56杯目:戦慄再び

「クラルテ・ウルフ?! バカな! どこから来たというのだ! ここはニールベルト城のすぐ側だぞ?!」


 ダリアが驚くのも無理はない。いくら透明、無音、無臭になれるクラルテ・ウルフといえど、易々とこんな街中に入れるわけがない。しかも成体サイズだし。


 この襲撃には明らかに誰かの意思を感じられる。そしてそれが内部の裏切りであると強く疑念を抱くのも、至極当然流れだった。


「なんか私達、やばいことに巻き込まれてる?」


『……ルルシアン。すぐにクロリアとここを離れるぞ。考えるのはそれからだ』


「そう、だね。わかった」


 クラルテ・ウルフをダリアが制してる間に壁伝いに観覧席へ向かうと、観覧席からは騎士たちが武器を手にわらわらと出て来た。


「ダリア様! 御助力致します!」


 門番をしていた軽装の騎士同様、彼らも軽装だったけどそれなりに鍛えているだろうし、これだけの人数がいれば討伐は容易に思えた。


 クラルテ・ウルフは彼らに任せよう。

 私はこそこそと移動してクロリアの元へ辿り着いた。


「クロリア、大丈夫?」


「ええ、私は何も……。しかし、こんな街中に突然クラルテ・ウルフが侵入するなんて……。いったい誰が……」


 やっぱり、クロリアもそこに行き着くよね。


 そもそもクラルテ・ウルフはこの辺に生息してないモンスターらしいし、街中に現れるなんてもっとありえない。

 だけど、目の前にそれが現実として起こっているなら、誰かが故意に連れて来たって事になる。


「囲め! 絶対に街中には逃すな! 魔法主体で攻撃! 強化型の者はサポートに回れ!」


「「「はい!」」」


 ダリアの指示で、騎士たちが各々の魔法を主軸にスキルを使って応戦。クラルテ・ウルフはその全てを避けている。


 なんかおかしい。


 なんでクラルテ・ウルフは攻撃してこないんだろ。

 なんでクラルテ・ウルフは姿を現したままなのだろう。   

 透明になって戦った方が遥かに有利なのに……。

 まるであえて姿を晒しているような……。

 なぜ?


 その時、騎士団の近くの石塀の一部がミシッと音を立てて凹んだのを、私は見逃さなかった。


「……! みんな! もう一匹いるよ!!」


 その直後。

 ドシン! と、観覧席の近くに透明化したもう一匹のクラルテ・ウルフが降り立つと、騎士たちに向かって砂煙が上がる。


「グルルルゥ! ガァアア!」


「なんだ?!」「うわ!」「ぐあ!」「がはっ!」


 それはあっという間だった。

 クラルテ・ウルフの見えない奇襲を受け、騎士団は壊滅。ダリアただ一人だけが残された。


「ワォォォオン!!」


 騎士たちを一掃したのクラルテ・ウルフは、勝ち誇ったかのように吠えると、力を誇示するかのように透明化を解除して姿を現わした。


「バカな……。二匹のクラルテ・ウルフだと? やはりグローザック帝国が、裏でモンスターを飼い慣らしているという噂は本当だったようだな」


 え? 今、ダリアから聞き捨てならない発言があったよ。グローザック帝国がモンスターを飼い慣らしてる?


 じゃあ、こないだの街の外で私が倒したクラルテ・ウルフも、これも全部グローザック帝国が裏で手を引いていた可能性が……?


「あれ、そうなると……」


 いま、点と点が繋がった気がする。


 グローザック帝国がニールベルを攻め落とすために、クラルテ・ウルフを飼い慣らして襲撃して来たとして……。


 クラルテ・ウルフは魔法に弱い。

 だから、ニールベルトにいる魔法使いを事前に消したんだ。


 クラルテ・ウルフを使った今回の襲撃を成功させるには、魔法使いは邪魔な存在だから……。


 だったら……。

 犯人は長い期間ニールベルトにいる事になるよね。だって、シトラスが半年くらい前から魔法使いの冒険者が消えたと言っていたし。


 つまり、犯人は下町を中心に貴族街を動いても違和感のない人物……。この国のことにもギルドにも精通していて、グローザック帝国と繋がりのある……。


 そんなはずないと思いたいけど、私の頭の中には一人の人物が思い浮かんでいる。


「ルルシアン様。二匹相手は無理です。ここはダリア兄様に任せて引いた方が……」


 クロリア……。


 お母さんを処刑されているクロリアは、ニールベルトに強い恨みがあるはず。そして下町にもギルドにも貴族街にも詳しくて、ミストというグローザック帝国との繋がりもある。


 となると、この場にクラルテ・ウルフが現れたのは偶然ではなく、クロリアが呼び出したから?


 考えれば考えるほど、過去の全ての事象がクロリアを指している気がする。


 ヒュルルル……。パァン。


 詰め所の方から赤い光の球が、煙を吐きながら上空に上がった。


『ルルシアン。今の信号弾で街中にいる騎士や冒険者が駆けつけてくるはずだ。クラルテ・ウルフはお前の手には負えん。さっさとクロリアを連れて……』


「嫌だ」


『なに?』


「嫌だっていったの。ダリア一人じゃ二匹のクラルテ・ウルフは倒せないよ! せめて私が一匹でも引きつければ、なんとかなるかもしれないじゃん!」


 正直なところ、もう空腹の狂戦士ハングリー・バーサーカーの効果は限界に近いし、ダリアも似たようなものだと思う。私が時間を稼いだところで、ダリアに戦う力はないかもしれない。


『そうかもしれんが、今のお前では無理だ! 空腹の狂戦士ハングリー・バーサーカーが限界を迎えた時、何が起こるかわからんぞ!』


「ルルシアン様。ここは一度引きましょう!」


 ミストやクロリアの言うことの方が絶対正しいってわかる。

 けど、もしこれがミストとクロリアが仕組んだ作戦で、私をダリアにぶつけてダリアを消耗させるのが狙いだったなら……。


 ダリアが死ねば、二匹のクラルテ・ウルフはニールベルトの街を襲うよね。そしたら……。


 私の脳裏には、今まで街で出会った人や、あれやこれやの美味しい食べ物が浮かんだ。


 ――街を守るために私は戦う。

 

「グルルル……」


 二匹のクラルテ・ウルフが足から透明になっていく。ダリアを仕留めるつもりだ。


「ちっ! またお得意の透明か……」


 今しかない。私は観覧席を飛び出して、手前にいるクラルテ・ウルフに突撃した。


「てやぁあああー!」


「ギャウゥン!」


 完全に透明になる前に、空腹の狂戦士ハングリー・バーサーカーを込めたパンチがクラルテ・ウルフの右後脚の骨を砕いた。


 本気のルル・インパクトならこの一撃で終わってたかもしれないけど、今の私にはこの威力が限界だった。


「ダリア! そっちは任せたよ!」


「ルルシアン……。貴様……」


 戦々恐々していたダリアの顔から焦燥は消え、先程までの偉そうなダリアが戻って来た。


「……ふん。誰かに命令している。貴様の手など借りずとも、我の魔法で葬り去ってくれる!」


 二匹のクラルテ・ウルフを相手に、私とダリアの即席パーティ戦が始まった。

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