の前にはクラルテ・ウルフの牙が迫っていた。


「ひぇ!」


 必死に避けると、身体が動いてなんとか避けれた。


 え! どの場面?! 辺りを見回すとダリアとクラルテ・ウルフが睨み合っている。


 まだ身体は動く。きっと私がクラルテ・ウルフの右後脚を折った直後だ。本当に十数秒前だね……。どうしよう。


『ルルシアン! クロリアを連れて逃げるんだ! 今のお前の状態では勝てん!』


 そうだ。ミストから警告があったけど無視したんだ。


――今のお前の状態


 ミストのその言葉に何か引っ掛かった。


 私の、状態……。

 スキルの原動力……。

 待てよ? もしかして可能なのかな?

 ベゴニアの話だと理論上出来る気がする……。


 私は一つの可能性を閃いてしまった。


「ダリア! なんだっけ? 雷神ノ神槍デヴァイン・ボルグ? とかっていう極太の雷の槍をこっちに投げて!」


 戦ってる最中のダリアへ、援護のお願いしてみた。


「なぜ貴様が我の奥義を知っている?!」


「いいから早く! お願い! 時間が無いの!」


「ふざけるな! 任せろと言ったのはお前だろ!」


 ダリアが拒否するのも無理はない。

 彼も限界が近いのだろう。

 だけど、早くしないと三匹目のクラルテ・ウルフが来てしまう。


「グルルル……。グワゥウ! ガゥ!!」


 先ほどと同じく、攻撃しない私に対してクラルテ・ウルフが連続攻撃を仕掛けてきた。


「あぶな! はっ! うわっと!」


 先ほどと同じく右へ左へ避けるが、学習能力が無いのか私はまた回避方向の判断を誤ってしまった。


「しまっ!」


「ガルルルゥゥ!」


「うッ! あああああッ!」


 右足に激痛が走る。

 血がポタポタと滴り地面を赤く染める。

 ダリアの同情を誘うため、今度は怪我を治さなかった。


「ちっ! 大いなる魔力よ! 神々の怒りを我が手に宿し、雷業の裁きを下せ!」


「グルル! ガァアル!」


 ダリアが戦っていたクラルテ・ウルフが、隙ありとばかりにダリアに襲いかかった。


「ぐぁあああ! ぐうぅ!!」


 クラルテ・ウルフの牙がダリアの右肩に食い込み血飛沫を上げる。それでもダリアは耐え、左手の雷の槍に魔力を注ぎいだ。


「ル、ルルシアン! この借りは大きいぞ! 雷神ノ神槍デヴァイン・ボルグッ!」


 こちらに向かって放たれた極太の雷槍。


 私はクロノスの左手で素早く右足を治すと、最後の力を振り絞ってバチバチと放電しながら飛来する雷槍の前に駆け出した。


 ダリアに放ってもらった雷槍は、クラルテ・ウルフを倒すためじゃ無い。


 存在力を大量に含んだ魔法。


 それを私が食べるためだ。


 私は大きく口を開けた。


「いただきまーーーーーーーーーーす!」

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