35杯目:三つの依頼
「え、この怪盗ナイトミストって……」
「例の失踪事件の犯人と言われてる奴さ。義賊らしいけどナイトミストは煙と共に現れて消えるっていうし、失踪者も煙のように消えたって話だし。犯人の最有力候補ってわけ」
シトラスから聞いた時に、なんか聞いたことあるフレーズだとなーと思ったけど……。ミストのスキルも煙のように消えて瞬間移動出来るよね。
「ま、いままで誰も捕まえてないんだけどな? これがまた報酬がいいんだよ。受けるだけは無料だからよ」
「ネリネ先輩。いくらCランクの期待の新人さんでも、ナイトミストの捕縛は無理ですよ」
「甘い甘い。この街にいる奴には捕まえられなかったんだし、ルルシアンならいけるかもしれねぇだろ」
捕まえるも何もここにもう捕まえてあるけど……。私はチラッと胸元のペンダントへ視線を落とした。
煙のように消える……か。
まさかミストが魔法使いを誘拐してるわけないけど、確かに事件の内容とミストのスキルは似てる……。ミストやクロリアの事を知るには、この事件は無視して通れない気がする……。
「わかったよ。その依頼受けるよ」
「よしっ! 捕まえたらすぐに呼べよ! 手続きするからちょっと待ってろ」
依頼は基本的に先着一名だけど、今回のナイトミスト捕縛は受注人数制限なし。さらに期限なしと比較的緩い依頼だった。相手が神出鬼没のナイトミストならわからなくもない。
むしゃむしゃ
ネリネの手続きが終わるまで、シトラスから貰ったティグルの干し肉を齧る。やっぱり高級品だけあって美味しくて手が止まらない。
むしゃむしゃむしゃ
「……よし! これでオッケーっと。ルルシアン! ついでだし! これも受けくれよな!」
手続きが終わったネリネは、続けて三枚の依頼書を出してきた。
「ちょちょちょ! まだあるの?」
「あったりまえだろ。
出された三枚の依頼書の一番上は、ポーションの空き瓶集めだった。流石にネリネも無理難題の依頼ばかり持ってこないか。
しかもこれ、依頼主がクロリアだ。確かクロリアはポーションの販売をしてるって言ってたよね。クロリアのことが何か知れるかも……。
「今回だけだからね?」
「さっすがルルシアン! 話がわかるぜ! ちょっと待ってろよ」
ネリネは嬉しそうに依頼受付の手続きを始めた。軽い依頼ならきっと期限も厳しくないと思うし、暇になったらやれば良いか。
「よかったの? ルルちゃん」
ハイドレンジアが心配そうな表情で話しかけてくれた。良くないけど、ずっと付き纏われるよりネリネが静かになるなら背に腹は変えられない。
「大丈夫。ネリネの言ってた通り、私は新人で右も左もわからないから、私に合った依頼を出してもらった方が良いのは確かだし」
「うーん。でも、こないだネリネ先輩が強引に斡旋した新米冒険が、身の丈にあってない依頼をやって病院送りになったんですよ? 他の二枚の依頼の内容確認しました?」
「え……。ネリネ! やっぱり!」
「よっし! 完了!」
間に合わなかった……。他の二枚の依頼内容見てない。空き瓶集めの依頼を見て安心してしまった……。
「ちょ、ちょっと貸して……」
私はネリネから三枚の依頼書を受け取ると、受注した依頼内容を急いで確認した。
「空き瓶集めと……。二枚目は、地下道のルスソルラット討伐? これはなんとかなりそうかな? 三枚目、ダリア騎士団長の依頼……? なにこれ」
「え……。ネリネ先輩! あれを受注したんですか?! ハイド先輩! 早く止めないと!」
「もう……。手遅れよ」
待って待って、なんでハイドレンジアとプルメリアは葬式みたいな暗い表情で私を見つめるの? 依頼内容を聞くのが怖い……。
「ネリネ先輩! どうしてあの依頼を! あれがどんな依頼か知ってますよね?!」
「知ってるけどよぉ。ルルシアンならなんとか出来る気がしたんだよ。報酬バカ高いしワンチャンあるかもしれねぇし?」
「そんな無責任な……!」
プルメリアとネリネが言い合ってる横で、ハイドレンジアが頬に手を当て、私を可哀想な瞳で見ていた。
「困ったわねぇ」
「あの……。ダリア騎士団長の依頼って、そんなにヤバイの?」
軽くため息を吐くと、ハイドレンジアは私に顔を近づけて囁くように語りだした。あ、良い匂い。
「ダリア騎士団長の依頼を受注した冒険者は、全員死んでるのよ」
「え……」
やばいどころじゃないじゃん……。
「つ、強いモンスターの討伐とか、なの?」
「いいえ、今まで受注した冒険者は誰もが依頼内容を口にしないけど、どうやらとあるアイテムを持ってくるのが依頼らしいわ」
「なんでそれで死んじゃうの……? あ、わかった。そのアイテムの入手難易度が高すぎるんだ」
「それはわからないわ。ただ、失敗した冒険者は首を斬り落とされる、と」
失敗! 即! 斬! そんな依頼ある?! ダリア騎士団長って、ヤバイ奴じゃん! あ、これもクロリアの家族?! なんとかリアって名前の人はみんな危険人物っぽいよね?!
「す! すぐに依頼を取り消して!」
「もう手遅れよ……。一般の依頼なら依頼者に連絡するまで取り消しは可能だけど。貴族様は私達でも会えないから、この魔道具で登録を行うのよ。登録したら最後、すぐに依頼者に通達が行くから取り消し出来ないわ」
終わった……。ヤバイ依頼を受けてしまった……。さっきティグルの干し肉をたらふく食べたせい? また満腹の呪いが?
「まぁ落ち着けって、やべー依頼だけど報酬が金貨一万枚なんだよ。 やべーだろ? それに失敗しても死ぬのあたいじゃねぇし」
「失敗したらヤバイの私じゃん! 私の負担が大きすぎない?!」
「大丈夫だって、お前ならなんとかなる気がするんだ。あたいの勘を信じろっ! な!」
金貨一万枚は魅力的だけど、ネリネなんか信じるんじゃなかった……。もっとちゃんと確認しておけば……。はぁ――。
ちなみに、それぞれの依頼者や期限はこうなっている。
○ポーションの空き瓶の回収
期 限:なし
人 数:なし
報 酬:金貨五枚
依頼主:クロリア
○ 地下道のルスソルラット討伐
期 限:受注から二週間以内
人 数:二人
報 酬:金貨百枚
依頼主:グラジオラス
◯ダリア騎士団長の依頼
期 限:受注から四日以内
人 数:一人
報 酬:金貨一万枚
依頼主:ダリア
騎士団の依頼が怖すぎる……。何を求めてるんだろう。そして失敗したら首チョンパはやりすぎじゃ……。
「ルルシアン、これが街の地図だ。依頼者の場所に印を付けておいたから、期限までには絶対に行ってくれよ? あたいも力になるから! がんばれ!」
無責任なネリネに励まされて背中を押されると、気力の無くなった私はふらふらとした足取りでギルドを後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます