24杯目:クラルテ・ウルフ

 馬に乗った私とゲルフは、ニールベルトの城外へ出てニーグロ街道を走っていた。

 街道は等間隔に灯りが付いていて、思ったより暗くはない。


 馬を走らせること数分。

 頼りない街灯が道を照らす中、前方に明らかに場違いな巨大な氷柱が姿を現した。


「ゲルフ! あれは?!」


「恐らくベゴニアの氷魔法だ!」


 巨大な氷柱はグラスのような形をしており、上の方は灯りが届かず暗くて見えない。


「ルルシアン! 走るぞ!」


「うん!」


 私とゲルフは馬を降りると、氷柱に向かって走り出した。

 これはゲルフと予め決めていた事だけど、透明なモンスターなら足音や鳴き声、息遣いなど音が頼りだ。馬がいるとクラルテ・ウルフの発する音が聞こえない可能性が高い。


 全速力で走って氷柱に近づくにつれ、その正体がわかった。


 恐らく、元はただの氷柱だったのだろう。それがクラルテ・ウルフにより


 透明だから正確にはわからないけど、同時に五箇所以上が削れている気がする。もう氷柱は折れるのも時間の問題だった。


「ゲルフ! 上に誰かいるよ!」


 氷柱の上にとんがり帽子を被った人物がぼんやりと見えた。それが誰なのか、ゲルフにはすぐにわかったのだろう。


「ルルシアン! 先に行くぞ! 多重・解放スタック・リリース疾走スプリント!」


 ゲルフがスキルを使うと、地面が爆発したのかと思うほどの衝撃波が発生。人間離れした速度でゲルフが氷柱へと飛んだ。


「くらいやがれ! 多重・解放スタック・リリース豪腕インパクト!」


 ゲルフが背中の剣を振りかぶると、恐らくいるであろうクラルテ・ウルフの群れに向かって重い剣撃を振り下ろした。


 ズガガガガガガガ! と、一振りの剣撃なのに何度も地を叩く音が響き渡り、絶命したクラルテ・ウルフの死骸が辺りに飛び散った。


「よっしゃあー!」


「すご! 一撃じゃん!」


 私、来る必要なかったんじゃない?! いや、何しないで金貨が大量に貰えるなら、それはそれで最高だけど。


「いまのスキルって何?」


「ん? ああ、俺の多重・解放スタック・リリースは、俺が受けた衝撃を体内に溜めて、二回に分けて発動出来るんだ。貯めてた分は使っちまったから、今日はもう打ち止めだ」


 なるほど。ダメージをチャージして解放するって感じなのかな。一日二回までとか、すごく燃費悪い……。


「でもクラルテ・ウルフって透明だから奇襲されたら怖いけど、逆に奇襲には弱いんだね」


「そうだな。実は俺も実際に戦ったのは初めてなんだが、シトラスから聞いてた話よりだいぶ弱いな」


 Dランクのベゴ兄弟が苦戦して、ゲルフが倒せるならCランク程度かな? 言われていたAランクほどの強さはないと思う。


「まぁいい。逃げた奴がいるかもしれん。周りを警戒してくれ」


 私は逃げたクラルテ・ウルフがいないか周囲を見回したけど、特に息遣いや足音は聞こえない。

 全部は倒せてない気がするけど、逃げたならそれはそれで良い。早くここを離れよう。


「ゲルフさん!」


 周囲を警戒していると、氷柱の上からとんがり帽子の男が叫んだ。


「おう! ベゴニア! ベドウィンはどうした!」


「兄貴を助けてください! 俺を守って酷い怪我を!」


「命に別状はあるか?!」


「いいえ! わかりません!」


 ふむ。どんな症状かわからないけど、私は回復魔法なんて使えない。きっとゲルフも使えないと思う。やっぱり、早いところ街へ戻った方が良さそうだ。

 それはゲルフも同じ考えだぅだらしい。


「ベゴニア! 氷魔法を解除しろ! 街へ戻るぞ!」


 ゲルフが叫んだ、その時だった。


 街道脇の茂みがガサガサと大きく揺れると、巨大な何かがゲルフに襲いかかった。


『ガルルゥゥウ!』


「なっ! ぐはっ!」


 ゲルフは咄嗟に巨剣を構えたが、巨大な何かは大柄のゲルフを巨剣ごと弾き飛ばした。


「ゲルフ!」


 弾き飛ばされたゲルフはピクリとも動かない。

 なんか腕が変な方向に曲がっている。

 まさかたった一撃で……?


 ズシン。ズシン……。


 ヤバイ。透明で見えないけど、この重い足音……。

 相当な重量の巨大な何かが私の目の前にいる。


 きっと、さっきまでいたクラルテ・ウルフは幼体だったんだ。やられた仕返しに親なのか、巨大な成体のクラルテ・ウルフがやってきた。


『グルルルルゥゥ……』


 倒したゲルフに興味をなくしたのか、クラルテ・ウルフはゆっくりと私の周りをまわているようだ。息が臭い……。


『グワォオ!!』


「ひえっ!」


 私は無我夢中で右へ回避するも、左足のふとももに爪っぽいものが当たってしまい、ドレスが破れ血が噴き出した。


「痛っ!」


 とっさに手でふとももを押さえるが、吹き出した血で手がぬるぬるする。じんじんと左足の痛みが増していく。恐怖で手が震える。


 嘘でしょ? かすっただけで、これなの?


『グルゥ……』


 圧倒的な強さ。これがAランクのモンスター。

 高ランク冒険者を待てばよかった。

 やっぱり旨い話には乗っちゃだめだね……。

 短い人生でした。


「お嬢ちゃん! 今助けるぞ! 氷の輪舞アイス・ロンド!」


 ほんのり走馬灯が見えた時、氷柱の上からベゴニアが氷魔法を放った。

 私を避けるように氷の雨が降り注ぐと、クラルテ・ウルフの吐息が退いた気がした。


「俺が足止めするから、お嬢ちゃんは逃げろ!」


 そうは言っても、私が逃げたところでこの足では逃げ切れる気がしない。

 馬のところまで戻れたとしても、クラルテ・ウルフは馬よりも速いだろうし、残されたゲルフやベド兄弟は確実に殺されてしまう。


 逃げる選択肢はない。

 なんとかクラルテ・ウルフの隙を突いて私が攻撃するしか、私たちが生き残る術はない。

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