34杯目:強引なネリネ

「よぉっ! ルルシアン! どうだった?!」


 私の帰りを待っていたのか、階段を降りると受付ではネリネがニヤニヤしながら手招きしていた。

 

「クレームなんて来てなかったけど……」


「ハハハ! そりゃそうだ。クレームなんて来てねぇもん。普段使ってない脳を使わせてやったんだ。感謝しろ」


 はぁ――。怒る気にもなれないや。今日は頭を使いすぎて疲れちゃった。お腹空いたし、早く服だけ買って帰ろう……。


「ちょ! ちょっと待ちな。どこ行くんだよ。お前には依頼を受注して貰わないと困るんだよ」


 帰ろうとした私の肩を、ネリネが掴んで引き止めた。


「依頼? うーん。そんな気分じゃないや。またね」


 さっさとギルドを出ようとネリネに手を振り解いて歩き出すと、ドレスの首根っこを力強く掴まれた。


「ぐぇ」


「待てって。まじ金欠になんだって」


「もう何よー。どういうこと?」


 ネリネの説明によると、冒険者が依頼を達成したら、その依頼料の一部が受付嬢の給料になるらしい。


 例えば依頼主から金貨百枚の依頼を受けた場合。まずギルドの取り分が二割の金貨二十枚。残りの金貨八十枚のうち受付嬢が一割の八枚を、残りを冒険者が受け取るらしい。


 だから受付嬢はその冒険者が達成可能な依頼を、正確に見積もる必要がある。もし達成困難な依頼を出せば冒険者という貴重な労働力を失うし、受付嬢も収入が入らない。

 ゆえに、受付嬢には冒険者の強さを見極める観察眼が求められるとか。


「ふーん。でも今日は疲れたからまた今度ね」


「だから待てって! 今月やべーんだよ。誰もあたいのところに依頼を持ってこねぇからよ」


 受付は三つあり受付嬢も三人いる。少しでも自分を選んで貰える確率を上げるために、受付嬢は武具やモンスターの知識をつけたり、あるいは見た目を良くするために着飾ったり、冒険者達と仲良くなる必要があるみたいだけど……。


 他の受付嬢と違って、ネリネは言動が荒いし元冒険者の我の強さが出てしまっている。

 そりゃ普段戦いに身を置いてる冒険者からしたら、美しいお姉様で癒されたいだろうし、ネリネを選ぶのは相当変わり者だ。


「はら! これなんてどうだ?! 凶悪獣ティグルの討伐! Aランクモンスターだけど、報酬がいいんだよ! これにしろ! なっ!」


 クラルテ・ウルフであんなに手こずったのに、同ランクのモンスターにソロで行くなんて、死にに行くようなもんでしょ……。


「ネリちゃん。依頼の強制は、ダ・メ・よ」


 ネリネに詰め寄られていると、左のカウンターからおっとりした雰囲気と色香を纏った受付嬢のお姉さんが話しかけてきた。

 彼女は腰まで伸びた濃い青色の髪が特徴で、頭には金のティアラと耳にはキラリと輝く青い宝石入りのイヤリング。立ち振る舞いからして、只者じゃないのはわかる。


「初めまして、ルルシアンちゃん。ハイドレンジアよ。よろしくね。ふふ」


「よ、よろしく……」


 こ、これは……! うっふんお姉さんだ! きっとそうだ! 村の男達が一度は会いたいって噂してるのを聞いたことがある。


 ハイドレンジアの薄青色の服はピタッと身体にフィットしており、あちこちに切れ込みが入って素肌が見えている。胸も今にもこぼれそうだ。

 こりゃ若い男性はイチコロだね。私が男性だったら迷う事なく、ネリネよりハイドレンジアの列に並んじゃうよ。


「ハイド、テメェ……。邪魔すんなよ。ルルシアンは私の顧客だからいいんだよ。クロリアからの紹介だ」


「紹介でも無理強いはダメよ? それにその乱暴な口の聞き方はいつになったら治るの? ネリちゃんがどーしてもって言うから真ん中の受付カウンターを譲ったのに、全然売り上げが上がらないじゃない」


「くっ! ぬぅ! むぐぐ!」


 どうやら受付の立ち位置が悪いからだと、ネリネが駄々をこねて受付の立ち位置を交換してもらった経緯があるらしい。


「そうですよネリネ先輩。本来は一番人気の受付嬢が真ん中って決まってるんですからね?」


 今度は右のカウンターから、短めに切り揃えた金髪の受付嬢が乗り出したきた。大きな瞳と長いまつ毛、にこやかな表情が可愛らしい女性だ。


「プルメリアだよっ。よろしくね。どんな依頼を受けて良いか迷ったら私に聞いてね?」


 プルメリアは可愛い系の健康美人な姉さんだ。ハイドレンジアと違うタイプで、これはこれで年配の男性受けしそう。


「おい! メリア! 勝手に抱え込もうとするな! ルルシアンはあたいの依頼だけ受けてればいいんだからな! わかったな!」


「ぐええぇ」


 なぜか私が胸ぐらを掴まれた。く、苦しい……。


 でも今のやりとりで、受付嬢達の立場や力関係がよくわかった。

 ハイドレンジアはうっふん系でナンバーワン受付嬢。プルメリアは元気いっぱい系でナンバーツー。ネリネは乱暴系で最下位って感じなんだね。


「こら、ネリちゃん。手を離しなさい」


「ちっ!」


「ゲホッ。はぁ……。わかったよ。初めてだから簡単な依頼にしてね」


「お! さすがルルシアン! そうこやくっちゃな!」


 ネリネは一瞬で嬉しそうな表情に切り替わると、バタバタと依頼掲示板に依頼を取りに行った。


「これがいいかな? いや、こっちのが報酬が高えな」


 不安しかない。

 依頼を達成出来なかったらペナルティとかあるのかな? あんまり詳しく聞いてなかったけど……。、


「ルルシアンちゃんごめんね。ネリネも悪い子じゃないんだけど、我が強くて……」


 なぜかハイドレンジアが謝ってくれた。

 受付嬢ってそんなに金欠なの? こないだネリネは私のペンダントを買い取りたいって言ってたよね……。


「あの……。受付嬢って儲かってるのかなと思ってたんですけど、ネリネは何にお金を使ってるんだろ……」


「……ネリネ先輩は男に貢いでるんですよ」


「え? お、男?」


 プロメリアの口から直球な回答が飛んできて、ちょっと驚いた。


「それは少し語弊がある言い方よ。プルメリア」


「ネリネちゃんの夢は、貴族と結婚して悠々自適な生活を送ることらしいの。そのために貴族と接点のある受付嬢をやってるし、アクセサリーや服にお金をかけてるみたいね」


「アクセサリーは買うんじゃなくて、貰うものですよね。ハイド先輩」


「ふふ、そうね」


 確かに私が初めてギルドに来た時も私がクロリアのドレスを着ていたせいで、貴族の子だと勘違いして丁寧に接客してきたっけ……。


「正直、同じ受付嬢として情けないわ。受付嬢を結婚の道具に使うなんて……。私たちは冒険者に安全な依頼を案内して、強くなって貰う高尚な仕事なのに」


「……そうだね。右も左もわからない冒険者にとって、受付嬢からの情報ら何よりも信頼出来る情報だと思うよ」


 冗談抜きで新米冒険者にとって適切な依頼を受けるというは死活問題だと思う。身の丈に合わない依頼を受けて死ぬ可能性も充分あるし。


「ふふ。ありがと。そう言って貰えると嬉しいわ。この仕事は私のやりがいだもの」


「そうなんですよー! ハイド先輩って、毎日のように貴族から求婚されてるのに、全部断ってるんだよ? 勿体無いですよ」


「あら、プルメリアだって。こないだゲルフに求婚されてたじゃない。見た目は厳ついけど、根は優しいから大切にしてくれると思うわよ?」


「やめてくださいよ……。私はイケメンとしか結婚しないって決めてるんで」


 ネリネと違ってハイドレンジアやプロメリアはとてもモテるらしい。二人とも受付嬢という花形の仕事に対して、誇りを持って真剣に取り組んでるからだと思う。

 それに比べてネリネは……。


「おーい! あったぞ! ルルシアンにぴったりな仕事!」


 ネリネが受付カウンターに持ってきた依頼書を受け取ったら、信じられない内容だった。


「……え? 魔法使い連続失踪事件の犯人。怪盗ナイトミストの捕縛依頼?」

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