30杯目:シトラスと対談

「確か、シトラス……。だったよね? ギルドマスターだったの?」


 豪華な椅子に座るシトラスは、前髪の隙間からニコッと笑顔を覗かせると、照れくさそうに答えた。


「はい、一応ギルドマスターですけど……。ぽくない、とはよく言われます……。すみません」


 ギルドマスターっぽくないっていうか、人選どうなってるの……。見た目は私とそんなに歳が変わらないように見えるけど……。


「まぁとりあえず、座ってください」


 言われて部屋の中央にある豪華なソファーに腰をかけると、ふわっと腰が沈んだ。まるで上質な干し草の上に乗った時みたい。


 それにしても……。部屋を見渡しても、どれもこれも高級品ばかりに見える……。ギルドマスターの部屋ならこれくらい普通なの? 下の階の調度品とはえらい違いだけど……。


「ルルシアンさん、飲み物は何が良いですか?」


 いつの間にか壁際にある小さなカウンターに移動したシトラスは、ガサゴソと木箱を漁っていた。


「僕はお酒は苦手なので置いてないのですが……。あ、これがいいかな……。ポムのルジュはいかがですか? これ美味しいですよ」


 シトラスが木箱から出したのは、ポムという酸味のある赤い果実をすり潰した飲み物だ。ポピュラーな飲み物だけど、それだけに粗悪品もあるし高級品もあるしと幅が広い。


「じゃあそれで」


 木箱ごと貰っても飲み切る自信はあるけど、シトラスは律儀に小さなコップに注いでくれた。


「それと、干し肉食べます? 貰ったんですけど、なかなか一人では食べきれなくて」


 シトラスが引き出しから取り出したのは、私の顔くらいある大きな干し肉だった。


「干し肉?! 食べる!」


 どっかの誰かさんのせいでイライラして、丁度小腹が空いていたところだ。私は行儀良くソファーに座り直すと、すぐにシトラスが持ってきてくれた。


「すみません。お待たせしました」


 お盆を持ったシトラスは、ローテーブルの上に二つのポムのルジュと薄く切られた干し肉を置くと、私の向かいのソファーに腰を掛けた。


「どうぞどうぞ」


「じゃ! いっただきまーす! はむ! ん! おいし! ごくごく!」


 食べながら飲む。私の得意技だ。

 口に含んだポムのルジュは、昔飲んだ物より断然甘い。相当な高級品だと一口でわかるほどだった。干し肉も味が濃いのに、柔らかくて美味しい。あれ、この味って……。


「これティグルの干し肉?」


「よくわかりましたね。そうです。ティグルの肉を干した物だそうです」


 やっぱり! 満腹堂場で食べものと同じ味だ。これも高級品だよ! 食べれるだけ食べよう。もぐもぐ!


「ふふ、食べながらで結構ですので、本題に入りましょうか」


「うん、よろしくー。もぐもぐ」


「実はルルシアンさんをお呼びしたのは、いくつか確認事項や報告があったからなんです」

 

 あー、そうだった。行商人からクレームが来てるんだっけ……。聞きたくないけど報酬は受け取らないと……。


「でも、まずは先にお礼をさせてください。先日のクラルテ・ウルフの討伐の件、ご協力ありがとうございました」


 シトラスはお礼を言いながら、私に対して深々と頭を下げた。改まって言われると照れるなぁ……。


「まぁ、ゲルフやベゴニアがいなければ危なかったし、いいとこ取りしかしてないけどね」

 

「ベゴニアさんから戦闘の様子は聞きましたけど、まさか範囲魔法無しでクラルテ・ウルフを倒してしまうなんて、ルルシアンさんの強さにはびっくりです」


「ん? 魔法なしで……って何? もしかして魔法があれば簡単に倒せるモンスターなの?」


「ええ、クラルテ・ウルフは豊富なスキルで姿だけではなく、匂いや音を消して獲物を狩るモンスターですが、そこにいるという事実はわからないわけですから、範囲魔法が効果的です」


 がーん。つまり物理攻撃が一番倒しにくいんじゃん……。確かにベゴニアは氷の範囲魔法を使ってた……。改めて考えるとゲルフの完全な自殺行為に手を貸したのか……。どうりでシトラスが必死に止めたわけだ。


「当ギルドも、例の事件の影響で人手が足りなくて困っていたので、本当に助かりました」


「ん? 例の事件? ……って何?」


「あれ? ご存知ないですか? 魔法使い連続失踪事件」


 魔法使い連続失踪事件? 聞いたこともないフレーズに首を傾げていると、シトラスが静かに語り始めた。

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