29杯目:ゲルフの謝罪
ゲルフの後を追ってギルドの端っこに移動すると、ゲルフは申し訳なさそうに両手を合わせて頭を下げた。
「すまねぇ、ルルシアン。どうやら俺がクラルテ・ウルフを倒した事になっちまってるんだ」
「いや、なっちまってるんだ。っていうか、俺が倒したぜ! うぇーい! って、さっき言ってたじゃん?」
「いや、それは仕方なくというか……。まぁ聞いてくれ。クラルテ・ウルフに剣を刺したまでは覚えてるんだが、そこから記憶が無くてな……。気が付いたらギルドの救護室で寝てたんだよ」
そうだろうね。私もゲルフを治したところまでしか記憶がない。私の場合はクロリアが回収してくれたけど。
「それでベゴニアから聞いたんだ。ルルシアンがクラルテ・ウルフを倒して、さらに瀕死の重症だった俺を回復させてくれたってな。流石、俺をぶっ飛ばした女だぜ。ありがとな」
ゲルフが右拳を突き出してきたので、私もそれに答えて拳を交えた。
ゲルフは見た目こそ厳ついが、話せばちゃんとわかる良い奴だ。女の私に力を借りることにも躊躇しなかった。
「えへへ、どういたしまして」
うんうん。やっぱりお礼を言われるのは気持ちいいね! それだけで私は大満足だよ。
「それでな? 俺が救護室から出たらこの騒ぎよ。どうやら俺が無傷でクラルテ・ウルフを倒したことになってるらしく……。俺も仲間の手前、女に助けてもらったなんて言えなくてよ……。その、すまん」
ゲルフは本当に申し訳なさそうな顔をして再度頭を下げた。
恐らくBランク冒険者としての力不足を痛感した事や、自分より年下で女の私に助けられた恥ずかしさ、そんな様々な感情が混ざった表情だった。
「なるほど、そういうことね。私は別に気にしてないよ。報酬さえもらえれば」
私は指で金貨の形を作って見せた。
「ふ、そう言ってくれると助かるぜ。あぁ、そうだ。報酬の件だが、俺とベドウィン兄弟は辞退したからよ。それで勘弁してくれや。じゃあな」
それだけ言うと、ゲルフは手をひらひらとさせ、また酒盛りをしてる冒険者たちの中に消えていった。
「……ん? 辞退って、どういう意味だろ?」
私が頭に?を浮かべていると、話が終わるのを見計らっていたのか、ネリネの大きな声が受付カウンターから飛んできた。
「おーい! ルルシアーン! ちょっとこーい!」
声の方へ視線を向けると、ネリネは受付で赤紫の髪を揺らしながらブンブンと手を振っている。
相変わらず見た目は綺麗なのに、動作や口調が完全に冒険者だ。普段から貴族相手に使うお
何の用かわからないけど、私もクラルテ・ウルフの報酬を貰わなきゃいけなかったし丁度良い。
トコトコと歩いてネリネのいる受付の前にやってくると、ネリネはカウンターから乗り出す勢いで笑みを向けてきた。
「よぉよぉ! 聞いたぜ聞いたぜ! やるじゃねぇか! ナイジェルとゲルフをぶっ飛ばすから只者じゃないとは思ってたが、まさかあのサイズのクラルテ・ウルフを倒すとはなぁ。あたいも昔の血が騒ぐぜ! はは!」
ネリネは興奮気味にカウンターから身を乗り出して、バシバシ私の肩を叩いてきた。やっぱり元冒険者っぽいね。
「って、あれ? クラルテ・ウルフを倒したのはゲルフって事になってるんじゃ?」
「バッカ。ギルド舐めんなよ? ちゃんと調査してるっつーの」
じゃあ、英雄ゲルフを持ち上げてるのはあの一部だけなんだ。まぁいいや、やらせておこう。
「でな? その件でギルドマスターから話があるらしくってよ。ルルシアンが来たら呼べって言われてんだ」
「ギルドマスター?」
って、ここで一番偉い人だよね? 何の用だろ? 報酬とギルドカード貰って、こっそり服を買って帰るだけの予定なんだけど、もう狂いそうだ。
「なんでも依頼者である行商人のクロッカスさんから、ルルシアン宛にクレームが来たとか」
「え”!」
クレーム……。思い当たる節としては、クラルテ・ウルフから取り返した商品がダメになってたから弁償しろとか?! ありえる……。
ひぃぃ! これまた借金が増えるパターンじゃないよね?!
「っと、それとギルドカード渡さねーとな」
ネリネがゴソゴソとカウンターの下から出してきたカードには、私の名前とランクが記載されていた。
名 前:ルルシアン
ランク:C
認 可:ニールベルト冒険者支部
「あれ? ランクC……?」
確か最初はランクFだかEからスタートって聞いたような……。記載ミスかな?
「ああ、そのランクに関してもギルドマスターから説明があるそうだ。直接聞いてくれ」
今日は報酬だけもらって帰りたいとネリネに伝えたけど、それもギルドマスターから貰ってくれと言われてしまった。ギルドマスターに合わないと帰れなそうだ。仕方ない。
「そこの階段を昇って、突き当たりの部屋だ」
ネリネが指を刺したのは、ギルドの奥にある大きめの階段だった。どうやら一般の冒険者は立ち入り禁止なのか、誰も近寄っていない。
「じゃあ行ってみるね」
「おう! 終わったらまたここに来てくれ、クロリアに渡してもらいたい物があるんだ」
「わかった」
ネリネと別れると、私は二階へと続く階段を登った。騒がしい一階とは違い、二階はシーンと静まり返っている。
「あれかな?」
階段を上り切ると、突き当たりの奥に豪華な赤いドアがあった。
さっさと要件だけ聞いて報酬貰っちゃおうと歩き出した瞬間。胸のペンダントからミストの声が聞こえた。
『ルルシアン』
「ん? なに?」
『ギルドマスターには気をつけろ。奴もクロリアの家族の一人だ。表向きは温厚な性格で人望も熱いが、裏で何を考えてるかどうにも掴みにくい奴だ』
「ふーん。わかった」
心配性のミストと短い会話を終えると、私はドアをノックした。
コンコン
「あ、はい! どうぞ」
ギルドマスターっていうくらいだから、ゲルフみたいなゴツい年配の男性をイメージしてたけど、聞こえてきた声は若々しく優しそうで、どこかで聞いたことのある声だった。
「失礼しまーす?」
ドアノブを捻って扉を開けると、床はふわふわの絨毯、天井にはシャンデリアがキラキラと輝き、壁には本がびっしりと並んだ豪華な部屋だった。
「わぁ……」
クロリアの館にいるみたい。そう思っていたら、先ほどと同じ声が私の名前を読んだ。
「あ、ルルシアンさん。待ってましたよー」
豪華な部屋の真ん中……。窓際の大きな執務机に座っているのは、どこかで見たことのある薄黄色の髪の青年……。
「あれ? 確か……」
あの夜、ゲルフとクラルテ・ウルフを倒しに行く直前。高ランク冒険者が来るまで待ってと、ゲルフの事を必死に引き留めていた男の子。シトラスだった。
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